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論文紹介 日本の政治家は選挙前に予算を操作している?

権力を握った政治家は自らの地位を守るために公的予算を操作し、特定の有権者からの支持を調達しようとすることがあります。そのような予算操作は選挙の日程が近づくたびに起こるため、政治的予算循環(political budget cycles)と呼ばれています。

政治的予算循環の理論はTufte(1978)の先駆的業績によって確立されたもので、数多くの研究成果がもたらされてきました。Tufteは再選を狙う政治家が特定の有権者の支持を集めることができるように経済政策が政治家に操作されることを説明し、インフレーション、失業、所得の再分配、政府予算、経済的活動に対する規制などが操作の対象になりえることを論じていました。

ただ、その後の研究で政治的予算循環理論は途上国の政治に適用することができるものの、先進国の政治にそのまま適用することは難しいことが分かってきました。例えばドイツの地方選挙を対象にした研究では、現職の政治家が支持率を高める手段として公的予算を操作しても、有権者の投票行動を動員するほどの効果は見込めないと評価されています(García & Hayo 2021)。このような研究成果を踏まえ、一部の研究者は先進国で政治的予算循環が起こらないとさえ主張しています。

しかし、経済発展の段階によって政治的予算循環の有無を判断する考え方には疑問の余地が残ります。なぜなら、日本では政治的予算循環が観測されているためです(Fukumoto, et al. 2020)。こちらの研究では日本の地方自治体の予算を分析の対象としていますが、選挙前になると地方政府の総支出が前年に比べて1.2%から1.6%に、特に資本形成のための支出が4.1%から7.3%に増大するパターンがあることが明らかにされています。

この支出の操作は収入の増減によって左右されません、日本の地方政治の仕組みでは予算編成で首長が議会に優位に立っているのですが、予算の操作が起こるのは首長選挙のときだけであり、議会選挙では起こらないことも報告されています。この事例を踏まえれば、先進国であっても政治的予算循環が起こる可能性があることを詳細に検討する必要があるでしょう。

ちなみに、日本政治における地方財政の重要性に関しては、シャイナー(Ethan Scheiner)の著作『競争なき日本の民主主義:一党優位制国家における野党の失敗』(2006)で分析されたことがあり、そこでは公共事業を求める事業者が地方政府に支出の拡大を促し、その見返りとして地方選挙と国政選挙で組織票を動員すると説明されています。

参考文献

Tufte, E. R. 1978. Political Control of the Economy. Princeton University Press.
García, I., & Hayo, B. (2021). Political budget cycles revisited: Testing the signalling process. European Journal of Political Economy, 102030. https://doi.org/10.1016/j.ejpoleco.2021.102030
Fukumoto, K., Horiuchi, Y., & Tanaka, S. (2020). Treated politicians, treated voters: A natural experiment on political budget cycles. Electoral Studies, 67, 102206. https://doi.org/10.1016/j.electstud.2020.102206

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