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戦争を統計で分析した先駆的な研究Statistics of Deadly Quarrels(1960)の紹介

ルイス・リチャードソン(1881~1953)は一般的には数値シミュレーションに基づく気象予報を提唱した気象学の研究者として知られています。しかし、彼は軍事学の世界でも名が知られており、軍拡競争の数理モデルを提唱したことや、戦争のさまざまな現象を説明するために統計的分析を活用したことで高い評価を受けています。

この記事では、リチャードソンの著作『命懸けの争いの統計学(Statistics of Deadly Quarrels)』(1960)で報告された研究成果の一部を紹介してみましょう。日本語に訳されたことがない文献ですが、戦争を理解する上で示唆に富む分析が示されています。

Richardson, Lewis F. (1960) Statistics of Deadly Quarrels. Pittsburgh Boxwood Press. 

戦争の研究における統計的アプローチの特性

まず、リチャードソンは戦争を研究するために、近代以降に発生した戦争の一覧を作成し、それに基づいて一定の形式に沿ったデータを収集することで、統計分析の基礎資料を整えようとしました。それまでの戦争の研究はそれぞれの戦争の具体性、独自性に注目していましたが、リチャードソンはそれぞれの事例を横断して比較できる戦争の特徴に注目したのです。具体的に彼が調査の対象としたのは1820年以降の世界で発生した戦争であり、『ブリタニカ百科事典』に掲載された戦争を手始めとして、さらにラテンアメリカやアジアの歴史に関する70冊ほどの文献からデータを取得しました。

このような調査に取り組む研究者が常に悩まされる課題の一つとして、単位の問題があります。リチャードソンは戦争がいつも宣戦によって始まり、講和によって終わるとは限らないことを指摘しています。例えば正規戦争から非正規戦争に移行した場合に戦争の期間をどのように判断すべきなのか研究者によって意見が異なります。戦争の歴史では、停戦の有無にかかわらず、戦闘行動が停止し、しばらくしてから戦闘が再開されることもありますが、このような場合に同じ戦争が続いていると見なすべきか、それとも別の戦争と見なすべきかも難題です。

リチャードソンはこのような課題に対処するためには、「平均が差異に対して優先されるべきである」という原則を提唱しています。つまり、議論の余地が残る事例に対し、一貫性を備えた解釈で対応するよりも、あえて一貫性がない手続きを採用すべきであると考えています。もし判断を一貫した基準で統制した場合、その判断が間違っていた場合には系統的なバイアスとなりますが、一貫させないことによって分析結果にバイアスが及ぼす影響を最小限にすることが期待されるためです。このような処理の仕方は直観的におかしいように思えるところですが、統計的観点から戦争のパターンを解明する上では合理性があります。

戦争の規模はべき乗則に従っている

統計的アプローチを採用したリチャードソンの研究は戦争という社会現象に一定の法則性があることを裏付けるものでした。特に重要な成果を挙げると、戦争の規模と頻度の関係にはべき乗則が成り立つという知見があります。やや単純にまとめてしまうと、規模が大きな戦争になるほど、その頻度は減少していき、規模が小さな戦争になるほど、その頻度は増加していくパターンがあることが見出されたのです。

リチャードソンの分析によれば、1820年から1947年までの戦争による犠牲者の総数に対する、第一次世界大戦(1914~1918)と第二次世界大戦(1939~1945)の犠牲者の人数は61%にも相当していました。これほど多くの犠牲者を発生させる戦争の頻度はごくわずかであり、ほとんどが局地的、限定的、小規模な戦争でした。戦争の規模と頻度の関係に、べき乗則が見出せる理由ははっきりと分かっていません。リチャードソンの著作では、交戦する集団を構成する人口の大きさによって戦争に動員される兵力と、軍事行動によって発生する犠牲者が変化するためではないかという仮説が示されていますが、この点に関して彼は最終的な結論を下すことには慎重な姿勢をとっています。

第二次世界大戦が終結して以降の世界では、経済的な相互依存、国際機構の発達、社会的なコミュニケーションの拡大、核抑止の影響などの影響が絡み合い、戦争の発生を防ぎやすくなったのではないかという見方もありますが、リチャードソンはその点に関して結論を下せる段階ではないと考えました。彼が調査した1820年から1949年の期間において戦争の頻度が特に増加した証拠は見つからなかったためです。この時期に全世界の総人口が大きく増加したことを考えると、戦争の頻度が増加する傾向にあってもよさそうなものですが、むしろ1820年以降に人類はやや好戦性が低下している可能性さえあるとリチャードソンは示唆しています。

まとめ

戦争のパターンをべき乗則で説明できるという見方は今でも学界で発展を続けています。例えば、べき乗則は戦争だけでなく、戦争において実施される戦闘行動の規模を説明することができると指摘する研究者がいます。その研究報告では、アフガニスタンとイラクではアメリカ軍を中心とする多国籍軍に対し、武装勢力が繰り返し攻撃を加えましたが、その攻撃がもたらす戦死者の人数と、その攻撃が起こる頻度の関係がべき乗則に従っていると論じられており、リチャードソンの発見の重要性が再確認されました(Dobias 2009)。

参考文献

Dobias, Peter. (2009) Self-Organized Criticality in Asymmetric Warfare. Fractals. 17(1): 91–97. https://doi.org/10.1142/S0218348X0900417X

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