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考え方を考える 【前編】

皆さん、こんばんは。

今回は、新卒として入社する日を直前に控えている現役大学生が考える「考え方について」というテーマに関し、つらつら言葉を並べていきたいと思います。

私はなが~い間、自分の中で1つの欠点を克服できずにいました。また、これまである程度のことはなんとかクリアしてきた自分ですが(自分で言っちゃってます)、この件に関しては克服できない自分を見ないようにまでしていたとても大きな壁でした。今回は、そんな壁がテーマであります。

壁でありテーマでもあるモノは、、、

論理的思考力

です。耳にした方も多いと思います。皆さんはどんなイメージを持たれているのでしょうか。今回の投稿では、論理的思考力です。と、言いたいところですが、その前段階について触れてみたいと思います。

私は、簡単に言うと、とても堅いというイメージだったり、理系の人、全て理屈で返されてしまいそう、、、など、どちらかと言えばネガティブなイメージを持っていました。また、それと同時に、その力が必要不可欠であることは間違いないという確証を持ち合わせていたことも事実です。

就職活動を機に、本格的な克服を試みて現在で1年ほど経過いたしました。数値として証明できるものではないので、現在のレベルがどれほどのものなのか見当もつきまっせんが、1年前の自分と比較すると少しずつ変わってきているのかなと感じます。

そんな中、私は気づいたのです。

論理的思考云々よりも前に、考え方を考えなければならないのではないか、と。

何かに対して思考を巡らせるうえで、「考えるわ」「考えてみるわ~」という言葉を使うと思いますが、何をどのように考えるのか、を正確に認識する必要があると思ったのです。

思考を走らせる線路は1本ではなく様々であり、その決定権は自分自身が持っている。この初期段階の線路を決定する行為を自覚するか否かで大きく結果・答えが左右するのではないかと思いました。

この行為が「考え方を考える」ではないかと思い、その点においても、もちろん論理的思考力の存在は欠かすことができないのではないかと、、。そこで初めて、最終ゴールを明確にし、感情を一切省いた上で理詰めを行っていく作業に移行することができると。

しかし、私たちはあらゆる場面で思考を巡らせるので、全てに対して適用することは正しくはないのかな、とも思います。特に、人間関係に関する思考の巡らせを理詰めのみで行ってしまうと、その人の気持ちに寄り添うことなど、到底叶いません。

橋本徹氏をご存じでしょうか。たまたま見たYouTubeの動画で政治家の経験を持つ橋本さんは、このように述べていました。

「(政治は)理屈だけでは上手くいかない。ただ、理屈は必ず必要なモノであり、政治はさらに人の感情も大切。確立された理屈の上に市民の感情を上乗せし、判断を下す必要がある。」(記憶だけで書きました。(笑)全く実際の言葉とは異なりますが、ニュアンスを感じ取ってもらえると幸いです。本編を見たい方は、本田圭佑 橋下徹 と検索していただくと、対談動画がアップロードされているので、ご参考までに。)

1年前までの私には、到底理解することができない内容でした。理屈は理屈、感情は感情と、大きく切り離して存在しているものであると信じ切っていたからです。

これから、社会人になり、幾度となく重要な判断を迫られるシーンに遭遇すると思います。「学びを得ることは思考を深める」ことであると信じ、新しい新生活も張り切って頑張っていきたいと思います!笑

特に、今年入社の同期の方、あまり張り切り過ぎず、ただ全力かつがむしゃらに頑張っていきましょうね!


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