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メモ 軍事社会学者モスコスの『アメリカの兵卒』(1970)の紹介

軍隊の内部における社会構造や社会行動を調査する学問として、軍事社会学という研究領域があります。1949年の社会学者サミュエル・ストーファーらがまとめた『アメリカ兵』は代表的な成果の一つであり(第二次世界大戦の兵士の社会心理に迫る古典的な業績『アメリカ兵』(1949)の紹介)、その後も多くの研究者がこの学問の発展に貢献しました。

軍事社会学の研究者は、それまで曖昧にされてきた士気、規律、団結がどのような要因によって左右されるのかを分析し、効率的な人事運用の基盤となる知識をもたらしたといえます。その中では、軍隊の内部の対立を扱ったものもあり、アメリカの社会学者チャールズ・モスコス(Charles C. Moskos, Jr.)もこのテーマに取り組んでいます。

モスコスの著作『アメリカの兵卒(The American Enlisted Man)』(1970)は、ベトナム戦争が進んでいた時期のアメリカ陸軍が抱え込んでいた人事上の課題を多岐にわたって調査したものです。すでにストーファーらの研究成果によって、軍隊の内部には士官とそれ以外との間で根深い社会的な分断があることが知られていました。その根本的な原因は、士官と下士官・兵との間に存在する地位や待遇の区別であり、それが妬み嫉みの源泉となり、対立に繋がっていると考えられてきました。しかし、モスコスが調査したところ、意外にもキャリアとノンキャリアの分断の方がより深刻であることが分かりました。

当時、アメリカでは選抜徴兵が行われており、新兵として陸軍に入る若者の社会経済的な属性はさまざまでした。比較的裕福な中産階級に属する若者もいれば、あまり経済的に恵まれていない労働者階級、少数民族に属する若者もいました。

モスコスの調査では、中産階級に属している若者の中には大学教育を受けている者が多いため、部隊で下士官や兵との社会関係の構築に難しさを感じていること、またそのような兵士は教育水準の高さが士官に評価され、危険が多い戦闘任務ではなく、後方の事務の仕事に従事する場合が多く、戦地に派遣されたとしても最前線に送り込まれることが少ないことが報告されています。

つまり、徴兵された中産階級の若者は軍隊でキャリアに恵まれる確率が高く、それが労働者階級出身の下士官や兵の立場から見れば、不公平な人事運用だと思われていました。このことから、軍隊における対立が将校と下士官・兵という階級に沿った対立ではなく、民間人の学歴、階級に沿った対立に移行したと考えられます。20世紀に学歴社会が進む中で、軍隊の人事制度がどのような影響を受けていたのかを考える上で興味深い指摘です。

ちなみに、1973年、アメリカ政府はベトナム戦争からアメリカ軍を撤退させることを決定し、徴兵を停止しています。モスコスはその影響に注目し、社会学者のジャノヴィッツと1979年に発表した共著論文「全志願制部隊の5年、1973~1978(Five Years of the All-Volunteer Force: 1973-1978)」の中で、徴兵停止で陸軍が大学卒業者の獲得が難しくなったことを指摘しています。

1964年度のデータで徴集兵のうち大学以上の教育を受けていた割合は17.2%(志願兵だと13.9%)でした。しかし、1975年度以降のデータで5.7%に割合は急減し、翌年度以降も4.1%(1976年度)、5.1%(1977年度)と推移しています。こうした変化があったために、アメリカ軍の下士官・兵における大学卒業者が減少したことは、モスコスが指摘したキャリアとノンキャリアの対立の緩和に寄与したといえるかもしれませんが、その後のアメリカ軍は人材の確保に苦労することになります。

Janowitz, M., & Moskos Jr, C. C. (1979). Five years of the all-volunteer force: 1973-1978. Armed Forces & Society, 5(2), 171-218. https://doi.org/10.1177/0095327X7900500201

見出し画像:1967年にベトナムで米軍部隊の社会調査を実施していたCharles Moskos

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