見出し画像

ヴィジュアル作品としての表現を追究した詩人・北園克衛の資料が物語るもの

 多摩美術大学アートアーカイヴセンター(AAC)の第2回所蔵資料展として、本学八王子キャンパスアートテーク棟2階の竹尾ポスターコレクションギャラリー​​で、「北園克衛I 詩人のデザイン」が開催中だ。AAC所長の光田由里教授ら本学の6人の教員が企画に携わり、それぞれの視点で選んだ資料によって、詩人・北園克衛(1902〜78年)の多面的な魅力に触れられる内容となっている。本学芸術学科フィールドワーク設計ゼミでは、このほど有志で同展を取材した。通常の美術展や文学展とは異なる、AACならではの展示から、一同は興味深い知見を得ることができた。本記事の最後に付記した各自のコメントがそれを物語っているので、読んでいただければありがたい。

ゼミ生有志でアートテーク棟へ

1993年に「北園克衛文庫」を設立

 北園は、日本を代表するモダニズム詩人であり、詩作のほか評論の執筆、雑誌の編集、書籍の装幀など幅広い分野で活躍した。本学は北園の多くの資料を収蔵する機会を得て1993年に「北園克衛文庫」を設立し、関連の展覧会を開くなど顕彰に務めてきた。

展示風景

詩をヴィジュアル作品として捉えた北園

 「紙面の広がり、漢字とかなの配分、レイアウト、フォント、すべてに明晰な北園の美学が冴えわたっている」「抽象絵画のような、具象彫刻のような、北園の独自の詩世界」とAAC作成のパンフレットにある通り、北園は詩をヴィジュアル作品として捉え、表現していたようだ。例えば、『詩集 家』はその表紙に印象深さを感じる。力強い明朝体、堂々とした配置、これらはまさに「家」という言葉を、具象彫刻のように表現しているように感じられる。

構成を真剣に考え抜いたことがわかる制作メモ

 一方、コラージュのように描かれた『Kitasono Katué, moonlight night in a bag』からは、デザインに特化された抽象絵画のような印象を受けた。北園の制作メモに類する資料も実に興味深かった。例えば、「死の匂いにみちた カラハリの夜の サバンナの空に向かって 一直線につづいていた。」という詩について。この作品の制作メモを見ると、北園は「死の匂いに満ちた夜の空」「夜の死の匂いに満ちた空」のどちらの構成にするべきかを真剣に考え抜いたことがわかる。つまり、「死の匂い」が「夜空」に掛かるのか、それともそもそも「夜」が死んでいるのか、そのどちらが最適解であるかを熟考しているのだ。さらに、北園は「つづいている。」と「つづいていた。」のどちらを結末に据えるべきかについても、繰り返し校正した様子が見受けられた。

鑑賞しながらゼミ生同士が意見交換を行う

 学内で保管されているこうした貴重な資料群に出合い、新しい学びや閃きが得られる機会はとても貴重だ。AACは「稀有な詩人、北園と出会えれば、きっともっと知りたい、資料を見たいと思っていただけるでしょう。その時にはぜひAACでお待ちしています。」とパンフレットの最後を締めている。

文=伊藤華
撮影=小川敦生、王耀林、髙久華

取材したゼミ生およびゼミ担当教員のコメント

▼無意識のうちに、詩という表現方法が言語のみの芸術であると認識していた。しかし、北園はそうした枠組みを打ち破り、視覚的な芸術との両立を試みた。「編集」「装幀」「デザイン」等、それぞれに北園独自の明晰かつ精緻な美学が冴えわたっており、極めて興味深い鑑賞体験を享受することが出来た。記号である文字やフォントが、その記号が示す意味以上の色彩を帯び始めるという作品群を目の当たりにして、デザインの力が持つ底知れぬ可能性を改めて実感した。(伊藤華)

▼北園克衛の詩作にまつわるデザインの素晴らしさを存分に味わうことができた。詩集や書籍の装幀、編集やデザインに携わった雑誌、手書き原稿などが展示されていたが、特に印象的だったのは数点の私物だ。ベレー帽や懐中時計、ライターはどれもきれいで、とても丁寧に使われていた様子が伺え、そこにも北園の美学の一端を垣間見た。展示空間自体も非常に美しく、展示物との調和がとれていた。静寂な環境の中で、印刷物によって深められた北園の詩とデザインのかかわりを見ることができる企画展だった。(岡村瞳)

▼北園の詩集や著作、装幀を手がけた書籍、直筆原稿などが展示されていた。詩集を眺めていて気づいたのは、色を強く意識していたと思われることだ。詩には様々な色が登場し、文字として書かれた色と、グラフィックデザイン上の色が一致しない書籍もある。例えば、真っ黒な表紙の『詩集 空気の箱』(1966年)の「青い直線」には、ピンク、黒、緑の3色が登場する。色彩豊かな北園独自の詩世界の魅力を感じることができる展示だった。(髙久華)

▼会場の中には、写真、詩集や文庫本などの書籍、直筆原稿のほか、定期券の入ったパスケースやライターなどの私物も展示されていた。これらは全て、詩人・北園克衛に関係する物である。展示品を見ると、詩人といえど詩作だけでなく、雑誌の編集や本の装幀、写真作品の制作などを、幅広く手掛けていたことがわかる。そんな豊かな才能を持つ北園の私物からは、人間らしい側面を身近に感じることができる。北園について、詩作にとどまらず様々な方向から見ることができる興味深い展示だった。(岩﨑良子)

▼詩人・北園克衛は、詩のみならず多岐にわたる分野で活動した。今回の展覧会でもまた、詩集の直筆原稿や写真作品、同人誌「VOU」などをみることができる。印象的だったのは、作家エラリイ・クイーンの小説シリーズの装幀と北園の愛用品だ。幾何学図形を組み合わせた抽象的なイラストからは、詩作で培われたポエジーが感じられる。北園自身の愛用品は、ポートレートでも着用しているベレー帽や、シャープペンシル、ライター、果てはパスケースまで。有名になるとこんな私的なものまで展示されてしまうのかと思うと複雑な気分である。(岩田和花)

▼印刷物で表現されることを前提として視覚的に意識された詩を書いた北園の作品には、地の部分の広がりや文字の配置などへの様々なこだわりや独自の美学が見られる。言葉の芸術である詩が実は様々な形で表現できることに驚かされた。詩の読者も、ただ文字や意味を追うだけではなく、新たな視点で「詩」というものを鑑賞することができるのではないか。(喜田かりん)

▼複数のモノクロ写真が並べられているのを見て、はじめは、作品のアーカイヴ写真か何かだと思った。しかし、出品リストによるとそれ自体が「プラスティック・ポエム」という写真作品なのだと分かり非常に驚いた。本来は言葉による表現である詩を、何気ない「物」を用いて、さらにはそれらを何枚もの写真で表すというアイデアは斬新だった。詩集と一緒に展示される詩人の写真作品は、写真家のものとはまた違っていた。(齊藤愛琴)

▼言葉を紡ぐ詩人の美学を視覚イメージに起こすのは斬新だった。詩人が言葉の本質を柔軟に抽出するように、北園は実在するオブジェクトから形を見出し、独自のヴィジュアルを追求していた。抽出されたヴィジュアルは詩の中にはめ込まれた言葉のように、メッセージ性の込められたグラフィックデザインや写真に変化する。この展覧会を見ると、凡人でもなんとなく詩の楽しみ方が理解できた気がする。詩の解釈に正解はない。その言葉やオブジェクトに詩人がどんな本質を見抜いたのか、思いを馳せるのが誰でもできる芸術鑑賞なのだ。(中野夢輝)

▼昨年、Adobe Illustratorを使った授業で、北園の詩を材料にレイアウトを制作した。その最中にじっくり彼の言葉を読み、詩という言語表現でどんな世界を描こうとしたのかを推測した。今日、アートアーカイヴセンター主催の展示を観覧し、彼の制作における、一体感のある極められたデザイン性を実感した。本人の手書き原稿を見ると文字の書き方も非常に流暢な形で書かれており、表裏を問わず世界観が統一されていることに感心した。(王耀林)

▼「黒い町」という詩が載った書籍と手書きの原稿が並んでいるのを見て、「おやっ」と思ったのが、書籍では縦書きで印刷されていた詩が、原稿用紙には横書きで書かれていたことだ。書籍が縦書きなのは、日本では馴染み深い形式である。20世紀以前の日本で、横書きで詩を書く詩人がほかにいたかどうかは知らない。だが、詩の世界から飛び出そうとしていた北園の頭の中には、ひょっとしたら、21世紀を生きる現代人のような感覚が充満していたのかもしれない。(小川敦生=フィールドワーク設計ゼミ担当教員)

展覧会名:多摩美術大学アートアーカイヴセンター所蔵資料展2 北園克衛文庫「北園克衛I 詩人のデザイン」展
会期:2023年6月22日(木)〜7月21日(金)
会場:八王子キャンパス アートテーク2F 竹尾ポスターコレクションギャラリー
入場料:無料
時間:10:00〜17:00
休館日:日曜日、7月17日(月)※7月16日は開館
主催:多摩美術大学アートアーカイヴセンター
監修:多摩美術大学共同研究会「アートアーカイヴセンター所蔵資料の授業利用の課題と実践」 古谷博子(版画専攻教授)、大島成己(版画専攻教授)、加藤勝也(グラフィックデザイン学科准教授)、高橋庸平(グラフィックデザイン学科准教授)、矢野英樹(情報デザイン学科准教授)、光田由里(大学院教授)
同展ウェブサイト:https://aac.tamabi.ac.jp/2023/2171.html



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?