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カリスマによる支配体制が決して長続きしない理由をウェーバーに語らせる

今ではカリスマ美容師やカリスマ講師など、カリスマという言葉をよく耳にするようになりましたが、もとになったギリシア語には神から授けられた超自然的、超人間的な能力という意味がありました。政治学の分野でも、カリスマは人々を支配する力として重要な効果をもたらすことが知られています。

しかし、政治学の研究者の間ではカリスマによる支配体制は決して長続きしないと考えられています。なぜなら、カリスマ的な支配は政治の基本である「資金調達」に支障を来す場合があると考えられるためです。この記事では20世紀のドイツの研究者マックス・ウェーバーの学説を取り上げ、その原因を解説してみます。

カリスマ的支配は非日常的な力に依拠する

ウェーバーの研究では、権力を掌握し、支配体制を維持する方法を3種類に分類しています。一つ目の方式は伝統的支配であり、これは世襲によって政権が交代していくように、伝統的な権威に基づいて承認されている支配体制です。二つ目の方式は合法的支配であり、明確な規則や手続きに従って政権の正当性が承認される支配体制です。三つ目の方式がカリスマ的支配であり、これは伝統や規則によらず、その人物の非凡な才能、資質、能力によって人々から承認される支配です。カリスマ的支配は、最も個人の資質が試される支配体制であると言えるでしょう

カリスマ的支配を構築するための第一歩は、指導者のカリスマを認める信奉者を獲得することです。その指導者に本当のカリスマがあるかどうかは、まったく問題になりません。問題は指導者にカリスマがあると人々に思わせることです。そのため、カリスマ的支配を確立するためには、人々に指導者が「非日常的な存在である」というイメージを抱かせるように注意する必要があります。ウェーバーはこのことを次のように説明しています。

「非日常的なものとみなされた、ある人物の資質を、「カリスマ」とよぶことにしておく(もともと、このような資質は、預言者にあっても、治療とか法律の[ことにすぐれた]賢者にあっても、狩猟の指導者や勇将にあっても、呪術的な条件をそなえたものと考えられている)。このような資質をもつために、その人物は、ほかのなんびとにも近づきがたいような、超自然的または超人間的な、あるいはすくなくとも、とくに非日常的な力とか特性をもった者とみなされるか、それとも神からつかわされた者とか模範とすべき者と考えられ、またそれゆえに、「指導者」として評価されるのである」(同上、83頁)

引用した文章は少し難しいと思いますが、カリスマを持つ人には何かしらの非日常的な特徴がなければならない、ということをウェーバーは主張しています。非日常的な特徴は「啓示、託宣、霊感」のような宗教的な資格による場合もありますが、必ずしも宗教的な資格である必要はありません(同上、87頁)。

例えば軍事的な英雄もカリスマを持っている人物として見なされることがあるとウェーバーは述べています。カリスマ的支配にとって重要なことは、信奉者に特別な人物であると信じさせることであり、その根拠となる特徴には制限されません

カリスマ的支配の脆弱さは資金調達で露呈する

政治学の立場から見て興味深いのは、カリスマ的支配が信奉者の自由な承認によって成り立つことであり、指導者が民衆に権力を行使する際にも、既存の制度に依存しないことです。明確な規則や法令、あるいは伝統的な前例に基づく慣習ではなく、カリスマを持つとされる指導者の言葉が決定的な意味を持ちます(同上、87頁)。

ただし、カリスマ的指導者は私生活の細かな事柄を暴かれることがないように絶えず注意を払う必要があります。非日常的なイメージこそがカリスマ的指導者にとっての権力の源であるためです

このようなイメージを維持しなければならないカリスマ的指導者は、資金を調達する際に大きな課題に直面するとウェーバーは指摘します。彼らは安定した収入を確保することが難しいのです。

「純粋カリスマは、別して経済とは無縁である。(中略)純粋な型では、カリスマは、施し物を所得源泉として経済的に利用することを、軽蔑し拒否する。――このことはもちろん、事実であるよりは、要請であるにすぎないばあいの方が多いのではあるが」(同上、89頁)

カリスマ的指導者は、自分のイメージを好意的なものとして維持するために、表面的には営利を目的とした活動から一定の距離を置かざるを得ません。

そのような活動はひどく日常的なものとして信奉者から認識され、カリスマ性を弱めます。そのため、カリスマ的指導者の収入源は「大口寄付(進物、寄進、贈賄、大口の心付け)」によるか、あるいは恐喝や略奪によることになります(同上、90頁)。カリスマ的支配の弱点は、信奉者から富を安定的に抽出するメカニズムが弱いことであるとウェーバーは指摘しています

カリスマ的支配は永続的な支配体制に移行する

カリスマ的支配は、いずれ組織の形態をとった支配体制に移行せざるを得なくなるときが来ます。結果として、カリスマ的支配は、歴史や伝統を重んじる支配体制や、合理的な規則を重んじる支配体制に変化していく傾向にあるとウェーバーは考えました。

「カリスマ的支配は、その真正の形においては、とくに非日常的な性格をもっており、人格的資質のカリスマ妥当性およびその証しにむすばれた、厳密に人格的な社会関係をなしている。もしも、この社会関係が、まったく一時的なものにとどまることなく、永続的関係――同信者とか戦士または信者の「宗団」、あるいは、党派団体とか、政治的または教権制的団体――の性格をおびてくるならば、カリスマ的支配は、その性格を根本的に変化せざるをえない」(同上、93頁)

このような移行が生じるのは、後継者の問題が浮上するときであることが多いともウェーバーは指摘しています。むろん、後継者の問題が生じなくても、カリスマ的支配が限界に達する場合もあります。いずれにせよ、カリスマの担い手だった人物を、どのような基準で選抜した人物に置き換えるかが、カリスマ的支配からの脱却において重要なポイントであり、しばしば内部で信奉者の間の政治闘争を引き起こすことに繋がります。

もしカリスマ的指導者の後継者を血統で選抜する場合、そのような後継者をウェーバーは最初のカリスマ的指導者、つまり真正カリスマと区別して「世襲カリスマ」と呼びます。これは伝統的支配に移行するパターンです。しかし、合理的な規則に従って選抜する場合もあり、これをウェーバーは「官職カリスマ」と呼んでいます。合法的支配に転換するパターンです。

いずれにせよ、このカリスマ的支配から脱却する過程で、カリスマ的指導者に付き従ってきた幹部や従者の経済的利害関係が重要な影響を及ぼすようになります。ウェーバーが述べているように、「信者は従者の大衆は、物質的にもその生活を(けっきょくは)天職と心得ようとする。めしの食い上げにならないためにも、そうせざるをえないのである」ためです(同上、100頁)。

古参の信奉者は、新たな伝統や規則を導入しながらも、自らの特権を制度の中で維持しようと働きかけます。その結果として、大量の信奉者から富を吸い上げる仕組みが導入され、カリスマ的支配の特徴はなくなっていきます。そのような段階に入れば、組織としての利益確保が最優先の事項となり、当初の非日常性は消え去ってしまいます。しかし、安定的に資金を調達する方法が確立されるので、支配体制としてはより盤石なものとなるのです。

まとめ

以上のウェーバーの分析を踏まえれば、カリスマ的支配がどのような弱点を抱えているのか、なぜそれが長続きしないのかは明白です。カリスマ的指導者の収入が不安定すぎるためです。

支配体制を安定させる上で、人々から富を抽出する仕組みは最も重要な要素であると言っても過言ではありません。一定の規模を誇る組織を維持し、拡大するためには、その業務に専従する幹部が生活できるだけの資金が必須なのです。

ウェーバーの研究は、ある組織の支配体制を理解するためには、収入がどのように確保されているかを調べる必要があることを示しています。このような視点を持たなければ、ある支配体制がどれほど安定しているのかを正確に説明し、あるいは予測することは難しいでしょう。


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