誤った地図を正すのも、楽しみのひとつです【博物館とディズニーランド⑤】
博物館とディズニーランド。迷ったら多くの人はディズニーランドを選んでしまう。
そのとき前提にあるのは、博物館とディズニーランドは水と油であるということである。
しかし、本当にそうだろうか?
この記事は、『杞憂、自由、苦悩【博物館とディズニーランド④】』の続き。
前回の記事では、ディズニーランドを訪れる人々がパーク内で語られる物語に無関心であるという事実について考えた。
多くのゲストがディズニーランドを楽しむ中で、やや異なる楽しみ方をしている人々がいる。
彼らは頭いっぱいにストーリーを浮かべて、満面の笑みでディズニーパークにやってくる。前日の夜、ぐっすり寝る代わりに、たくさんの専門書を読んで。
この記事では、博物館もディズニーランドも両方好き、そんな〈第四の勢力〉の話をしたい。
ガリレオ問題
東京ディズニーシーに入ってすぐ、目の前には火山。そこから少し目を下にやってみると、そこにはスペイン風の砦があることに気づくだろうか。
今回は、この砦について話をしよう。
中世の砦が、ルネサンス期から続く(架空の)学会である「探検家・冒険家学会」の本拠地となっている。
「フォートレス・エクスプロレーション」は、同学会が用意した地図を頼りにその砦の中を歩き回り、自由に探検することができるアトラクションだ。
さて、この砦の展示の一つに「ペンデュラム(振り子)」というものがある。
ちなみに、ここでいうS.E.A.とは「探検家・冒険家学会」(Society of Explorers and Adventurers)の略称。
たしかにガリレオは「振り子の振動の周期は振幅の大きさにかかわらず一定であるという性質」を発見したとされている。
この説明文の目の前には実際に大きな振り子があるので、ガリレオの提唱した理論を体験することができるはずだ。
実際の振り子がこれである。
あれ?
…………。
これ、「フーコーの振り子」じゃないの?
フランスのレオン・フーコーが地球の自転を証明した通称「フーコーの振り子」。ただ行ったり来たりしているだけであるはずの振り子によって、円周上のピンが次々に倒されていくことで、地球が自転していることを証明している。
実際、S.E.A.が用意した説明文には「各国の探険家の協力のもと、航海術の発展に振り子の性質を活用する方法を研究している」とある。
「振り子の振幅が変わっても振動の周期が一定である」というガリレオの発見よりもよほど、地球の自転に結びついているフーコーの発見の方が、航海術に活かせそうだ。
ここで、何故かはわからないが、この説明文は、前半・中盤はガリレオについて、後半はフーコーについて書いているのではないか……という疑念が生まれる。
こうしたところから、東京ディズニーシーをより楽しむために、ガリレオの発見とフーコーの発見を紐解いていくことが求められる。
ちなみに、ガリレオはトスカーナ領出身だというが、東京ディズニーシーの玄関口であるアクアスフィア・プラザの建物はトスカーナ地方をモチーフにしている。これは、イタリアン・ルネサンスがトスカーナから花開いたことに由来しているものと推察される。
また、ガリレオは地動説を唱えた人物の一人としても有名だが、「フォートレス・エクスプロレーション」には「チェインバー・オブ・プラネット」という太陽系儀が存在する。15世紀に発足したはずのS.E.A.はどうやら、密かに地動説を支持していたことが示唆されているのだ。
むしろこっちをガリレオ枠にするべきだと思うのだが、何故かガリレオには一切触れられていない。
〈第四の勢力〉について
〈第四の勢力〉とは、「博物館が好き」「ディズニーランドが好き」「どちらも興味がない」に続く、「博物館もディズニーランドも好きな人」たちのこと。
私が最近よく拝見しているT.Kobayashiさんもその一人。
パーク内の施設のデザインを紐解く上で、多数の実例や博物館の資料、専門書を引用されている。
先ほどのフーコーとガリレオの問題のように、こうしてディズニーパークの魅力に触れる過程で、さまざまな文化の本物に触れる必要性が生まれ、その必要性は間違いなく人々を博物館に駆り立てるのである。
具体的には、多くのディズニーファンに強い印象を与えた展示として、2022年の特別展「ポンペイ」と23年の「古代メキシコ─マヤ、アステカ、テオティワカン」があった。
他にも、2020年に行われた「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」では、ジョヴァンニ・アントニオ・カナルの作品が展示されていた。東京ディズニーシーには「リストランテ・ディ・カナレット」という彼の名を冠したレストランがあるので、勉強になった。
また、江戸東京博物館が行っていた特別展「冨嶽三十六景への挑戦 北斎と広重」が、2024年4月13日(土)から5月26日(日)にかけて大阪の中之島香雪美術館にて再展示される。これは、東京ディズニーランドのレストラン「れすとらん北斎」に関係あるばかりか、後にアール・ヌーヴォーという建築様式を産むことになるため、2024年6月6日にオープンする東京ディズニーシーの新エリア「ファンタジースプリングス」とも関係がある。
ディズニーランドの前に、博物館に行こう
しかし実際、ディズニーランドと博物館が結びついて語られることは少ない。
〈第四の勢力〉はかなり弱小な勢力で、メディアでは風間俊介大先生が孤軍奮闘されているぐらいである。
じっさい、過去の記事で紹介した小山(2007)の中でも、このことには触れられていた。
〈第四の勢力〉の人々は「ディズニーテーマパークの解説」を探すのではなく、専門的な書籍の中にディズニーテーマパークを見出し、本物とパークの差異を研究している。
また、小山(2007)は次のようにも指摘する。
東京ディズニーシーをきっかけに火山に関心を持てば、火山について学びを深める機会を持つことができる。
そして、その帰結として再び東京ディズニーシーに舞い戻れば、「プロメテウス火山がどのような歴史をたどって今の形に成長したかを楽しく思い描くことができ」るのである。
ディズニーランドの背景には学術的裏付けや緻密な調査の結果が反映されており、たくさんの学ぶべきことがある。
しかし、それらは「学術的正しさ」とイコールではない。そこには、エンターテイメントとしての「ニセモノ」がまぎれている。
ニセモノと本物を見分けることはむしろ、学問の世界に足を踏み入れるきっかけになるのだ。
さて、こうなると、このシリーズの冒頭で示した問題は再検討を余儀なくされる。
博物館とディズニーランドは、お互いに対立しているのではない。むしろ、共通の敵に、共に立ち向かう必要があるのである。
その共通の敵とは、「娯楽的側面」である。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?