再会
【小説】
誰だったろう。絶対知ってるはずなんだ。でも、思い出せない……。
あたしの頭のなかにはスコッと抜け落ちた空白の期間がある。
怜子さんから聞いた話では、あたしはスカイツリーでヤツらと闘ってひどい怪我を負った。そして治療のために三年間も氷付けにされていた。あたしの抜け落ちた記憶は、その氷付けされる前のスカイツリーの闘いあたりのことなんだ。その前のことは全部覚えてる。子供の頃からの出来事すべて。どうせならそっちを忘れたかったのに……。
でも、あの人のことは〈知っている〉はずなんだ。だけど、思い出せない。もどかしい。ぼんやりとした影があたしと寄りそうように闘っているような……。たぶん、抜け落ちた記憶のなかに、きっといるはずなんだ。
体力もまだ戻らない。闇に変態した空手チャンピオンとの闘いですっごく消耗した。意識を失う前、あたしが〈覚醒〉する直前に、脳が壊れるかと思うほどボコボコにされた。結局、あたしも〈覚醒〉して暴れたから、あいつはすぐに沈んだらしいけど。
それにしても体中が軋むように痛い。肌荒れもひどい。まるで脱皮しているみたいに全身の皮がポロポロ剥がれる。進化するのかな、あたし……。
病室には、いま誰もいない。怜子さんは、あの人と鳥のような剣使いをここに呼ぶように指示していた。
見に行ってみようか―。
ベッドから身体を起こすと全身が悲鳴をあげる―。
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「笑わせるな!」
「笑わせてなんていませんよ。本当の話です」
この飄々とした若者と机をはさんで向かい合っていると、私のペースがどうも乱される。あれだけの剣さばきと身のこなし、どこかに情報があるはずなのに、ネットワークのどこにも形跡がない。それにー。
あの島左近の子孫だと! 何が十七代目・島左近だ! なめてるのか。
「ほんとなんですけどね。名前は島清澄ですけど」
「それは知っている。でも、そいつは五歳で亡くなっている。家族もろとも謎の惨殺死体となって」
「だから、生きていたんですよ。ボクと祖父だけ」
「で、ずっと人里離れた山奥で剣術の修行をしていたというのか」
「はい。さっき、お話しした通りです。そして、祖父が他界したので、山を降りました」
涼しい顔して、非現実的なことを言う。この高度に発達した情報ネットワーク社会で、二人の人間が何年も消息を断つなんてことがあり得るか!
私はこの男の真意を探ろうと、少し茶色の濃い瞳を見つめたー。
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扉を開くと、ベッドに誰かが寝かされていて、あたしと同じように全身に包帯が巻かれている。
あの人だろうかー。
近づいて顔を覗きこむ。
ただのくたびれたおじさんの顔だ……。でも〈おじさん〉って、一般的な意味じゃなくて、何か言葉の響きが引っ掛かる。靄のかかった記憶のなかで。
あれ? サイドテーブルの上に置いてあるのは、この人が使ってたヌンチャクだ。
結構、大きいんだな。それに重そうだ。
指先で触れてみる。冷たい。エアコンの風の冷たさをそのまま吸収している。
ジャリン。
持ち上げてみるとチェーン部分が意外に大きな音をたてた。
「誰だ?!」
声がすると同時に手首を掴まれた。怪我人のくせに力が強い。
「あの…」言いかけて目があった。
「北川ミナ……」おじさんがすごく怖い目であたしを睨む。掴まれた手首に力がこもる。
「手、痛いから」
おじさんはあたしの手首を掴んでいることに初めて気づいたように、手を離した。
「北川ミナなのか?」
やっぱり、この人はあたしを知っている。
「そうだけど、おじさんはあたしを知ってるの?」
「僕は死んだのか?」
え? 「いや、死んでないから、こうして話してるんじゃない」
「では、なぜ、きみがここにいるんだ」
そっか、この人、あたしが死んだと思っているんだ。
「三年前にね、闘いでひどい怪我をして、それからずっとコールドスリープで治療されてたんだって」
おじさんは、瞬きひとつしないで、あたしを睨みつけている。
「ばかな……」ようやくあたしから視線を外して、おじさんは目を閉じる。
「ねえ、おじさんはあたしを知っているんでしょ?」
「おじさんじゃない……。でも、きみは僕をそう呼んでいた」
やっぱり。あたしはこの人を〈知っていた〉。
そのとき、背後でドアの開く音がした。振り返ると怜子さんが細い目を見開いて、驚いた表情で立っている。
「な、何をしている」珍しく慌てた声で怜子さんが言う。
「ひさしぶりですね、榊さん。さあ、説明してもらいましょうか」
おじさんがあたしの肩越しに怜子さんに言う。
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※本作は、マガジン『闇との闘い!』に掲載した以下の作品の続編です。
※本エピソードは、『ハイキックの少女(仮)』から繋がるシリーズです。初めての方はこちらからお読みください。
『真昼の決闘』
『3分間の決闘』
『決闘!ヒーローショー』(全3回連載)
『ハイキックの少女(仮)』(全7回連載)
『再生』
『啓蟄』
『憐れみ』
『モンスター』
『モノホシザオ』
『再会』
tamito
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