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論文紹介 ウクライナで露呈したロシアの軍事的な弱点は何か?

ロシアのウクライナへの侵攻から3か月が過ぎ、ロシア軍がさまざまな軍事的失敗を重ねていることが明らかになっています。当初、ロシアはウクライナへ電撃的な侵攻を目指しましたが、予想をはるかに超えるウクライナ軍の組織的な抵抗によって、その計画は破綻しました。多くの研究者がそれぞれのアプローチでその理由を探っています。

北部戦線では首都のキーウ近郊の空港に降下した空挺部隊が、後方支援能力の限界で進撃できなくなった行進縦隊と合流できずに各個撃破されており、東部戦線では国境付近に位置するハルキウの攻略に失敗しています。「ハイブリッド戦争」を遂行する要となるはずのサイバー戦、電子戦、心理戦の効果は限定的であり、ウクライナに進入したロシア軍の部隊は多数の人員、車両、武器を失い、黒海では黒海艦隊の旗艦スラヴァ級ミサイル巡洋艦モスクワが沈没しました。これらが指し示すロシア軍の欠点をどのように説明すべきなのでしょうか。

以下の論文は、最近の議論の動向を踏まえ、ロシアの軍事的失敗の原因として組織的な問題を指摘したものです。

Robert Dalsjö, Michael Jonsson & Johan Norberg (2022) A Brutal Examination: Russian Military Capability in Light of the Ukraine War, Survival, 64:3, 7-28, DOI: 10.1080/00396338.2022.2078044

ロシアの軍事的失敗の深刻さ

ロシアが、これほど苦戦を強いられている根本的な原因は、その戦略に欠陥があったことが論文では指摘されています。戦前のロシアは、ウクライナに対して電撃的に侵攻すれば、ウクライナの政権は自ずと瓦解し、ゼレンスキー大統領は逃亡し、組織的な抵抗は行われず、ロシアは解放者として迎えられるという状況判断に基づいて戦争計画が立案された可能性が指摘されています。

著者らは、この失敗は2003年のイラク戦争におけるアメリカの事例に匹敵すると評価しています。開戦後に情報機関であるロシア連邦保安局では職員の責任を追及する動きが見られたことも伝わっています。

しかし、情報活動の限界は、ロシアの失敗のほんの一部分にすぎません。著者らは、遅くとも12月から始まっていたロシアの地上軍の動員、展開と、実際の作戦に大きな乖離があったと指摘しています。戦況の推移を観察していると、ロシア軍はキーウを軍事的に攻略すべき重心と位置付けて戦略を立案していたようですが、投入された戦力は小規模な空挺部隊と地上部隊にすぎず、キーウ市内で試みられたクーデターの計画も頓挫しました。著者らが指摘している通り、多くの専門家にとって意外だったのは、最初の失敗に対処できる第二案、第三案がロシア軍に用意されていなかったことです。

作戦の内容として注目すべきは、ロシアがウクライナへ侵攻させた部隊に指揮の統一が確立できていなかったことです。軍事的に攻略すべき重心を少数に絞り込み、それに向けて集中的、かつ迅速に部隊を行動させることは、作戦の原則であるといえます。このため、作戦は一名の指揮官によって遂行されることが望ましいのですが、ウクライナに派遣されたロシア軍の指揮系統は一元化されていないようでした。

これはロシア軍がウクライナの北部、東部、南部から作戦を開始した際に、微妙に異なった目標に向けて前進したこと、最終的にこれらの部隊がキーウで合流していないことを説明する上で重要な要因だった可能性があります。少なくとも北部戦線では、攻撃前進の軸が少なくとも2本は設定されていたので、その調整には大きな困難があったと推測できます。

作戦の次元に目を移すと、ロシア軍は地上部隊の機動力を維持できるだけの後方支援能力を欠いていました。特に鉄道から遠く離れて作戦を遂行しなければならなかった北部戦線のロシア軍の部隊は、深刻な燃料と糧食の不足に陥っていたようです。

地上部隊を迅速に前進させるためには、航空優勢の獲得が重要ですが、ロシア軍はウクライナ軍の防空網を制圧することに失敗し、多数の航空機を失うことになりました。これにより、ロシア軍は航空支援で地上部隊の前進を助けることができなくなりました。

戦術の次元で指摘されているのは、ロシア軍が師団、旅団ごとで諸兵科連合を駆使した大規模戦闘を遂行できていないことです。ロシア陸軍では、大隊戦術群が基本的な戦術単位と位置付けられており、3個の機械化歩兵中隊を主力とし、戦車中隊1個、対戦車中隊2個、砲兵中隊2個から3個、防空中隊2個が支援する体制です。ウクライナ軍を相手にするのであれば、複数の大隊戦術群を効率的に指揮できるように師団、旅団、連隊の編成を活用する必要があったはずですが、これが実行されませんでした。

このような体制のまま戦闘を遂行することになった背景には、人事の問題も絡んでいると著者らは推測しています。大規模な部隊の運用に必要な参謀将校の養成が十分に行われておらず、師団、旅団の司令部機能を維持し、複数の大隊戦術群の指揮所と効果的に意思疎通を図り、相互に支援させることが困難だったのかもしれません。

戦術の限界は、下士官や兵卒の能力の低さ、士気の低さからも説明が可能です。第一線で積極的、主体的に戦闘を遂行しようとしない部隊を指揮するために、ロシア軍の将校はしばしば前線に赴く必要がありましたが、これはウクライナ軍の狙撃や砲撃で命を落とす原因にもなりました。

関連が強く疑われる三つの要因

ロシアの軍事的な失敗を説明する要因として、著者らは3つの候補を取り上げています。

第一に考えられる要因は、ロシア政府が、ウクライナの国民世論、両国の相対的な軍事力の優劣、そして西側の外交的な反応について、あまりにも楽観的に解釈し、また戦争の遂行に細かく干渉しているという説明です。つまり、政府の非現実的な状況認識や過剰な前線への干渉によって作戦行動の能率が低下しているという説明です。

失敗を説明する第二の要因として考えられているのは、ドクトリンの限界です。ロシア軍は秘密工作、心理作戦、そして長距離精密ミサイル打撃によって敵を弱体化させ、通常戦力を大規模に運用することなく、迅速に政治的目的を達成する「ハイブリッド戦争」のドクトリンを発達させてきましたが、その効果を過信していたかもしれません。

第三の要因は、2008年にロシアとジョージアとの戦争(南オセチア戦争)でも露呈したロシア軍の戦闘効率の劣悪さです。これが今まで改善されていなかったことが、組織的に隠されてきた可能性があります。著者らが特に重視しているのは、この第三の要因です。

というのも、現在のロシア軍の失敗の多くは、人員の不足、戦術や作戦の低効率、指揮統率の欠陥、相互連携の不足など純粋に軍事的な非効率によって説明が可能だからです。これらの現象は「ロシア軍の組織的腐敗」に起因しており、「部下は過大評価された状況報告と水増しされた名簿を上官に送りつけ、それが虚像を生み出し、意思決定を劣化させる」ことになったのではないかと著者らは推測しています。ロシアの政治システムが抑圧的な権威主義体制であるということも、このような組織的な腐敗を助長させたとも考えられます。

著者らは、いくつかのデータを挙げながらロシア軍はこれまで考えられていた以上に見かけだおしの戦力しか持っていないことがウクライナの戦争で露呈していると指摘しています。例えば、ロシア軍は20年にわたる「近代化」を推進し、徴兵制から志願制への転換を段階的に進め、より専門性が高い契約兵によって徴集兵を置き換えようとしてきました。しかし、この取り組みは実態を伴っておらず、戦闘効率の向上に寄与していないようです。

「2020年後半の時点で、ロシア軍の平時戦力は名目で約90万名であり、これには徴集兵28万名も含まれている。徴集兵の数字は、主に地上部隊を構成しているものだが、ウクライナで必要な戦力と最も関連が深い。徴集兵は戦闘に適していないためである。ロシア国防省によると、2020年3月時点でロシア軍全体の徴集兵22万5000名、契約兵は40万5000名である。この比率が地上軍にほぼ当てはまると想定すると、およそ16万名の戦闘可能な契約兵がウクライナに派遣されることになるはずである。2022年初頭にアメリカの情報筋はウクライナに侵攻する態勢のロシア軍がおよそ20万名程度であると見ていたが、国防総省が引用した「16万9,000名から19万名」には、ロシア軍とは別の実力組織で、国境警備や対テロ作戦を専門とするロシア国家親衛隊や、ドンバスを実効支配する武装勢力の人員が含まれていたことは明らかである。侵攻前のロシア軍の戦力は実態として15 万名未満である。その戦力の中には、平時にクリミア半島とウクライナに隣接するロシアの諸州で駐屯地に配備され、戦闘行動に用いられなかった管理要員と徴集兵が含まれていた」

ロシア軍の戦力が書類の上で水増しされているという見方は、アルメニア、ジョージア、タジキスタンなどで活動している兵士をウクライナに再配置し、シリアやアフリカで兵士を募っていることからも浮き彫りになっています。ウクライナの情報によれば、ロシア軍の戦死者はおよそ2万名に上り、少なくとも同数の負傷者が出ていますが、これだけの損失を補充することは容易ではありません。

過去にロシア軍の脅威を分析した研究は、このようなロシア軍の実態を適切に反映できておらず、見直すべきだと著者らは主張しています。特にアメリカの限定的な支援だけでロシアの脅威に対処できるかどうかという議論に大きな影響を及ぼす可能性があります。2019年に発表された「ヨーロッパを防衛する:シナリオに基づくNATOヨーロッパ加盟国に求められる能力評価(Defending Europe: scenario-based capability requirements for NATO’s European members)」と題する報告書では、アメリカの支援がなければ、ヨーロッパ諸国だけではロシアの電撃的な侵攻に対抗することは難しいという結論を出していました。

しかし、ウクライナ軍がロシア軍の機械化部隊の前進速度を遅らせていることを踏まえれば、ロシア軍の進軍を遅らせることは軍事的に実行可能であるかもしれません。著者らはヨーロッパの安全保障環境を改善する上で必要な国防予算は想像されているよりも小さいかもしれないと指摘しています。北大西洋条約機構(NATO)に新たにフィンランドとスウェーデンが加盟する可能性が高まっていること、ドイツをはじめとする国々が軍備の増強に積極的になっていることも追い風でしょう。

ロシアがウクライナでの失敗を踏まえて教訓とするかもしれませんが、著者らが主張する通りロシア軍の腐敗が戦闘効率を押し下げているとすれば、今後もその影響は長く続くはずです。これは民主主義国の軍隊が権威主義国の軍隊より効率的に作戦を遂行することができると説明する民主的優位論とも密接に関連する解釈なので、今後の研究では過去の権威主義国の軍隊との比較することも考えてよいでしょう。

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