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空想お散歩紀行 呪いは用法用量を守ってね

質素な板張りの部屋の中は静まってはいたが、何かが蠢いているような異様な空気が支配していた。
部屋の中央に敷かれた布団に寝ているのは一人の少年。
顔は赤く、息が荒い。誰が見ても苦しんでいるのが分かる。それも当然で少年は今まさに病のために生死の境をさまよっていた。
その少年を見下ろすように、男が横に座っている。白い上下の服に身を包み、頭と口元を白い布で覆っている。
「先生」
男の後ろに座っているのは少年の母親だ。
昼夜を問わない懸命な看病をしたのだろう、その顔を少しやつれていた。
母親は心配そうに男に声を掛ける。布によって目元しか顔が見えない男だったが、その目は母親を安心させるように、力強くそして優しかった。
「大丈夫ですよ。では、始めます」
男は改めて少年の方を向く。
その少年が掛かっているのは、今この地域で蔓延している流行り病だった。
幾人もの医者が治療に挑んだが、その度にただ墓の数が増えるばかりだった。
そしてこの男も医者の端くれだったが、他の医者とは根本的に違うところがあった。
普通の医者だったら、薬や道具が入っている箱などを持参しているが、この男は違う。
一応、箱は持っているのだが、明らかに大きさが異様だった。
その長方形の木箱を医者がそっと開ける。
彼が訪れてきてから、ずっとその箱が気になっていた少年の母親は、彼の背中越しに中を見ようと身を乗り出した。
そして、息をのんだ。
異様な箱から出て来た物は、さらに異様だったからだ。
それは細長く、布でグルグル巻きにされていた。布には墨で書かれたであろう文字か記号のようなものがびっしりと並んでいる。
その形状から少年の母親は辛うじてそれが刀だと分かった。
しかし医者が持つような物ではない。そんな物を持っているのは武士や、大名などの位が高い人、もしくは荒くれ者だ。
少なくともそれは命を奪うための道具で、命を救うべき医者の道具ではないはずだ。
一気に膨れ上がった母親の不安を背中で感じたのか、医者は極めて落ち着いた声で話し始めた。
「安心してください。これはれっきとした僕の医療道具です。まあ、妖刀なんですけどね」
「ヨウ・・・トウ・・・?」
ただでさえこの場面で刀が出てくるだけでもおかしいのに、さらに妖刀なんて言葉が出てきては、彼女が理解できないのは当然だった。
「呪いが封じられた刀です。でも大丈夫ですよ、ちゃんと封印してありますから」
「え、えっと、そのことと、息子の治療に何の関係が・・・?」
いまだ男の言葉を理解することに難航していたが、とりあえずの疑問を母親はぶつけた。
「呪いは毒と同じです。人間が受けると高い確率で無事ではいられません。ですが、毒も適切な量を見極めれば、それを薬に転ずることができるのです。僕はそれを呪いで行うのです」
そう言うと、封印の布で巻かれた刀を医者は寝ている少年の方へと近づけた。
「この子が罹っている病気は、体内に侵入した極々小さい生物が原因です。このくらいの子供では普通の薬ではまず助かりません。だからこいつを使うのです」
寝ている少年の真上へと刀を掲げ、何やら小さな声で呪文のようなものを呟いている。
「この刀が持っている呪いは、人間の体の外側を一切傷つけず、血管や内臓などの体内を焼き尽くすという恐ろしいものです。ですが、その力を封じ、極微小なだけ放出してこの子に呪いを掛けます。そうすることで、この子の体の中にいる病の原因である生物だけを殺すのです」
話を聞いていると、医者の治療というより、祈禱師のまじないのようだと母親は思った。
後に知ることだが、この医者は普通に薬などを使った治療を行う傍ら、このような特殊なこともしているのだという。何でも遠く古い時代から続く陰陽師の血を引き継いでいるとか何とか。
そして治療は終わった。次の日、明らかに体調が良くなった息子を前に母親は涙をこらえることができなかった。
その後はどこにでもいる医者のどこにでもあるような診察を子供にした後、薬を置いて医者はその家を去って行った。
「薬も呪いも用法用量を守ることが大切です」
と、一言を残して。

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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5

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