再生

【小説】

暗闇のなか雨が降っている。
しとしとと一定のリズムで降り続く雨のなかに
あたしは幼い記憶を呼び起こしている。

母がいて父がいて双子の妹がいて
あたしたち家族はどこかに出かけようとしていて
とても楽しそうに準備をしている。
あたしと妹は半袖のTシャツを着ているから
きっと季節は夏なんだろう。
蝉の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
あたしはやたらと喉が渇いていて
水ばかり飲んでいると母が言う。
「そんなに飲んだら途中でお手洗いに行きたくなるよ」
でもあたしは喉が渇いて仕方なかったんだ。

あたしは中学校の教室にいた。
胃がむかむかして気持ちが悪かった。
あと少しで授業が終わるから
それまで我慢しようと必死に耐えた。
あと3分だ。
あたしは込みあげてくる異物を喉元で押さえつけた。
異物ーー。あたしはある日を境に肉や魚を食べられなくなった。
さっき給食のクリームシチューのなかに少しだけ豚肉が入っていて
よけて食べたけど、やっぱりあれがダメだったんだ。
もう限界だ。
終業のチャイムが鳴る。でも授業は終わらない。
あたしはこらえきれずに机のうえに勢いよくもどした。
まわりの席の子たちが悲鳴をあげて立ちあがり
あたしから遠ざかる。
教師が明らかに迷惑そうな顔をして
「おい、大丈夫か?」とうわべで言う。
あたしには友だちがいない。信頼できる教師もいない。そして家族もいない。

強くなりたくて空手を習った。
施設の近くに空手道場があって
あたしはいつも窓から練習を眺めていた。
ある日、黒帯のおじさんに声をかけられて
練習に参加させてもらった。
拳の突きは弱かったけど蹴りは筋がいいと言われた。
あたしは蹴りを気に入って
見よう見まねでさまざまな型を試した。
黒帯のおじさんは師範だった。
あたしには稽古代は払えなかったけど
おじさんは「いつでも来ていいよ」と言ってくれた。
それからあたしは学校が終わると毎日道場へと通った。
日々強くなっていく気がして、それが生きる支えとなった。

雨は降り続いている。
暗闇のなか雨はあたしの身体を濡らしあたしの頭のなかに染み込んでゆく。
そうか、この雨粒ひとつひとつがあたしの細胞であたしの記憶なんだ、とあたしは気づく。
あたしは生まれ変わっているんだ。
あの忌まわしい人生をもう一度やりなおすために
神さまみたいな誰かがあたしを再生させている。
あたしは夢見る。生まれ変わったら素敵な男の子と恋がしたいと。
拓かれた未来とはどんなものなんだろうと、あたしは夢見る。
幸せな夢を見ながら、あたしは雨に打たれ続けている。

誰かに呼ばれた気がしてゆっくりと目を開ける。
あたしの顔を覗きこんでいる人がいる。
きれいな女の人。あたしはこの人を知っている。
でも名前を思い出せない。

「北川、わかる?」

女の人が語りかける。
北川?

「北川ミナ、私がわかるか?」

北川ミナ?
あたしのこと?

「私は榊だ。覚えているか?」

「サカキ…さん」

「そうだ、榊だ」

その女の人はいまにも泣き出しそうな顔をして、あたしの頬を両手で包み込んだ。

(終)


次のエピソード

※本作は、マガジン『闇との闘い!』に掲載した以下の作品の続編です。

真昼の決闘

3分間の決闘

決闘!ヒーローショー』(全3回連載)

ハイキックの少女(仮)』(全7回連載)


tamito

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