見出し画像

【超予測力】非常にハードルの高い思考法

オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆

〜専門家の予測精度はチンパンジーのダーツ投げ並み〜

「専門家の予測精度はチンパンジーのダーツ投げ並み」
著者はこんな発言をして世間の注目を浴びた。

皮肉が込められたセリフのように思えるが、これは大規模な予測力研究プロジェクトの調査結果なのだというから驚きだ。

例えば、経済学者が株価の変動を予測したら、政治学者が選挙結果を予測したら、社会学者が数年以内にテロが起こる確率を予測したら…その精度はいずれもチンパンジーのダーツ並みなのだ。

もちろん、先の事を予測する事は非常に困難だ。未来の出来事をある程度自信を持って予測するのは、不可能に近い。しかし、それは各種専門家も同じなのだ。

しかし、著者の研究の中で、抜群の成績を誇る「超予測者」が実在する事が判明した。

本書はそんな「超予測者」達がどのような思考やスキルを持って未来の予測を立てているのか、ということを解説するのが主題となってる。


〜「超予測力」は特別な力か?〜

「未来を予測できるなんて、そんな人は特別な力を持っているんじゃないのか?」

著者の答えはNOである。

「超予測力」は訓練や練習により、養う事が出来る。しかし、その習得にはかなりの努力と時間が必要となる。

例えば、本書の中に出てくる「超予測力」を身につけるための思考法のひとつとして「フェルミ推定」という思考法が紹介されている。
一つの問いに対して、どんな情報が必要かという事を自問し、問いを分解していく思考法だ。
例えば
「シカゴには何人のピアノの調律師がいるか?」
という質問に対し、ネットなどを用いずに正確な予測を求められたとする。
なんの情報も無く正確な予測をする事は不可能だと思われるが、この質問を以下のように分解してみる。
「シカゴにあるピアノの台数は何台か?」
「ピアノは年何回調律する必要があるのか?」
「ピアノ一台調律するのにどれだけ時間がかかるのか?」
「平均的なピアノ調律師は年何時間働くのか?」
このように、質問を分解する事で、まだ比較的予測しやすい質問になった。もちろん、分解した質問を正確に予測することもむずかしいが、最初の質問に対して当てずっぽうで予測するよりも正確な予測が可能となる。

また、「超予測者」たちは、質問に対して外側と内側の視点を持つこと、自分の予測に対して過剰反応・過少反応を避けること、自分と対立する見解を考えること、慎重さと決断のバランスを見つけること、などなど、非常にハードルの高い思考法を用いている事が次々と紹介されている。

「超予測力」は非常にハードルの高い思考とスキルを必要とする。たしかに、理屈の上では練習すれば身につけられる力なのだが、その難易度は非常に高い。
「超予測力」を身につけられる人は、やはり特別な人なんじゃないかと思ってしまう。


〜予測精度を計測する事の難しさ〜

さて、著者がなぜこの予測精度の研究をするためにわざわざ大規模なプロジェクトを立ち上げたのか。

それは、予測精度を計測する事の難しさが理由として挙げられていた。

テレビで専門家が将来の政治や経済についての予測を立てていた場合、社会は結果が出た時にその時の予測を振り返り検証する事をしないのである。
また、そのような予測の世界では「〜の可能性がある」「〜となりうる」「〜となるリスクがある」など、曖昧な表現を使われる事が多く、予測をする人は、それが起こる確率は何%なのか?という事を明確にしない。明確な数字を出す事は出来ないし、予測をする人々は明確な確率や数字を出す事を恐れる。
現実問題として、予測を評価するというのは非常に難しいのである。

さらなる問題は、誰かの予測を聞いた人々がその予測について、誰もその正確性を気にしないという事実だ。
人々は、怪しい商品は買わないが、不確実な予測は好んで高額で買いたがる。予測を聞く人々にとっては、予測が「当たったか、外れたか」が重要なのに、その予測の精度については誰も重要視しない。この点については、著者も社会的な問題点として指摘している。
冒頭3章でこの点について述べられている。



正直なところ、途中で退屈になってしまった本書ではあるが、最初の三章は読む価値はあるだろう。あとの章については、ハードルの高い思考法を実践する気概のある方だけ読めば良いと思う。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?