空想お散歩紀行 雨傘と幽霊
玄関先で傘を開く。バサッと勢いの良い音がするが、俺の心は乗ってこない。
雨は嫌いではない。雨の音は妙に心が落ち着く。
だけどそれはあくまで部屋の中にいるということが最低条件だ。
傘を差していると言っても、足元はずぶ濡れになるし、雨の日の外出はいいことはない。
でも外に出なくてはいけない理由、それは散歩だ。
昔、犬を飼っていたことがある。雨の日でも散歩をせがまれたので行っていたが、雨に濡れた後の犬というのは、何とも言えない独特の匂いがするのだ。だから雨の日の散歩は好きではなかった。
ではなぜ、今その雨の中散歩に出掛けるかと言うと、
「ああ~、やっぱり外はいいですね~」
俺の横斜め上を浮いているこいつの存在のせいである。
浮遊霊のリューコ。俺はこいつに最近憑りつかれた。
だが、俺の霊力だが何だかが高かったのか、それとも単にこいつがポンコツだったのかは知らないが、とにかく現状俺の体調その他もろもろ特に何の変化もない。
だがこいつにとって誤算だったのは、俺が地縛霊もびっくりの超インドア派だったことだ。
仕事も趣味も、全て自室で完了し、外出するのはせいぜい食材等の買い出しの時だけ。
そんな自室の椅子に根が張りそうな生活に口出ししてきたのだがリューコだ。
と言っても、俺に健康に気を遣っているというよりは、浮遊霊の自分が自由に外に出られないことに耐えられないということのほうが大きいのだろうが。
「ほら、外の空気のほうがおいしいでしょ?」
「雨でジメジメしてる空気しか入ってこないんだが?」
「そのジメジメが良くないですか?」
「やっぱ幽霊ってそっちのほうが好きなのか」
「私はカラっと晴れた日のお散歩も好きですけどね」
「青空の下で喜んで浮かんでる幽霊ってのは、そりゃどうなんだ?」
傍から見れば独り言を言ってるやばいやつに見られかねないので、常に周りへの警戒は怠らない。
でも、こいつが俺に憑りついてから、何だかんだ毎日1時間は散歩に使っている。
川沿いの堤防を歩くと、いつもより少し水かさが増した水面をどこから流れて来たか、大き目の木の枝が早足で俺を追い抜いていく。
もし俺が一人だったら、雨の日のこんな光景を見ることは無かったし、傘に雨が当たる音もずっと聞かなかっただろう。
だからまあ、散歩も悪くはないかもなと思い始めている。
「あ!猫ちゃんが歩いてますよ!早くどこかで雨宿りできればいいですね」
できればもう少し、静かに散歩したいところだが。
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