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[新型コロナウイルス影響インタビュー]第5回 小料理屋の女将の場合(2)──地獄のような日々の中、常連客と元カレの深い思いやりに涙が止まらなかった

知人友人に新型コロナウイルスの影響について聞く趣味インタビュー企画。第5回は銀座で働く小料理屋の女将。第2回の今回は、緊急事態宣言発令以降の地獄のような日々、常連客に助けられたこと、新コロ禍を生き抜くための武器などについて語っていただきます。(1)からの続きです。

緊急事態宣言発令以降は地獄

──緊急事態宣言が出て休業せざるをえなくなってからはさらに不安だったんじゃないんですか?

そりゃそうよ。この時はまだ補償も何も決まってなかったからさ。小さい店だしね。

──4月の売り上げは?

13万円。売り上げがだよ? ここから仕入費を引いたらたぶん6万円。さらにだいたい毎月の家賃・光熱費が30万だから、それを引いたら24万円の赤字。生きていける数字じゃないよね。

まあ多少の蓄えはあるから、もし何にもなくても2ヶ月間、5月末までは何とか貯金で耐えられるけど、それが限界。

──2ヶ月なんてあっという間ですよね。

だから不安になって、休業と同時に金策に走り回ったわけ。

──この時、みなさんにお別れの挨拶をしてますね。

そう。いつ営業再開できるかわからないし、最悪潰れるかもしれないから、休業する前の週あたりから常連さんがお帰りになるときに、「元気でね。また会えるときまで」とお別れのあいさつをしてた。きっとまた会えると信じてはいたけど、寂しい気持ちでいっぱいだったよ。休業開始の日には、「6年間足を運んでくださったみなさま、本当にありがとうございました」と、メールとブログでいったん感謝の思いをお伝えした。

常連客と元カレに助けられた

でもね、休業前後は、お客様にすごく助けられたの。テレワークの場所として使うことを検討してくださる常連さんや、会合がキャンセルになってしまって申し訳ないとわざわざお一人様で訪ねてくださる方、わざわざお持ち帰り可能とご紹介くださった福井市東京事務所の職員さんみたいな方がたくさんいらっしゃってね。不安と絶望があふれる世相だからこそ、こんな思いやりあふれる行動に触れると、涙腺がゆるんでしょうがなかったよ。

あとね、緊急事態宣言で店閉めて1週間もしないうちに元カレから「お店で飲食できる前売り券として30万円買うから、振込先を教えろ」というメッセージが来たの。

──すげえいい人! めちゃ男気ありますね!

そう。私が惚れただけのことはある(笑)。私も普段なら断るけど、気持ち的にはほんとに生きるか死ぬかの瀬戸際の状態だったから、今回はありがとうと言って素直に受けることにしたの。それはありがたかったね。

あとね、それから一週間後に、友人が訪ねてきて「カンパを集めてきたので、これ使ってください」ってお金をくれたの。

──うわーめちゃいい人っすね。

そうなのよ~。政府の支援とか補償って遅いじゃない? だからこういった個人の支援ほど早くてありがたいものはないよね。

──ほんとにめちゃくちゃいいお客さん多いですね。

うちはいいお客様しかいません。小さい店のメリットだろうね。

──ほんと愛されてますよね。それも女将の人徳ですよ。

素晴らしいお客様に囲まれて、本当に幸せな人生でした。

──いやいや、まだ死ぬわけじゃないから(笑)。

でも私、いつ死んでも何の悔いもないよ。

2018年6月10日 筑波山 津越 敬寿

▲女将自らイベントを立て、お店の外でもしょっちゅう常連客と交流している(2018年6月10日 筑波山にて。写真提供:津越敬寿さん)

不安と恐怖があふれかえる時世こそ、哲学や思想の出番

あともう1つ、この不安や絶望や恐怖から救ってくれたものがあるの。それはね「論語」。もう20年ほど論語を読んで、ここ6年くらい教室に通って勉強してるんだけど、論語が私の心の支え、芯になってると言っても過言ではないの。

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▲イベントで自ら論語を読むために作ったテキスト

今みたいな疫病の流行や、それにともなって社会が混乱したり経済が停滞する時に、心をどうやって平静に保っていけばいいのかってのはけっこう大事じゃない? 不安と恐怖があふれかえる時世こそ、哲学や思想の出番だと思うのよ。

やっぱり人間、心の芯がないとつらくない? 特にこういう非常時には芯があるかないかはけっこう大事だと思うのよ。みんな困ったときのために心の支えを持っておいた方がいいと思うよ。たけぞう(※筆者のON)はどうよ?

──芯か~芯と呼べるような代物、心の支え、拠り所みたいなものはないなあ。信じてる宗教とかもないしなあ。

あんまり信じ過ぎちゃってそればっかりに依存するのもダメだけど、基準、自分のものさしって人間に必要だと思うんだよね。

──確かに。でもそれも特にないっすね。

たぶんほとんどの日本人はそうで、つらいんじゃないかなあ。自分の人生を100%自分で判断するのってつらくない? 

──う~ん……僕はむしろ100%自分自身で判断して決断したいタイプですね。悩み事とか困り事もほとんど他人に相談しないし。

私は何か起こったら論語を基準に判断するわけよ。論語が100%正しいかどうかわからないから、「お寺で哲学」というイベントで学ぶモンテーニュほか西洋哲学も参考にしてるんだけど、20年近くは論語が私の芯でベースにあるわけ。だから中止になるまで、「上野の森・論語塾」に通い続けた。

心の芯やものさしをもってない日本人はこういう時、どうしてるのかなあ。

──日本は八百万の神だから(笑)

うん、八百万の神でもいいじゃん。

──八百万ってことは何もないってことと同じなんじゃないの?

それは違う。八百万の神の中のこの人はこう言ったってのがあったら、それが心の支えになる。八百万の神の1人ひとりがなんて言ってるか、話聞いたことある?

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▲小料理 龍 2周年記念にて(2016年3月5日)


論語があるから耐えられる

──ないね。ぼんやりしてるから。でも女将は心の芯やものさしがあるから、こういう時でも過剰に不安になったりパニックになったりしないってこと?

うん。自分の中に基準ができるわけじゃん。論語にこう書いてあったから、これで間違ってはいないかなとかね。

特に、これまで何回もFacebookに書いてるし、キッチンペーパーがなくなった時も思ったんだけど、論語の「君子もまた窮(きゅう)することあるや 君子固(もと)より窮す、小人窮すれば斯(ここ)に濫(みだ)る」っていう言葉を思い出すようにしてるの。意味は、君子も困窮することはあるんだけど、だからといって道に外れることをしない。平静な自分を守る。でも小人(一般人)はこれに反して、窮してくると自暴自棄になって、道から外れた誤った行いをする、って意味。

私は君子じゃないけど、こういう新コロパニックが起こっても、少なくとも乱れないようにしないといけないと思うわけ。こんな時、論語のこういう言葉を思い出せると、だいぶ違うと思うよ。

あとね、私を助けてくれるお客様が大勢いるのも論語のおかげだと思ってるの。論語の教えに従って考え、行動してるから。

──なるほど。僕も新コロが落ち着いたら論語塾に行ってみたいです。

(3)に続く

次回は、休業してすぐ動いた金策について語っていただきます。やっぱ女将すげえ…



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