見出し画像

■第4回 理念、社訓、ビジョン、行動規範…ありすぎて覚えられない

1 会社方針を作った以上、分かりやすく説明する責任がある

 『武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」』第4回のテーマは「理念、社訓、ビジョン、行動規範…ありすぎて覚えられない」です。

 みなさんの会社の中にも、経営理念や社訓やビジョンといった文章化された会社方針がたくさんあるという方、あり過ぎて覚えられないし、実際機能しているとは思えないという方も多いのではないでしょうか。

 明確な会社方針が全くないと従業員は「どっちを向いて、何を大切にしながら仕事をすればいいのか」分からなくなります。が、あり過ぎても現場は混乱してしまいます。

 私は会社方針を大量に文章化して掲げている会社の社長にお会いすると、よく意地悪な質問をします。「社長、それらを一切見ないで私に順に全部説明していただけますか?」と。大抵はみなさん困った顔をされます。

 そこで「社長が覚えていないような会社方針は、社員の誰も覚えていないと思いますよ。絵に描いた餅で、全く意味がありません」と申し上げることにしています。

 全ての会社方針は現役なのか。もし全て現役で、従業員にも仕事の上で生かしてもらいたいなら分かりやすく整理し、体系化して伝えるべきです。そして仕事で生かした従業員には「よくやった」と褒めてあげてほしいですし、もっと頑張っている人にはさらなる称賛を送るべきです。

 逆に現役でないのに残っているものは、整理して見えないところにしまってください。会社方針を作った以上、作った側には使ってほしいのか、使わなくていいのかはっきりさせる責任があります。


2 乱立している会社方針を整理する

 「では、具体的にはどうすればいいのか」と相談されます。私は現存する会社方針を全て取り上げ、一つひとつ質問しながら整理していきます。質問は次のようなものです。

■たくさんある会社方針を整理するための質問<その1>

1)方針それぞれはいつ誰がどんな経緯や意図で作ったものか
2)方針それぞれは現在も有効か、無効にしてもいいか
3)現時点で最もコア(核)となる方針はどれか
4)有効な方針同士の相互関係はどうか

 「1)方針それぞれはいつ誰がどんな経緯や意図で作ったものか」。

 歴史の長い会社では、創業者の思いが言葉として残っている場合があります。そして今も残っているということは、歴代の経営者がその後も大切にしてきたからです。かといって今後も大切にするか否かの判断は現社長に任されています。

 なぜ大切にしてこられたのかを改めてひもとき、見つめ直す機会が必要です。

 前回第3回でも取り上げたトヨタ自動車の例でいえば、1992年に新たな時代に合った経営理念へと策定し直すに当たって、創業以来受け継がれてきた、創始者・豊田佐吉さんの考え方をまとめた経営理念『豊田綱領』をどうするか。結論としては、トヨタグループの“精神(スピリッツ)”としてそのまま残すことにしたようです。

 1つ目の項目「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし」は今でもトヨタグループの精神の中心にあるのだろうと想像します。最後の項目には「神仏を尊崇し」といった作成当時をしのばせる表現もありますが、グローバル企業となったトヨタの従業員に説明するまでもなく現状とは違いますが、続く「報恩感謝の生活を為すべし」の部分は現在も有効と考えてあえて原文のママ残したのでしょう。

 創業者に限らず、以前の社長が作った会社方針を残している場合があります。それは現社長も内容に共感していて今後も従業員に大事にしてもらいたいと思っているのか、あるいはただ気を使って残しているだけなのか。

 本気ではない単なる気遣いは、従業員にとっては混乱するばかりで迷惑な話です。前社長が会長などまだ現役でいるのだとしても、意思決定権が現社長にあるのなら責任をもって白黒はっきりさせるべきです。

 方針のほとんどが現社長の作ったものである場合でも、作成時期はそれぞれ異なるはず。重要レベルは今も全て同じなのか、やはり見直してみるといいでしょう。

 1)を終えたところで「2)方針それぞれは現在も有効か、無効にしてもいいか」を取捨選択していきます。バッサリ無効にして捨ててしまっていいのか迷う場合もあるでしょう。であれば、一旦有効のほうに入れておいても構いません。

 次に「3)現時点で最もコア(核)となる方針はどれか」をはっきりさせます。コアとなるものは、幾つかの方針の中に散らばっている場合もあります。同時に「4)有効な方針同士の相互関係はどうか」も整理してみます。

 すると、次第に項目ごとの関係性がはっきりし、より有効な方針とそうでないものが線引きされて、先ほど一旦有効に入れた方針も無効に移すことに迷わなくなるかもしれません。

 こうして「有効な方針として残すもの」および「それらの相互関係」が整理され、全体像が見えてきます。


3 整理した会社方針を明確にし、体系化する

 会社方針の整理はまだ終わっていません。なんとなく全体像が見えても、“現場の従業員が日常的に使いこなせる”レベルになっていなければ、結局は機能しないものです。

■たくさんある会社方針を整理するための質問<その2>

5)有効な方針の中から最も重要としたい項目だけを抜き出す
6)現場の従業員も使いこなせるレベルに項目内のキーワードを定義する
7)各項目は何に位置付けられるかラベリングする
8)項目どうしの相互関係を2次元(または3次元)で整理する

 ある老舗メーカーA社から、100周年を迎えるに当たり創業の精神と現行の経営理念との関係を整理し、全従業員で共有し直したいというご相談をいただきました。

 私は創業の精神について触れた「〇〇周年誌」といった書物や「歴代経営者の年頭方針(が書かれた社内報)」、インタビュー記事などをできるだけ用意してもらいました。それらを弊社内で手分けして読み込み、創業の精神とは何たるかを改めて整理していきました。

 報告書を提出して先方と共有しながら、創業の精神の中心に『信頼と情熱』が柱としてあることを改めて確認しました。これ以外は、すでに時代を反映しなくなっていたり、『信頼と情熱』の一部として説明できたりするとして、史実としては残すものの、現行の経営理念レベルの方針として全従業員で共有する対象からは外すことに決めました。

 このように次のステップとして、先ほど“有効”として、残した会社方針の中から「5)有効な方針の中から最も重要としたい項目だけを抜き出す」のです。

 A社では、現行の経営理念と創業の精神の中の『信頼と情熱』となりました。


4 「現場の従業員も使いこなせるレベルに項目内のキーワードを定義する」とは?

 しかし現場の従業員に「当社が大切にするべきは『信頼と情熱』の精神ですから、今日から仕事を通して実現してください」と言って伝わるでしょうか。従業員一人ひとりが行動に移せるでしょうか。

 「6)現場の従業員も使いこなせるレベルに項目内のキーワードを定義する」必要があります。

 『信頼と情熱』でいえば、「信頼」「情熱」それぞれの定義は何か。例えば「信頼」やこれと似た言葉は多くの会社の経営理念や会社方針にも出てきますが、実はそれぞれ言葉の定義は各社で微妙に、時に明らかに異なるのです。

 多くの老人福祉法人が所属するB協会で講演した際の事例でご説明しましょう。私は講演資料を作るに当たって、協会所属の法人各社のホームページをチェックしました。

 すると多くの法人の会社方針で、同じようなキーワードが使われていることに気付いたのです。最も頻繁に使われていたキーワードは『人権を尊重する』でした。入所者であるお年寄りの「人権を尊重します」との宣言です。

 私は講演当日質問してみることにしました。聴講者は各法人の代表者や施設管理を任されている施設長レベルの責任ある人たちでした。

 「今日参加されている方々で、法人として経営理念やそれに準ずるくらいのレベルで『人権を尊重する』あるいは『人権尊重』などのキーワードを掲げているところは挙手してください」。自信を持ってすぐに反応した人、思い出せないのか自信のなさそうな人も含めて、かなりの手が挙がりました。

 「かなりいらっしゃいますね。ありがとうございます」

 「では次の質問ですが、みなさんの法人において『人権を尊重する』とは“どうすることか”を、今日入ってきた新人にも分かるように説明してください。また“尊重している状態と、していない状態の境目”はどこで、“〇〇より〇〇のほうが、より尊重している状態”だというのも分かりやすく説明してもらえますか」。

 残念ながら積極的に前に出てきて説明してくださる方はいらっしゃいませんでした。みなさん改めてそう聞かれるときちんと答えられないなという顔をしています。

 私はさらに質問します。「みなさんのところでは新人教育で『人権を尊重する』とはうちでは“どうすることか”を説明していないのですか? 現場で働く人から質問されたりしませんか?

 もし定義もされていない、説明もしていないのに質問されないとしたら、現場の一人ひとりが勝手に『人権を尊重する』を解釈して日々入所者に対応しているということになりますね」。

 ちょっとぞっとしませんか。採用された方々がいい人であることを信じたいところですが、現実にはそうもいかないでしょう。個人の勝手な判断規準がまかり通っているのです。正直言って、私は大切な親を任せたくありません。

 『人権を尊重する』を「けがなどをさせないで長く生きられるように管理すること」と考える施設もあれば、「多少のリスクはあっても入所者本人の自立や能力開発を優先すること」と考える施設もあるはずです。

 介護度ごとの考え方なども含めれば、施設によって方針は異なるのではないでしょうか。問題はその違いが明らかになっていて、新人も含めて現場で共有されているかどうかです。

 『人権を尊重する』というキーワードの定義だけでは分かりにくければ、例をたくさん挙げてあげるといいでしょう。尊重している例、していない例、より尊重しているといえる例。

 「ケース・バイ・ケースです」で終わらせないで、ケース・バイ・ケースを具体的に共有できる場を持つことです。それらの事例を共有して全員が実行できるようになれば、「当社はこんな考え方のもとに徹底して入所者の人権を尊重しています」と宣言できるようになります。

 「もっとこうすれば高いレベルで実現できます」といったアイデアが現場から出てくるようになればしめたもの。さらに目指す理想へと近づいていけるのではないでしょうか。

 ちなみにB協会に所属する法人の会社方針に頻出するキーワードは他にもありました。『安心の実現』『自立を支援』『地域とともに』『チームケア』など。

 これらの言葉も、新人も含めた現場の従業員も使いこなせるレベルに分かりやすく定義し、事例とともに共有していかない限り、法人や施設として実現しているとはいえないのです。

 明確な大方針が見えないのは論外としても、大方針はあっても絵に描いた餅であれば、顧客である入所者やその家族からの支持は得られないでしょう。逆に大方針が明確で、現場の末端まで共有され実現されているなら、共感する顧客が引きも切らず支持してくれるはず。

 一般企業においても同じことがいえるのです。


5 各項目の位置付けをラベリングし、相互関係を図式化する

 キーワードとなる言葉を定義できたとして、仕上げとしてやるべきは「7)各項目は何に位置付けられるかラベリングする」。その上で「8)項目同士の相互関係を2次元(または3次元)で整理する」ことです。

 抽象的で分かりにくいと思いますのでキーワードは伏せますが、担当したC社グループの例でご説明します。BtoBのメーカーで直接の顧客は法人ですが、その先に一般生活者である最終顧客がいます。

■各項目の位置付けをラベリングし、相互関係を図式化するとは?:C社グループの例

私たちは「〇〇と〇〇」の精神で、 …<スピリッツ=創業の精神>
グループの□□と□□と□□の力を結集し、 …<(目的実現の)手段>
取引先の△△を最大化するサポート役となって、 …<(目的実現の)手段>
その先にいる人々のより良い××を実現します。 …<目的>

 これはC社グループのトップが実質的に世代交代した数年前に新たに策定し直した経営理念です。

 その際、やはり創業の精神も掘り起こしました。周年誌や過去の資料を読み返し、前社長にもインタビューする中で、今後も引き継ぐべき創業の精神は「〇〇と〇〇」に集約されると判断しました。

 さらには新社長へのインタビューや発言録から「5)有効な方針の中から最も重要としたい項目だけを抜き出す」を経た上で、「7)各項目は何に位置付けられるかラベリングする」手順を踏みました。

 右の<  >部分がラベリングで、4つある各行が経営理念全体の中でどういった位置付け(役割)にあるかを表しています。〇〇、□□、△△、××の部分は全てキーワードで、それぞれ先ほどご説明した方法で「6)現場の従業員も使いこなせるレベルに項目内のキーワードを定義する」のは言うまでもありません。

 新経営理念の1行目には「〇〇と〇〇」の精神を盛り込み、C社グループにとって全ての行動や考え方の中心となる<スピリッツ>であることを示しました。

 この精神をもって<(目的実現の)手段として>「グループの□□と□□と□□の力を結集し、」「取引先の△△を最大化するサポート役となって」、 <目的>である「その先にいる人々のよりよい××を実現します。」とまとめたのです。

 「8)項目同士の相互関係を2次元(または3次元)で整理する」なら、このようになります。

画像1


 今回は2次元ですが、項目同士の相互関係によっては3次元で整理したほうが理解しやすい場合もあります。ただし、あまり複雑な関係になり過ぎると、従業員の誰もが理解しやすいようにとの本来の趣旨から離れてしまいます。なるべくシンプルに図式化することをお薦めします。

 以上でたくさんある会社方針の中から最も重要としたい項目だけは整理できました。これを最も重要な会社方針=経営理念として社内に発表すればいいでしょう。

 “有効”として残した方針の中で経営理念に盛り込めなかったものは、1つ下位の概念として同じように整理していきましょう。


6 会社方針がたくさんあっても共有できている会社もある

 ここまで「理念、社訓、ビジョン、行動規範…あり過ぎて覚えられない」というホンネの疑問に対する私なりの答えをご説明してきました。みなさんが抱えている個々の事例でご説明しないと分かりづらいかとは思いますが、ご紹介した例を通して整理の仕方をご理解いただければ幸いです。

 会社方針の整理がきちんとできると、経営者や幹部がスッキリするだけでなく、従業員の理解が一気に進んだり、現場の判断が早くなるといった目に見える効果が表れてきます。

 C社グループではこれらが効果となって表れた以外にも、整理のプロセスではっきりしたことがありました。「グループにとっての顧客は誰か?」ということです。

 従来は、直接の取引先である法人が顧客であり、その先にいる一般生活者である最終顧客を見ないことがありました。けれども今回「C社グループの顧客とは一般生活者であり、われわれは取引先である法人の△△を最大化するためのサポート役である」と定義したのです。

 これで「最終顧客である一般生活者のために取引先の法人とともに力を合わせていく」という会社方針がより明確になりました。

 最後に触れておきたいのですが、経営理念や社訓やビジョンといった文章化された会社方針がたくさんあり過ぎて覚えられないし、実際機能していないというケースが多い一方で、会社方針がたくさんあっても共有できている会社もあります。

 しっかりと全従業員が日々の仕事を通して自然に行動に移し、たくさんの方針がまるで企業文化というレベルにまで高まっているのです。結果としてたくさんの経営方針は一体となって、他社が容易にまねのできない競争優位性やブランドにまでなっています。

 具体的な事例や、企業文化にまで高めるための方法論についてはまた別の機会にお話しできればと存じます。

 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回もまた新たなるホンネの疑問にお答えします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容を一部改編したものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

#ビジネス #経営理念 #企業理念 #理念経営 #経営者 #社訓 #ビジョン #行動規範 #言葉を定義する #ラベリング #老人福祉施設で 『人権を尊重する』とは?


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?