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ぼろ〈セミドキュメンタリー〉

十数年前、愛猫が急死。その猫との出逢いを、かなり忠実にたどって、幼児向けにアレンジした追悼作品です。

(1)おかあさんが でかけると すぐ でんわが なりました。

「もしもし あいちゃん? おかあさんだけど…」

あいちゃんが ようちえんから かえってくるのを まって おかあさんは きゅうな ようじで でかけていったのです。

「こねこが いたのよ。げんきが ないの。
おかあさん すぐ いかなければならないから あいちゃん ちょっと みにきてくれる?
こうえんの いりぐちのあたり…」

でんしゃに のりおくれるからと おかあさんが あわてて でんわを きると あいちゃんは そとに とびだしました。

(2)こうえんの いりぐちに つくと なにも みあたりません。
ねこの こえ ひとつ しません。

「くろっぽい しましまの こねこだって いってたな…」

きょろきょろ あたりを みまわしたあと うえこみの なかを さがしてみても みつかりません。

「さきに だれか ひろっちゃったのかなあ…
それとも じぶんで どこかへ…?」

(3)あいちゃんは こうえんの まえの とおりを すこし さきまで あるいてみました。
こねこらしいものは みつかりません。
もときたみちを こんどは もっと ゆっくりと ちゅういしながら ひきかえすと はんたいの とおりに くろい ちいさな かたまりが おちています。
ねずみの しがいのようにも みえます。
こねこでは ないみたいだけど…とおもいながらも きになって ちかづいてみると…

(4)やっぱり ねこの したいなのでした。
ほんとうに ねずみくらいの ちいさな こねこで めには はえがたかり からだじゅうに ありが はいまわっているのです。

「うわぁ きもちわるい・・・いやなものみちゃった」

にげだそうとした あいちゃんでしたが そのとき…

(5)おなかの あたりが かすかに かすかに うごいているのに きがついたのです。

「あっ いきてるんだ!
たすけてあげなくっちゃ…」

あいちゃんは ひっしで はえや ありを てで はらいのけました。
かたてにも のるくらいの ちいな こねこを りょうてで つつむようにして そっと そっと いえに はこんだのです。

(6)ちいさな ダンボールばこに ぬのきれを たっぷりいれて ベッドを つくってあげました。
あらためて じっくり みると おなかと かおと てあしのさきに ちょっと しろいところも あって しっぽは はりがねみたいです。

「なにか たべないと しんじゃう…」

ゆびのさきに ぎゅうにゅうを つけて なめさせようと しましたが なめるどころか くちさえ あけてくれませんでした。

(7)ゆうがたになって やっと おかあさんが かえってきました。
ダンボールの なかを のぞいた とたん

「あいちゃん これ なに?
おかあさんが みた こねこは
こんなのじゃないわ…
しましまの きれいな こねこなのよ」

それを きくと あいちゃんは なみだが ぐっと こみあげてきて とまらなく なってしまいました。

「だって だって…」

(8)「あっ あいちゃん ごめんなさい。
おかあさんが わるかったわ。
ちょっと びっくりしただけなの…
そうよね? あの しまねこなら きっと だれかが ひろってくれるでしょう。
でも このこは あいちゃんが つれてこなければ だれも ひろってくれなかったかも…
そうよ きっと このこ いっしょうけんめい あいちゃんを よんだのよね?
さあ とにかく すぐに どうぶつびょういんに つれていきましょうね」

「このこ たすかるかな…?」

「だいじょうぶよ ぜったい」

(9)こねこをダンボールにいれたまま ちかくの どうぶつびょういんに つれていきました。
みてくれたのは はなの あたまに ねこに ひっかかれた きずのある わかい せんせいです。

  「だっすいしょうじょうを おこしてますねえ…
もう ちょっと おそかったら だめだったかも。
こんやあたりが しょうぶかなあ…
あさまで なんとか がんばれれば げんきに なるかもしれないよ」

はなしながら せんせいは ちいさな からだに 3ぼんも ちゅうしゃを うちました。
それから のみや はえのたまごを ひとつひとつ ゆびさきで とってくれました。

(10)いえに かえると おにいちゃんが ちゅうがっこうから かえっていました。
こねこを みると

「ひぇーっ なんだ この きたない やつは!」

と さけびごえを あげました。
あいちゃんが また なきそうになるのを みて おかあさんが めくばせをすると おにいちゃんは

「でも あいは このねこの いのちの おんじんだもんね。
きっと おんがえし してくれるよ」

(11)あいちゃんは おにいちゃんと いっしょに すこし おおきめの ダンボールで こねこの あたらしい ねどこを つくりました。
からだが ひえると いけないと いわれたので ペットボトルに おゆを いれて ゆたんぽにしました。
すなの はいった トイレと のみみずの はいった あきかんも いれてあげました。

(12)「そういえば このねこ もう なまえ つけたの?」

と おにいちゃん。
あいちゃんが くびを よこにふると

「じゃあ 『ぼろ』にしようよ。
ぼろぞうきん みたいだから」

「そんなの いやだよ」

「じゃ あいは どんなのが いいの?」

『ぼろ』なんて あんまりだ とおもったけれども すぐには いいなまえを おもいつきません。
いまのところは 『ぼろ』でも いいや…あとで もっと すてきな なまえを かんがえるから。
なまえなんかより いまは いのちのほうが しんぱいだったのです。

(13)そのばん あいちゃんは しんぱいで ほとんど ねむれませんでした。
よなかに なんども おきだして ダンボールの なかを のぞいてみましたが ぼろは うごく ようすが ありません。
でも めを こらすと おなかが しずかに なみうっているのが わかって ほっとするのです。
それを たしかめると あいちゃんは また とこに つくのでした。

(14)じゅういさんの いったとおりでした。
いちや あけると ぼろは ぐんぐん げんきに なっていきました。
はこの なかで すこし うごきまわるように なったかとおもうと トイレで おしっこや うんちも ちゃんと するようになりました。
かんづめを あげると たべるように なりました。

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(15)つぎのひになると じぶんで ダンボールの そとに でて よたよた あるきまわるように なりました。

「なんだか ぶきみだね?
タスマニアデビルみたいだ」

なんにちかまえに テレビでみた どうぶつばんぐみを おもいだして おにいちゃんが いいました。

(16)でも ぼろを うちで かうわけには いきませんでした。
うちには すでに 2ひきの めすねこが いたからです。
この2ひきは とても きむずかしくて ほかのねこを いやがるのです。
おかあさんも あいちゃんも ねこが だいすきなので まえにも なんどか こねこを ひろってきたことが あるのですが あたらしい ねこは どうしても なかまに いれて もらえませんでした。
こんども また しかたなく さとおやを さがすことに なりました。

(17)ところが しりあいに こえを かけたばかりではなく じゅういさんのところに さとおやさがしの ポスターを はってもらったり きんじょの ねこおばさんに そうだんしたりも したのですが ぼろを もらってくれるひとは なかなか みつかりません。

(18)タスマニアデビルみたいで あんまり かわいくない ぼろ。
あしこしが わるいのか よたよたと いまにも ころびそうになりながら へんな あるきかたをする ぼろ。
だからでしょうか?

(19)それに しろくろの ねこは あんまり にんきが ないらしいのです。
さとおやは いつまでまっても みつからず そして ぼろは そのまま かぞくの いちいんに なってしまいました。

(20)『ぼろ』なんて あんまりだから あとで もっと すてきな なまえを かんがえてあげようと あいちゃんは おもっていたはずでした。
けれども ぼろは いまでも 『ぼろ』のまま…
だって 『ぼろ』とよぶと よろこんで とんでくるように なってしまったんですもの。

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(21)いまは ふたりの おねえさんねこよりも ずっと えらそうな かおを しています。
もちろん とても ぼろぞうきんには みえません。
まるで なかみの たっぷり つまった まくら みたいなのです。
(おしまい)

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