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11月5日(会社的な仕事にどれだけ時間を使っていくか悩む)

最近体調を崩しがちだったけれど、朝起きることがとりあえずできるようになってきて、気分的にも調子が戻ってきている。
もともと朝方だったのに、夜遅くまで仕事をしている生活はやっぱり耐えられなかったのだろう。

自分の体調を崩してまで頑張る必要があるのか?と言われると難しい。
でも、どこまで社会の方に歩み寄るのか、という線引きは事前にしておいたほうがいいと思う。
それで折り合いがつかないのなら、環境は変えるべきだ。
そもそも、「会社的な」仕事に燃えて人生を捧げるようなタイプではないのが僕だ。
人生の優先順位をつけたら、1番に仕事は来ない。それは明らかだ。
いろんな人間がいるのが世界なのだから、狭いひとつの会社的社会岳を基準に考える必要はないと思う。

忙しさの波はあるけれど、今回はたぶん一時的な波じゃなかった。
環境の初期値の変化だったと思う。
そういうときは一度立ち止まって、自分の生き方を改めて考える必要がある。

やっぱり僕は早起きをしていたいし、本を読んでたいし、文章を書いていたいし、音楽で遊びたいし、自分で料理がしたい。仕事ももちろんしていたい。
会社員をやっていると、どうしても「仕事」だけ極端に使う時間が多くなってしまう。

24時間のうち50%くらいは仕事に使っている。
8時間が睡眠だとすると、残っているのは4時間だ。ここで上に書いたようなことをするのは時間的に不可能だ。
仕事だけ、割いている時間が多すぎている。
単純計算で1ヶ月20日で平均10時間として、1年間に2400時間働いている。
まる2年が過ぎたところだから約5000時間は働いてきただろうか。
こうやって時間にすると途方もない時間のように感じてしまう。

1万時間の法則みたいなものもあるけれど、あと2年で到達してしまうのは相当に速いペースなのではないだろうか。
とても持続可能性があるとは思えない。

時間をどう使っていくかというのは今の大きな課題だ。
時間がないわけではなくて、あるんだけれど、配分がおかしくなってしまっている。

小学生の頃の自分は、もっと時間をうまく使えていた気がする。
遊んで、寝て、学校に行って、塾に通って、家族と出かけて。
いまよりももっともっと忙しい生活を送っていた気がする。だけど、時間の使い方に悩んだことはほとんどなかったと思う。
好きなことをずっとやっていたからだろうか。今の自分の生活には好きじゃないことが混ざっているから、時間について悩むのだろうか。

もうすこし考えをまとめていけたらいいけれど、今はすごく散らかってしまっている。

誰かを楽にして、自分も楽になれる文章。いつか誰かが呼んでくれるその日のために、書き続けています。 サポートするのは簡単なことではありませんが、共感していただけましたら幸いです。