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第17回 すぐに始められて効果も大きい「表彰制度」

1 2つの制度の特徴を知り、使い分ける

 前回は、「社長の思いを明確にした企業理念を、社内で共有し、継続発展させていく」ための、基本となる「褒める文化」がこれまで無かった組織に対して、どうやって育てていけばいいのかについて触れました。

 今回は、企業理念を共有し、継続発展させていくための「褒める(Admire)仕組み」であり、「褒める文化」の促進をも後押しする2つの制度についてお話しします。第10回でご紹介した「継続のための3つの仕組み=IDeA(イデア)」の全体像を思い出してください。

 1.理解する(Identify)仕組み:理念に関する研修「初期研修」「継続研修」
 2.実践する(Do)仕組み:「日常トライ&エラー」「事例ノウハウ共有」
 3.褒める(Admire)仕組み:「表彰制度」「人事評価への反映」「褒める文化」

 2つの制度とは、「表彰制度」と人事評価への反映、すなわち「人事評価制度」です。いずれも初耳という方はいらっしゃらないと思いますが、それぞれの制度の特徴を整理しておきましょう。

【表彰制度と人事評価制度の特徴】 文章で順に説明します。

●制度の位置づけ …表彰制度が「副次的・一次的な評価(※一部人事にも反映されることも)」に対し、人事評価制度は「人事に反映される会社からの正式な評価」

サイクル …表彰制度が「自由に決められる(年次、クォーター、月次、週次、日次まで臨機応変)」に対し、人事評価制度は「基本的に1年単位」

●導入に要する時間 …表彰制度が「比較的すぐに開始できる」に対し、人事評価制度は「現制度の見直し→新制度の構築→試行→本格導入まで1年以上かかる」

●導入に要する費用 …表彰制度が「規模や単価にもよるが少額 ※金銭無しでも導入可能」に対し、人事評価制度は「まず見直し自体にかかる(人件費、外注すればその費用)、見直し内容によっては大きな原資が必要となることも」

●導入後の見直し …表彰制度が「随時できる」に対し、人事評価制度は「1年以上かかる、従業員にとって改悪のほうに戻しにくい」

 こうして比較すると違いがはっきりしてきます。表彰制度が副次的、一時的な評価なのに対して、人事評価制度は昇給や昇進・昇格につながる会社からの正式な評価です。企業理念を共有し、継続発展させていくためには、最終的には人事評価制度によって会社から“正式に”認めてもらえるのか否かが大きいのです。

 ただし人事評価制度は正式で重いものだけに、一度導入すると安易に変更・修正できません。しかもちょっとした変更・修正レベルであっても、見直し→新制度の構築→試行を経て本格導入するまでには1年から2年を要します。

 例えば3月期決算の会社で今期中に人事評価制度の見直しに着手したとします。開始時期にもよりますが、半年で具体案をまとめて、経営の承認まで得られたとしましょう。来期は変更点を試行して見直す必要があります。半期トライして見直したとして、下半期は修正点が適正かもう一度確認したくなるでしょう。

 となると本格的な導入は次の期からに。急いだつもりでも、見直しの開始から1年半かかっています。1年でとなるとさらにスケジュールを詰める必要があるでしょう。

 会社からの正式な「褒める」仕組みはうれしいのですが、理念を掲げてみんなで実現していこうとはっぱを掛けておいて、たとえ日常的に上司から褒めてもらっていたとしても、公に褒められる機会がないまま1年、2年と従業員のモチベーションを維持していくことは簡単ではありません。

 そこで比較的すぐに導入できる表彰制度を取り込むのです。表彰制度はルールも自由に決められますし、見直しも随時可能です。

 後ほど事例もご紹介しますが、費用もそれほどかかりません。予算ゼロからでも始められますし、今期の予算から何がしか捻出するだけでもかなり充実した内容になります。


2 理念を共有浸透させるためにA社が取り組んだこと

 表彰制度の事例をご紹介しましょう。私が企業理念の再構築をお手伝いしたA社が、その共有浸透という次のステップに進むことになりました。従業員100人ほどの地方のメーカー、半数くらいは地元に住む年配のパートの女性たち。彼女たちが第一線の生産ラインを動かしていました。

 社長はまず、経営の中心にしっかりと企業理念を置いて経営していくことを、全員が集まった場で改めて宣言し、その中身を丁寧に説明しました。

 次に取り組んだのは、理念の内容を一通りみんなに知ってもらうための初期研修です。目標は、パートを含めた全員が自分の言葉、自分の仕事を通して理念を語れるようになること、仕事の中で行動をイメージできるようにすることでした。

 工場があるので、稼働している時間に一斉にというわけにはいきません。何グループかに分けてという選択肢もありましたが、「せっかくなので全員で一堂にやりたい」との社長の意向で、土曜日に集まってもらうことになりました。

 全国の支社、営業所からも前泊で人が集まってきました。パートの方たちにも趣旨を話して休日出勤をお願いし、全員が広い一室に集いました。

 研修はスムーズに進み、濃淡の差はあれ、全員が「月曜日から仕事を通して理念を実現していくイメージが何となく湧いた」「小さいことからでいいと分かったので、とにかく意識してやってみたい」という気持ちになれたのです。

 一方で、引き続き理念の共有浸透を深め、継続発展させていくために、社内に社長をトップ、常務取締役を本部長とし、数人の本部スタッフを兼務で付けた“推進室”を発足させました。

 さて問題はここからです。

 研修を終えて現場に戻った社員のどれくらいの人が、理念の実現を意識した行動に出られるものでしょうか。私自身もメンバーの立場で多くの研修を受けてきましたが、多くを得た研修後でさえも、現場に戻ってすぐに生かしたかと聞かれたらあまり自信がありません。一度は生かしたとしても、何度も繰り返したり、長続きさせることは難しい。

 社長や常務が毎日はっぱを掛ければ、「おっ、会社も本気なんだな。よし、今日もやろう」と思えるかもしれませんが、実際には全ての現場を回れるわけではありません。となると“現場で日常的に回る仕組み”が必要になります。ここで「実践する(Do)仕組み」の出番です。


3 「実践する(Do)仕組み」を定着させることのハードル

 各部署のミーティング、朝会や週1回、月1回のミーティングで、理念の実現について日々個人やチームで取り組んだことを話し合うのです。

 「日常トライ&エラー」は日々の取り組みでうまくいったこと、うまくいかなかったことを共有すること。「事例ノウハウ共有」はそれらの中から事例としてみんなで共有するとよいことをまとめて残すこと。

 各課の事例の中で部でも共有するとよいものは部でも、各部の事例の中で全社でも共有するとよいものは全社で共有するとよいでしょう。

 「実践する(Do)仕組み」が定着してくると、かなり良い感じで理念実現のための行動が、一人ひとり、またあらゆる現場で日々繰り返されるようになってきます。人間は自分の行動が人に認めてもらえるとうれしい生き物です。

 失敗に対して「次は頑張ろうよ」とか「こうしたらうまくいかないかな」とアドバイスをもらうこともうれしいですが、うまくいったときに「すごいね」「良かったね」「私もやってみよう」と言われるともっとやる気に火が付きます。

 日常的に接している仲間だけでなく、普段は接することの少ない人たちや、会社全体で自分の成功事例が共有されたと分かれば、なおさらでしょう。

 以前にも触れましたが、継続発展させるための基本は、仲間や会社、お客様に自分の努力を“認められた”という実感なのです。“褒めてもらう”ことができれば、それはこの上なくうれしいことです。次もやろう、もっとやろうと思えるのです。

 まず“認められる”こと。これさえあれば、人は継続発展させる原動力を得られるのです。

 しかしこの「実践する(Do)仕組み」を長く継続させること想像以上に容易なことではありません。

 私から理念実現に向けたエピソードや事例を、朝会や定例会議の場で共有してくださいとお願いし続けるものの、A社では徹底されませんでした。社長の思いを理解して、やる気になっている役員が直接見ている部署や意識の高い上司のいる部署は、何度かトライしていたようですが。

 A社が特別なのではありません、これは多くの会社で起こることです。


4 表彰制度をエピソードや事例共有のきっかけに

 そこで私がご提案したのが、早々に表彰制度を始めることでした。「表彰制度があるから事例を出さざるを得ない」という状況をつくろうと考えたのです。

 まず事例を書き込めるA4のフォーマットを用意しました。企業理念の要素を5つに分解してそれぞれをテーマとし、関わるものに〇をつけてから、その下のスペースに自由に内容を書いてもらうというスタイルです。

 事例は理念全体に関わるものでなくとも、1つのテーマにちょっとでも関わっている、あるいは関わっていそうな気がする内容でもよしとしました。こうして事例を各部署から定期的に集めて、全体で表彰することにしたのです。

 とにかく始めることが大事。どこかの課や部で試験的に始めるという選択肢もありましたが、会社の規模も大きくないので、全体で一度やってみたいという先方の提案を私も後押ししました。そして第1回の表彰タイミングを3カ月後の全社会議の場と決めたのです

 審査や表彰状作成に必要な時間を逆算すると、約2カ月後には締め切りを設けて事例を回収する必要があります。最初からバンバン出てくるとは想像できなかったので、1カ月後に1回目の締め切りを設けました。

 また事例はここ最近のものでなくてもよい、これまでに体験したことなら全てOKとし、代わりにパートも含めて従業員全員が1人1件以上はエントリーすることを義務付けました

 2週間ほどして常務に連絡をすると、「まだ1件も出てきていません」との返事。私は「全体に声を掛けるだけでなく、個別に回って改めて主旨を説明し、こちらから積極的に集めてみてください」とアドバイスしました。

 すると数日して「いくつか集まりましたよ」とのうれしい知らせが。常務は推進室のメンバーと手分けして現場を回ったそうです。休憩室でくつろぎながら「大したことしてないから」としぶるパートの方たちに、常務はしつこく食い下がったそう。

 特に私が感心したのは、「へえ、その話いいですね。用紙には僕が代わりに書くからもっと詳しく話してよ」と自らメモを取ったことでした。

 「彼女たちは普段そうした書類を自分で書く機会が無いですからね。書き方も分からないし、字が汚いからと言って書きたがらないのは分かっていましたから」。常務は自社の現場事情をよくご存じでした。

 エントリーがいくつか出始めると不思議なものです。回収するほうも「他ではこんな話が上がっているのだけど」と例示でき、従業員もイメージがしやすくなったようです。従業員同士ちょっとしたライバル心も生まれて、「〇〇さんはもう出してるんだ。俺も頑張らなきゃ」と、日に日にエントリーが増えていったのです。

 1回目の締め切りで約3分の2が集まり、最終的には全員が1件以上出してくれました。

 中にはすっかりコツを覚えて、5件くらい絞り出し、本気で表彰を狙っている人も。その人に刺激されて追加したという人もいて、エントリー数は従業員数の2倍くらいになっていました。


5 部門長を集めた審査会が生んだ副産物

 さあ今度は審査をする番です。審査員は各部門の責任者と社長を含めた役員全員。件数がそれなりにあるので、時間のあるときに見て、いいと思ったものをピックアップしておいてもらいました。

 これは私からの仕掛けでしたが、全員が全件に目を通すのと同時に、部署の選出責任者を関連する別の部署の責任者にお願いしました。最初は「他部署のことはよく分からないよ」と反発がありましたが、そんなことは想定内です。

 普段接点のある部署ならその気になれば理解できると私は読んでいました。表彰制度の運営を通して、社長から聞いていた最近の課題である「部署間の連携の悪さ」を解決するきっかけにともくろんだのです。

 この仕掛けはことのほかうまくいきました。互いのエントリー内容を判断するために、必要に迫られて部門長同士が随時質問し合っていたそうです。審査会でも他部署のことなのに、自部署のことのように「これはいい話ですよ」とアピール合戦になったとか。

 表彰することは決まっていましたが賞をいくつ出すかは決めていませんでした。私からは「1回目でもありますし、なるべく多くの方を選んであげてください」とお願いしました。

 狙いはみんなの前で「褒められる」喜びをできるだけ多くの人に味をしめてもらうことでした。一度でも人前で表彰されたことのある方なら分かっていただけると思いますが、それは照れくさいけれど本当に「チョー気持ちいい」のです。そして気持ちいい体験をしてしまうと、またしたくなるというのが人間でもあります。

 社長は半ば強制とはいえ、全員からエントリーがあったことに驚き、とても感動していました。中身を読んでみても「言われたから仕方なく出した」というものはほとんど見当たらず、一人ひとりが実は普段こんなにいい仕事をしていたのだと分かったのです。

 社長は「うれしいな」と独り言のように繰り返していました。そして「できれば今回は出してくれた全員一人ひとり表彰しますよ」と言ってくれたのです。


6 「ほら見て。ママ、会社から表彰されちゃった」

 表彰式の日、私は同席できませんでしたが、初めてのことで特別な演出は無かったというのに、予想以上に盛り上がったそうです。

 司会者が順に名前を読み上げ、事例の中身と表彰理由を発表します。会場からは「へえ」「そんなことがあったんだ」といった声や、仲間からの突っ込みの一言が。社長が一人ひとりに声を掛け、ミニ表彰状とポチ袋を手渡しました。

 小袋の中には五百円玉が1枚。私からは「最初から賞金はなくてもいいですよ。選りすぐりの大賞の人だけに例えば1000円でもいいくらいです」と申し上げたのですが、社長が全員に気持ちだけでも添えてあげたいと決めたそうです。

 みなさんはたった500円と思うでしょうか。確かに月々の給料から比べれば小さな額ですし、500円で買えるものなんて知れています。でもその500円は、一人ひとりにとっては会社から“褒めてもらった”証である特別な500円だったのです。

 後から聞いた話ですが、みんなその500円をポチ袋に入れたまま大切に家に持って帰ったそうです。「ほら見て。ママ、会社から表彰されちゃった」と自慢した人も多かったそうです。

 いつの間に話し合ったのか、普段はみんなお弁当なのに、翌日の昼に職場の仲間でその五百円玉を握りしめてランチに出かけた部署もあったとか。実施する側からすれば、全員に500円をあげても100人で5万円です。大賞の何人かにもう少し多額をあげたとしても、それほど苦労せずに捻出できる予算ではないでしょうか。

 ちなみに栄えある1大賞を受賞したのは2人。1人は技術系の社員で、地味な取り組みながらそれを生産過程全体に広げれば大きな経費削減につながる提案でした。

 もう1人はベテランパートの女性でした。彼女は日ごろからラインを効率よく回し、かつ働く人も楽になる方法をいつも考えていました。所属部門の責任者は日ごろから彼女の頑張りを知っていましたが、他部門の人に話す機会がありませんでした。彼女の受賞も審査員の満場一致で決まったそうです。

 普段は縁の下に隠れていた人たちの大賞受賞に、他の従業員たちも刺激を受けたようです。次こそは絶対自分が選ばれたいと思った人もいれば、同じように縁の下にいた人たちは元気をもらったようでした。会社の目指す理念の方向に頑張っていれば、こうやって日の目を見させてもらえるのだと。

 表彰制度の導入の仕方は各社に合った方法でいいと思います。次回は、いくつかのバリエーションについても触れてみたいと思います。今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2021年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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