格差は必要?
タダというのは非常に危険だ。
途上国において、世界中から多くのボランティアが集まり、その国の発展を願って活動をしている。
このことに関して、まずは感謝と尊敬の気持ちを届けたい。
しかしながら、それが途上国を途上国であり続けさせているとも思うのだ。
もちろん、途上国において格差というのは顕著に存在している。
特に子供は何かをしたくたって金銭的に厳しくて、やりたいことができないことは多々ある。
僕のいるラオスではそういう子供たちを多く見てきた。
そういうところに対して何かしらの手を差し伸べることは必要なことだと思うし、
ぼくらに日本人と彼らとではお金というものの価値観やそれが「高い」とか「安い」という感覚も違う。
平均月収が250米ドルと言われているラオスにおいても、何十倍もの給与を得てこの国に暮らす人々は少なくはない。
時にその人たちをアウトサイドラオスと呼ぶこともある。
僕の考えでは、特に途上国においては格差があるということを前提に考えるべきだと思う。
そのお金を払える余裕のある人からお金を頂戴して、かつそのグループにおいて誰がどのようにお金を負担してくれているか
それを享受する側も理解して感謝を持ってそこに全力で楽しむことは悪いことではないと思う。
そして、享受する側となるだろう子供たちは将来は自分がそれを与えられる側になる努力をすればいいと思う。
そうすれば、うまく格差がある中でも世界は循環できるのではないかと思う。
少しイメージしづらいかもしれないけれど、身近に格差は存在しているし、僕は日本人だってそれを甘んじて享受していると思う。
例えば飛行機だ。
ビジネスクラスとエコノミークラスに分かれているが、席によって値段が違う。
それによってサービスや対応が変わる。
高額のチケットを購入して搭乗してくれる人がいるからこそ、エコノミークラスで安価に世界に旅立つことができるんだ。
だから、ビジネスクラスに乗る人たちの横を通り過ぎる時は「ありがとう!」と伝えてもいいくらいだ(笑)
世の中には与える側がいて、受け取る側もいる。
お互いがそれを当たり前と捉えるのではなくて、特に良い行いに関しては感謝をして、それを糧に自分の成長に繋げるべきだと思う。
格差によって苦しめられている人もいる。
しかし、格差によって得をしている人もいる。
それは実は、格差によって分けられたどちら側の人間に対してもあることなのだと思う。
意外と、全てを平等にしてしまった場合にたくさんの問題が起こるのではないかと僕は思う。
格差は必要だろうか?
皆さんの意見も聞かせて欲しいです!
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