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研究メモ『競争なき日本の民主主義』に対する批判を紹介してみる

5月に投稿した「なぜ自由民主党は日本で長期政権を実現できたのか?『競争なき日本の民主主義』の書評」と題する記事が予想以上に読まれているようで驚いています。この記事ではシャイナーの議論に対する批判があることについてはあまり詳しく述べることができていなかったので、その点が少し心残りでした。

いろいろな文献を取り上げたいところですが、まずは斉藤淳氏の『自民党長期政権の政治経済学:利益誘導政治の自己矛盾』(2010)を紹介しておきます。著者はイェール大学で博士を取得していますが、民主党から衆議院議員を1期務めたこともあります。目次は以下の通りです。

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第1章 自民党長期政権の謎:政治不信にもかかわらず政権が続いたのはなぜか
第2章 自民党型集票組織と投票行動
第3章 人口動態と選挙戦略:長期的趨勢への政治的対応
第4章 支持率の変動と選挙循環
第5章 集票のための補助金
第6章 利益誘導と自民党弱体化:我田引鉄の神話
第7章 利益誘導と政界再編
第8章 選挙制度改革と政策変化:政権交代への道のり
第9章 同時代史としての自民党長期政権:逆説明責任体制の帰結

シャイナーの議論のポイントは、自民党が中央集権的な日本の行政を操作し、農村部への利益誘導を通じて野党に対して常に優位に立ってきた、といことでした。著者も自民党の一党優位が維持されてきた背景には投票行動の監視や動員が容易な地方に対して利益誘導があったと認めますが、その議論はかなりユニークです。特に第6章で詳しく説明されているのですが、著者はその地方に必要なインフラが完成してしまうと、もはやその地域の支持者が自民党を支持する誘因が低下しやすいと主張し、利益誘導が常に与党の支持につながるとは限らないことを指摘しています。

戦後日本における高速道路や新幹線のインフラ整備の進展と、自民党の得票状況の推移を統計的に関連付けて分析することによって、著者は自民党がインフラ整備に依拠する利益誘導で有意に票を減らしていたことを実証しています。この現象は「公共事業のパラドックス」と呼ばれており、その危険性はやがて多くの自民党の政治家に認識されるようになりました。その後の自民党は地方に対する利益誘導の出し惜しむようになったと著者は考えています。

実際、インフラ整備がいったん完成すれば、支持者はそれに満足してしまうため、政治家にとっては将来的な当選が危うくなります。また、インフラ整備が進んで選挙区の都市化が進み、人口が増加するようなことがあれば、既存の選挙区で組織した支持者の投票力は相対的に弱まることも考慮しなければなりません。インフラ整備の代わりとして地方における利益誘導の手段とされたのが補助金行政であり、その財源を確保するために、自民党は地方よりも経済成長率が高い都市部でインフラ整備を進める傾向を強めたと著者は説明しています。このような複雑な利害関係に基づく政治構造が都市と地方の格差を広げる要因になっていると考えられます。

利益誘導政治は日本政治の研究において古典的なテーマとされてきましたが、この著作は利益誘導が政治的に万能ではないことに注意を向けたという意味で、重要な成果だと言えます。数理モデルと統計的データを駆使した本書の分析は多くの読者にとって難解かもしれません。しかし、今後の自民党の長期政権について研究する上で欠かせない業績として位置づけることができると思います。


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