関ヶ原の鬼

【小説】

 

 福岡に住む黒田長政の家臣団の子孫のなかで、500年以上が過ぎたいまなお、色褪せずに語り継がれている逸話がある。

〈関ヶ原で鬼を見た〉

 1600年10月21日、石田三成率いる西軍八万と徳川家康率いる東軍七万が、美濃国不破郡関ヶ原の山あいの地で激突した。

 黒田勢は隠居した〈秀吉の稀代の参謀〉黒田官兵衛を筑前国福岡に残したまま、現党首・ 長政率いる5400の軍勢が、東軍の一角として激戦の最中にあった。空は曇り、地には霧が立ち込めていた。

 黒田勢は、味方の細川忠興勢とともに、石田三成隊の先鋒である島左近の軍勢と槍を交えていた。黒田・細川勢一万に対し、島左近の兵はわずかに千。勝負は戦う前から決していた。

 ところが島隊は強かった。一人の兵が三、四人分の働きをし、狭い戦場のなかで、兵数10対1をものともしない戦いを続けた。午前中から始まった戦いはやがて正午を越え、霧も晴れた。さすがの島隊にも兵に疲れが見えてきた。それでも、島左近は馬上から兵を叱咤激励し、自らの槍で敵兵を蹴散らし、数えきれないほどの首級をあげた。

 そんな時、あの事件が起こった。西軍で宇喜多秀家隊一万七千に次ぐ大勢力、一万五千の兵を擁する小早川秀秋の裏切りである。

 松尾山の山頂に陣を構えていた小早川隊が、鬨の声をあげ一斉に山を駆け降りると、敵である東軍の藤堂高虎・京極高知の一軍を攻めると思いきや、激戦を繰り広げていた味方である西軍の大谷吉継隊に攻撃を開始したのだ。

 〈小早川の裏切り〉は戦場にあっという間に広がり、島左近のもとでも兵の動揺激しく、一方の黒田勢には勢いがついた。

「金吾の小僧めが!」

 左近は馬上吠えた。そして馬を降りると家臣団の殲滅を防ごうと槍をふるった。猛将・島左近の首をあげて手柄にしようと黒田の兵が群がり、左近のまわりを幾重にも囲んだ。

 左近は槍で十人ばかりを突き殺すと、刀をすらりと抜いて鬼神の如く斬りまくった。刃が血糊で鈍るたびにそれを地面に突き刺し、倒した兵の刀を奪っては戦った。そうして七度目に地面に刀を突き刺したとき、後ろから長槍が左近の背中から胸を貫いた。

 右膝をついた左近に敵兵が一斉に飛びかかった。すると左近は正面から斬りかかる兵めがけ、胸から飛び出した槍の刃もろとも体当たりし、左肩を深々と斬られながらも、敵兵の心臓をひと突きに刺した。

 ひとつの槍で貫かれ、抱きあうよう立つ二人は微動だにせず、そのとき、雲の切れ間から日が射した。関ヶ原の狭い戦場の其処此処に細い光の筋が舞い降りて、そのなかのひとつが、二人を照らした。

 黒田の兵は息を飲んで、その姿を見つめた。〈死んだか〉まわりの誰もがそう思った。
 しかし、ズズッ、ズズッと、心臓を突き刺された黒田兵が崩れ落ちようとしたそのとき、左近が顔をむくりと起こし、右手で押すように敵兵を槍先から引き離した。
 二人を囲む雑兵たちは後退りした。
 左近は倒れた兵から刀を奪い、奇声をあげながら、一歩、二歩と歩き、今度は両膝をついた。
 黒田兵は勢いワッと飛びかかった。刀を持つ右腕を切り落とし、左腕も身体を離れた。そして、首を落とそうと刀を振りかぶったとき、左近が吼えた。

 頭からは二本の角が立ち上がり、目尻が耳まで裂け、充血した目玉が半ば飛び出した。その異形に怯んだ兵を蹴飛ばし、ほかの兵が〈エイ〉とその首を一太刀にした。
 左近の首は地面に落ちずに、光の筋のなかを高々と跳ねあがり、そのまま己の首を落とした兵めがけて落下し、刀を持つその肩に伸びた歯牙で喰らいついた。

〈鬼だ〉〈本物の鬼だ〉黒田兵は口々に脅えた声をあげ、左近の首から遠ざかった――。

 

 戦後、首実験は早々に行われた。名のある武将は家康自らが検分した。
 その検分途中、家康は目を見張った。そこに一つだけ鬼の首があったのである。頭部には二本の角が生え、瞳もわからぬほどに真っ赤な目が家康を睨み、大きく開いたままの口からは長い歯牙がいまにも飛びかかってきそうなのである。

「これが、あの島左近だというのか!」

 側近の本多正純が答える。

「黒田の兵に多くの証人もおりますれば……」

 しばらく左近の首を訝しげに見ていた家康は、ぶるっと身を震わせ、こう言った――。

「焼け! いますぐ焼け! この首は呪われておる。いますぐ焼くのだ!」

 

 まだ若い頃の石田三成が領地の半分を与えて召し抱え、〈治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城〉と謳われた猛将・島清興、通称〈島左近〉はそうしてこの世を去った。
 その左近には五人の子供がおり、末の娘が柳生利厳の室となった。そして、新陰流の第五世となる柳生厳包という剣豪を産んだ。やがて、その家系のなかに島左近の勇猛にあやかり〈島〉姓を名乗るものが出た――。

 

「その子孫があの〈モノホシザオ〉だというのか?!」

 部下からの長いレポートを読み終え、私は身震いした。そんな伝承が福岡に残っていたのか――。

「だとしたら、あの島清澄のDNAを洗え。何か出るかもしれん」

 闇の因子か、北川ミナと同じh因子か、または、まったく別の因子が飛び出してくるか。
 島左近の血をひく柳生一族か。おもしろい。いずれにせよ、使いたい。あの戦闘力、新陰流――。

 

※この物語はフィクションであり、実在の島清興(左近)、柳生厳包の子孫の方々とはまったく関係はありません。

  

(続く)

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※本作は、マガジン『闇との闘い!』に掲載した以下の作品の続編です。

※本エピソードは、『ハイキックの少女(仮)』から繋がるシリーズです。初めての方はこちらからお読みください。

 

真昼の決闘

3分間の決闘

決闘!ヒーローショー』(全3回連載)

ハイキックの少女(仮)』(全7回連載)

再生』~エピソードシリーズ

  

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