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権力者の命令さえあれば、普通の人でも恐るべき残酷さを発揮できるのか?

心理学者ミルグラムが行ったことで知られるミルグラム実験は、権威ある人物から誰かに危害を加えるように命令された人々が、たとえ危害を受けた人が苦しむ様子を目の当たりにしても、権威に服従し続けることができることを示した有名な心理実験です(Milgram 1963; 1974)。

実験の内容はよく知られており、解説もたくさん書かれているので、ここでは要点のみ簡単に述べるにとどめます。実験参加者には監督者から教師としての役割を与えられます。そして、隣の部屋にいる生徒に暗記の課題を与え、生徒が課題で間違えたならば罰として電気ショックを与えるように指示を受けます。

監督者から生徒が間違えるごとに電気ショックの電圧を上げるように命令されると、過半数の実験参加者は生徒が苦痛を訴えたとしても(実験では苦痛を訴える演技が行われていました)、監督者に促されるがままに電気ショックを与え続けることが分かりました。

この実験は実験参加者の負担が大きいという研究倫理の問題から長らく再現されませんでしたが、心理学者のバーガーが実験を部分的に再現したところ、ほぼ同じ結果が得られたことを報告しています(Burger 2009)。実験は普通の人であったとしても、権力者の命令で普段の生活では考え難いような加害行動を選択できることを明らかにしたと解釈されています。

ただ、最近の研究で新たに分かってきたこともあります。例えば、責任感が強い実験参加者には命令に従わない傾向が見られました(Burger et al. 2011)。これはミルグラムが自分の実験結果を説明するために使った用語である「代理人状態(agentic state)」に陥りにくい性格、パーソナリティを一部の人々が持っていることを示しています。このような責任感が強い人々は監督者と自分を同一視しようとはせず、状況によっては自分の道徳観、価値観に基づいて監督者の命令に異議を申し立てる可能性が高いことが分かります。

さらに、最近の研究では、実験参加者が非道徳的で、不快な仕事を進んで行えるかどうかは、その仕事が悪いことではなく、良いことであると思い込ませるイデオロギーの操作に依存しているという説も出されています(Haslam, et al. 2015)。つまり、人は無条件に権威に従うわけではなく、イデオロギーが適切に機能することで、はじめて他人に危害を加える行動を正当化できるようになるのかもしれません。

この見方は、政治家が権力を行使するためには、富や暴力といった物質的な資源だけでは不十分であり、法律、規範、道徳の操作が欠かせないという政治学の知見とも整合性があります。

参考文献

Burger, J. M. (2009). Replicating Milgram: Would people still obey today? American Psychologist, 64(1), 1–11. doi:10.1037/a0010932
Burger, J.M., Girgis, Z.M., & Manning, C. (2011). In Their Own Words: Explaining Obedience to Authority Through an Examination of Participants' Comments. Social Psychological and Personality Science, 2, 460-466. doi:10.1177/1948550610397632
Haslam, S.A., Reicher, S., Millard, K.E., & McDonald, R.I. (2015). 'Happy to have been of service': the Yale archive as a window into the engaged followership of participants in Milgram's 'obedience' experiments. The British journal of social psychology, 54(1), 55-83. doi:10.1111/bjso.12074
Milgram, S. (1963). Behavioral study of obedience. Journal of Abnormal Psychology, 67(4), 371-378, doi:doi:10.1037/h0040525
Milgram, S. (1974). Obedience to authority: An experimental view. New York: Harper & Row.(邦訳『服従の心理』山形浩生訳、河出書房新社、2012年

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