たまひよ

30代の女性です。自分の人生を振り返って記事にしています。文章力が皆無です。だれかに見…

たまひよ

30代の女性です。自分の人生を振り返って記事にしています。文章力が皆無です。だれかに見てもらうためではなく、自分のなかの根源的な生きづらさを整理するために書いているので、おもしろくもないし、為になる話でもありません。自傷や自殺未遂などの話もありますので、苦手な方はご注意下さい。

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  • たまひよ半生を語る

    私の自伝的な記事をまとめてます

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noteを書こうと思った理由

最初にはっきりさせておきたいのが、私は波乱万丈な人生を生きてきたわけでもなく、超絶不幸なわけでもないってこと。でも幼い頃から生きづらさを感じていて、家族というものに違和感を感じていた。悲しく、辛く、悔しい出来事もあった。それでもなんとかそれなりに生きてきた。そして今も生きている。 30代半ばになり、この辺で一度、自分が何のために生まれてきたのか、そして何のためにこの先を生きていくのかを考えるため、自分の人生に起こったことを整理したいと思うようになった。 自分の頭の中を整理

    • 愛するということ

      愛されることのなかった私が大人になり、 愛すべき家族を亡くし、半年を経て思ったこと 2023年4月、最愛の犬が亡くなった。自分の命よりも大切な子だった。ペットではなく、家族だった。この子のために働き、この子のために生きていた。 実のところ、私は愛し、愛されるということがよくわからない。親は私のことが可愛くないという。実の子だけれど、仕方なく他人の子を預かっているような気持ちで育てている、そう言われたこともあった。 私と犬との出会いは、今から15年前のゴールデンウィーク。

      • 死にたい気持ちをもちながら生きる

        初めて死にたいと思ったのは、小学校に上がった頃だった。原因は、なんとも言えない異物感。家族の中で、私だけがまるで存在しないかのように感じて、死にたくなった。生まれてきたくなかったという方が近いのかもしれない。 その頃には、自傷行為と呼べるかはわからないが、爪や尖ったもので皮膚を引っ掻いて文字を描いたり、ささくれや唇の皮を剥いたり、シャーペンの芯を手の指に刺したりしていた。特に手指に刺激を求めていたように思う。これは今現在も続いている。 小学5年生のとき、何もかもが嫌になって、

        • レイプ被害にあうということ(続き)

          実はずっとnoteを更新できなかった事がある。 2〜3人の男にレイプされた。 ずっとそう思ってた。 でも実際は… 数年後に蘇ったおぞましい事実。 今までnoteでも知らない男たちにレイプされた…そう言ってきた気がする。そうだと思っていたし、嘘をついてたつもりはない。だけど数年前にある事実が記憶として蘇った。レイプは2回されている。しかも同じ人物に。1度目は14歳の頃、母が旅行に行っていて不在の日だった。2度目は20歳のとき。母がくも膜下出血で入院しているときに起こった。

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        • たまひよ半生を語る
          20本

        記事

          小さな幸せをかき集めるということ

          思えば私は、自分が幸せではないと決めつけていたような気がする。幸せであるとは、恵まれた家庭に産まれ、五体満足、心身ともに健康でいて、何一つ不自由のない暮らしをし、容姿端麗、眉目秀麗、秀外恵中、才色兼備、知勇兼備…などとありとあらゆる四字熟語を総ナメにすること。そんな風にすら思っていたのかもしれない。実際の私は何一つとして手にしてはいないのだが、それでは私は不幸なのか。果たして幸せとは何なのかを私なりに考えてみることにした。 私はアルコール依存の父と、その父に服従する母の元に

          小さな幸せをかき集めるということ

          レイプ被害にあうということ

          先日フラッシュバックを起こした。被害からもう15年が経つ。久しぶりではあるものの、それでも「未だに」である。 痛みは記憶として残る。 そんなことを聞いたことがある。私は今まさにそれを感じている。15年を経た今、記憶はあやふやになってきているのに、痛みの記憶だけは新鮮なままだ。そして痛みとともに、紐付けられた様々な記憶が蘇る。私が見る、色の少ない景色の中で、唯一の鮮やかな記憶だ。 鮮やかな記憶は心に刺さる。その記憶を箱の中に押し込めて、なんとかセピア色にする。私はそのような

          レイプ被害にあうということ

          これはみんなに知ってほしい。 性別、職業関係なく。 もしも性暴力の被害にあってしまったら… https://twitter.com/gynecol2004/status/1263756196835586048?s=09

          これはみんなに知ってほしい。 性別、職業関係なく。 もしも性暴力の被害にあってしまったら… https://twitter.com/gynecol2004/status/1263756196835586048?s=09

          リストカットを止められなかった私へ

          初めに切ったのはいつだったのだろう? あまり覚えていない。でも小学生の頃からシャーペンの芯を指に刺す(血が出ない程度)のが癖だった。まさかこれが自傷行為と呼ばれるものだとは思いもしなかった。 最初に言っておくよ。傷は今でもはっきり、それと分かるほどに残ってる。半袖は着られない。仕事のときに困るし、傷が原因で仕事を辞めたこともある。後悔もしてる。でも、辞めろとは言わないから、聴いてほしい。 私は今、35歳になったよ。信じられる? あの頃の私はいつも死にたかったね。切っても死

          リストカットを止められなかった私へ

          ⑳強制送還

          いま思えば、精神的な不安定さとは対称に、仕事ではそこそこの成果をあげ、信頼を得ることができていたように思う。しかし自己評価は低く、過食はだらだらと止められずにいた。嘔吐はなるべく我慢するようにしていたが、それでも月に1,2回は吐いていた。 過食症が酷かったのは2~3年だっただろうか。私の内臓がついに限界を迎えた。ある日、仕事中に私はひどく咳き込み、その瞬間、胃の裏辺りがひどく痛くなって血を吐いた。気持ち悪い。周りにいた同僚が大声で何かを叫んでいる。しかし私の意識はどんどん

          ⑳強制送還

          ⑲摂食障害と診断されて

          私は精神科の主治医に食生活の異常を言わなかった。管理栄養士のくせに何人前もの食べ物を食べて、ましてや吐いて無駄にするなどと言えなかった。恥ずかしかったのだ。 ただ私の体重の変化は、それを隠すことができなくなってきた。仕事のストレスで食べられなくなったときが35㎏ちょっと、過食嘔吐していたときは45㎏前後、過食だけになると80㎏くらいまで増えた。そして医師に言われた。 「食欲がコントロールできないんじゃないの?それ、辛いんじゃないの?」 私は黙って頷いた。自然と涙が溢れた

          ⑲摂食障害と診断されて

          ⑱新しい自傷行為

          初めは食べ過ぎただけだった。食べ過ぎて気持ちが悪くなり吐いた。ここまでは誰もが経験していてもおかしくはないありふれた話だ。しかし私はそれに自分への罰という意味を見いだしてしまった。 過食嘔吐は、リストカットと入れ替わるように激しくなっていった。家にある食べ物を手当たり次第食べ、吐く。食べる量はどんどん増えて、3人分くらいは食べるようになり、食費は多いときで月に8万円を超えた。そして胃に食べ物がなくなるまで吐いた。時には緑色の液体を吐くこともあった。胃酸で歯はボロボロになった

          ⑱新しい自傷行為

          ⑰社会人としての葛藤

          大学助手としての仕事は、1年間ほぼなにもせずに療養していた私にとっては苛酷なものだった。週休1日(日曜のみ)で、それさえも大学行事(式典、入試、オープンキャンパスなど)で出勤すると1ヶ月以上連勤が続くこともあった。何より教授よりも先に帰ってはいけない等のくだらない掟は私には理解不能であり、心身共に疲弊していった。 すでに管理栄養士免許を持っていた私は、一年目からいきなり主任助手を命じられ、他の助手たちをまとめる仕事を任された。それをおもしろく思わない先輩からは嫌がらせを受け

          ⑰社会人としての葛藤

          生理関係のはなしです。 コロナウイルスの影響で何故かペーパー類がなくなってますけど… 生理用ナプキンが買い占められてしまったのですが、その場合どう生理期間を乗り切ったら良いのでしょうか? 噂の布ナプキンってやつでしょうか? いま非常に困っています。

          生理関係のはなしです。 コロナウイルスの影響で何故かペーパー類がなくなってますけど… 生理用ナプキンが買い占められてしまったのですが、その場合どう生理期間を乗り切ったら良いのでしょうか? 噂の布ナプキンってやつでしょうか? いま非常に困っています。

          うまい(゜-゜)うまいぞ 準備から片付けまで1時間かからないで作れるこのチーズケーキが何故だか絶品 山本ゆりさん(@syunkon0507)のレシピはなんでもおいしい この人たぶん天才だ… https://twitter.com/syunkon0507/status/1191312533816111105?s=09

          うまい(゜-゜)うまいぞ 準備から片付けまで1時間かからないで作れるこのチーズケーキが何故だか絶品 山本ゆりさん(@syunkon0507)のレシピはなんでもおいしい この人たぶん天才だ… https://twitter.com/syunkon0507/status/1191312533816111105?s=09

          ⑯突然やってきた転機

          人生最大の自殺未遂のあと、私の死にたい気持ちは自然と薄れていった。彼にこれ以上負担をかけたくないという気持ちもあった。しかし相変わらず自傷行為は止められずにいた。 そんなある日、私に一本の電話がかかってきた。私が卒業した大学の主任教授からだった。管理栄養士の免許を持っている人で、来年度の助手を探しているとのことで、話だけでも聞いてくれないかと言われた。次の日私は話を聞くために大学へ行った。すると部屋には教授陣が集まっており、少し話をしたあと、助手として採用されることになった

          ⑯突然やってきた転機

          ⑮自殺未遂の後遺症

          この頃何度も自殺未遂をした。 救急病院の医師に顔も名前も覚えられるほどの 常連だったが、先生たちはいつも嫌な顔ひとつせず 「よく生きたまま来たね」と褒めてくれた。 私はODを繰り返した。夜になると眠りたいという衝動にかられ、ODをする。とにかく辛くてしんどくて、そこから逃げたかった。首を吊ったりもした。死ぬことより生きることのほうが怖くなっていたから。 精神科への通院は1週間おきだった。たくさん薬が出せないから。ひどいときは週に3回くらい受診していた。精神科の主治医や救急

          ⑮自殺未遂の後遺症