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【正欲】間違いなく2021年最高の小説

オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆☆以上です!!

〜「読む前の自分には戻れない」に偽りなし〜

このnoteにおいても、ファンであることを公言した朝井リョウさんの作家人生10周年記念作品となる書き下ろし小説

10年前に「桐島、部活やめるってよ」で平手打ちを喰らい、数ヶ月前には「何者」でグーパンチをお見舞いされた。
そして、この「正欲」でグサリと腹を刺されて、一生残る跡を付けられたような気分になる。

帯に書いてあった「読む前の自分には戻れない」というコピーに偽りはない。読む前の自分と読んだ後の自分では、全く違う自分になった事がわかる。

僕個人としては、間違いなく2021年最高傑作の小説だと自信をもって言える


〜「多様性」という言葉の狡賢さ〜

この作品の1番のテーマが「多様性」。しかし、この作品は「多様性」という言葉に対して多くの人が考えるような物語では無い。

「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」

これは、巷で軽々しく使われる「多様性」という便利な言葉に鋭くメスを入れる物語なのだ。
頻繁に耳にするこの「多様性」という言葉に、僕自身も何か違和感を感じていたのだけれど、その違和感を見事に朝井リョウさんは言葉にしてくれた

学校に通う事は常識ではない。
結婚や出産が無くても幸せな人生を送る事は出来る。
LGBTQの人々も暮らしやすい社会を作らなければいけない。
外見的な美醜で差別するルッキズム文化は廃止しなければいけない。

などなど、いずれも重要な社会問題であるし、解決策を講じていかなければいけないものである。

いろんな生き方を、いろんな文化を、いろんな考え方を、社会は受け入れるべきだ。
しかし、その"社会"とは誰のことなんだろうか。受け入れるのは誰なのだろうか。受け入れる人々は、どんなものでも受け入れる覚悟があるのだろうか。

僕があらゆる問題を「多様性」という言葉にしてしまう世の中に嫌気がさしているのはそこにあったのだと思う。目に見えるわかりやすい差別や苦悩は、マイノリティとして守られやすい。しかし、誰からも理解されない生き方をしている人はどうなる?誰ともわかり合いたくない人はどうなる?誰とも違わないはずの人が差別されているのはどうなる?

「多様性」という言葉には"考えている風を装う事が出来る魔力"が込められている。嬉々として「社会に多様性を!」と大きな声で語る人は、なぜそちら側にいるのだろうか。なぜ、社会が自分の想像の範囲内のことばかりだと思っているのだろうか。

〜あなたの正体が明らかになる〜

「多様性」という言葉には、マジョリティとマイノリティが存在している、という事が暗に示されている。そして、多くの人が自分はマジョリティだと思っている。

自分と同じような価値観を持つ人間、自分と同じような考え方を持つ人間、自分と同じような性欲を持つ人間がどれほどいると思っているのだろうか。

残念ながら、この作品を読めばそんな考えは全て吹き飛ぶ。

自分はまともだと思うために、自分は何をしているのか。

読み終わる頃には、「自分はまともだ」「自分はマジョリティだ」なんて、口が裂けても言えなくなっているだろう。


朝井リョウさんの気迫が伝わる、恐ろしく凶暴な読書体験だった。

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