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【感想文】好人物の夫婦/志賀直哉

『「悋気の独楽」の枕に関するご提案』

男女の仲において、心の内を晒しても相手には伝わらず、また、心の内を隠しても相手には穿って捉えらる。
そうした悲惨・滑稽を本書『好人物の夫婦』は示唆しているのではないか。なぜというに ——

えー、昔から「悋気りんきは女の慎むところ、疝気せんきは男の苦しむところ」てなことを申しまして、女の悋気いうたらいわゆる嫉妬、ジェラシーですけど、まあ愛想も小想こいそもへったくれもあらしまへんな。ほんで男の疝気いうたらこれはもう下半身の病ちゅうやつで、まあ悋気も疝気も一回発症したら最後、完治は生涯無理やそうですなァ。でまあ、この『好人物の夫婦』という噺にしましても御多分にもれず、嫁はん旦さん、両者の悋気と疝気の果し合いとなりますねやけど、例えば嫁はん、アンタ旅行中に浮気しなやと旦那にクギ刺したら『俺は浮気せんような気もするしするような気もせんでもないこともない。せんといえば絶対せんし、するといえばめちゃめちゃする』とこない言いよりましてけったいな男ですけど嫁はん、浮気すんのかせえへんのんかどっちやのよッ、ときゃあきゃあいうて悋気の虫がおさまらん、で結局、旅行はわやになる。ええ。ほんでしばらくすると今度は女中の「滝」がどうも "ややこ" がでけたんちゃうかいうんで勘づいた旦那、真っ先に疑われるん100パー俺やんけ、どんならんなァ、かなんか言うて、普段の所業のせいか、ウロきてますけどよくよく我が胸に尋ねてみましたら、滝のことは恋心とまではいかんまでも多少気になってたんやそうで、知らんうちに疝気の虫が騒いどったらしい。まさに、"ややこ" なだけにややこしい男なわけでして。とはいえ、旦さん、やってないもんはやってない、我が身の潔白だけは晴らさんならんと嫁はん捕まえて『滝が具合悪いの知ってるか』『よお知ってます』『どうも滝に "やや" がでけとるらしいな。言うとくけど今度のは俺とちゃうからな』『"今度のは" て何やのよ。てんご言わんといて。まあアンタやないとは思てましたけど』『大体なァ、俺は白こいウソはようつかれへん、分かるやろ。結婚当初からそういう男やで俺は』『心得てますよって』『せやから滝の件は俺、腹の底から言うてるで』『えらいおおきに』『ほな滝の事あんじょう頼んだで』『へえ』かなんか言うて悋気も疝気も引っ込んで、この噺は一件落着...といけばええんやけども、噺の最後に妻がブルブル震えが止まらんいうて幕が閉じるんです、妙でっしゃろ。実はこのブルブル、巧みでっせ。何でやいいましたら、嫁はん、表面上では承知してるんですけど心の内では辛抱たまらん、しゃあけどここで怒ったらまた悋気やがな女下がるがなっちゅうことでブルブル震えながら必死に辛抱しとる。つまりこの場面、ブルブル→振動→しんどう→辛抱と掛かっとるんですわ、へっ。これあたしらの業界では「仁輪加にわか落ち」言いまんねやけども。ええ。でまあ「辛抱」で緞帳どんちょうを降ろす噺いうたらこれからあたしが演る「悋気の独楽(こま)」いう噺もじつはそんな夫婦のお噂を描いたもんでして...『これ定吉、こっち入り』『へ、御寮ごりょんはん。なんの用だす』

といったことを考えながら、私は新作落語「時ペペロンチーノ」の稽古に取り掛かった。

以上

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