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国際政治学の権威モーゲンソーが語った外交における4つの基本は何か?

現代の国際政治学の礎を築いたことで知られる政治学者にハンス・モーゲンソー(Hans Morgenthau, 1904-1980)という研究者がいます。彼は著作『国際政治(Politics among Nations)』(初版1948)の中で、リアリズム(realism)と呼ばれる国際政治の理論を体系化し、国家間の紛争を権力をめぐる闘争として分析できることを示しました。現在の国際政治学の研究者の間でも幅広く読み継がれている基本文献です。

モーゲンソーは第二次世界大戦で開発された核兵器によって、戦争が引き起こす社会的、経済的な損失がかつてないほど大きなものになったことに懸念を持っていました。しかし、戦争を防止し、平和を維持する手段として、国家の軍備や主権を制限し、最終的に世界政府のようなシステムを立ち上げる構想は、当時の世界情勢では実効性に乏しいとも考えていました。

もしそのようなシステムを構築するにしても、先んじて国際的な対立を最小限に食い止め、利害を調整する手段が必要であり、それこそが外交の使命になります(544頁)。ただ、外交を巧みに指導するためには、いくつかの原則を守る必要があるとモーゲンソーは論じており、それを4つの基本に整理しました。

1 外交は十字軍的精神から脱却しなければならない

これはモーゲンソーが最初に掲げている外交の基本であり、自国の中で支配的な社会規範・法規範を全世界に押し付けようとする外交政策への警告でもあります。ここで述べられている「十字軍的精神」の典型は宗教によって動機づけられた戦争ですが、同時にイデオロギーによって動機づけられた戦争も想定されています。

「宗教戦争によって、われわれは自己自身の宗教を唯一の真理として世界の他の人々に押しつけようとする試みが多くの犠牲を生むと同時に無益でもある、ということを教えられてきた」(同上、569頁)

この記述との関連で、モーゲンソーは「現代の二つの政治宗教は、16世紀、17世紀の二つの巨大なキリスト教宗派にとって代わってしまった。現代の政治宗教は三十年戦争の教訓をみずからのものにするだろうか、また、果てしない戦争を不可避的に生む普遍主義的な野望から早晩免れるであろうか」とも述べています。

ここで「政治宗教」という言葉が指しているのは、冷戦期におけるアメリカ自由主義とソ連の共産主義のイデオロギーであり、モーゲンソーはそのようなイデオロギー的な対立が、17世紀にヨーロッパを分断したカトリックとプロテスタントの宗教的な対立と同じような破壊と殺戮をもたらす可能性に注意を払うように促しています。

2 対外政策の目的は国益になるかどうかで決める

政策決定者は、普通の人々の価値観とはまったく異なった基準に従って外交を指導しなければならないというのがモーゲンソーの基本的な考え方でした。その基準とは国家の利益になるかどうかというものです。モーゲンソーは次のように述べています。

「対外政策の目的は国益によって定義されなければならず、また適当な力によって支えられなければならない」(同上、570頁)

この「国益(national interest)」の内容はその人の立場によって異なるところですが、モーゲンソーは現状維持を追求する国の国益については、国家安全保障の観点からのみ判断されるべきと明確に述べることで、その意味をかなり厳密にしようとしています。「平和愛好国家のナショナル・インタレストは、国家安全保障の観点からのみ定義されるべきである。しかも国家安全保障は国家の領土および諸制度の保全として定義されなければならない。そこで、国家安全保障とは、外交が相手に妥協せずに適当な力を動員して守らなければならない最小限のものをさす」と著作では述べています(同上、570頁)。

このようなモーゲンソーの見解によれば、外交政策の目的は国家安全保障の実現であるため、自国の存立を脅かす事態を避けることが第一に優先されなければなりません。ただし、現代の世界情勢の特性として、遠方で勃発した地域紛争が全世界の安全保障に影響を及ぼす可能性があることについてもモーゲンソーは指摘しています。これは核兵器の政治的影響として非常に重要なものです。

「しかし外交は、国家安全保障が核時代の衝撃の下で受ける急激な変化に対してはつねに敏感でなければならない。核時代の到来までは、国家は、他国家を犠牲にしてその安全を獲得するという目的のためにその外交を活用することができた。今日外交は、核破壊からある国家を安全にするには、ある特定国に有利な形で原子力のバランス・オブ・パワーを急変させるなどということをせずに、諸国家全部を安全にしなければならないのである」(同上)

実際、核兵器が開発されるまでの国際政治においては、かりに戦争が勃発したとしても、その影響を交戦国の領域に限定することも、事態の拡大を防止することも相対的に容易でした。戦争における軍隊の作戦行動には時間がかかることが普通であり、大規模な戦闘が発生したとしても、それで国内の都市がすべて破壊されるということは不可能だったのです。

しかし、核兵器が登場すると、航空機やミサイルにそれを搭載し、短時間のうちに敵国に戦略的攻撃を加えることが可能になりました。核兵器が使用されれば、前線に配備される軍隊だけでなく、後方に位置する都市も壊滅的な被害を受ける可能性が出てきました。そのため、もはや局地的、地域的な紛争であったとしても、それが大規模化する恐れがあるならば、国際社会として積極的に平和的解決を支援する必要が出てきたのです。世界規模で核戦争が拡大することを避けるためには、自国の防衛を第一に考えながらも、同時に国際社会全体の安全保障についても考慮に入れなければなりません。

3 他国の観点から情勢を見なければならない

核兵器の影響によって自国の安全保障のために、その他の国々の安全保障を危険に晒す可能性があり、また遠隔地で起きた地域紛争であっても世界戦争に拡大する恐れも出てきているとすれば、国際政治における外交の重要性はかつてないほど大きいと言えます。

モーゲンソーはこのような時代に外交を成功させていくためには、他の国家が何を望み、何を恐れているかを知ることが、決定的に重要であるとして、「国家安全保障の立場に立って何が他国のナショナル・インタレストであるのか、また他国のナショナル・インタレストは自国のナショナル・インタレストと両立できるのだろうか」と考えることが必要だと主張しています(同上)。

例として次のような状況を考えてみましょう。一般に国家は自国の安全保障のため、自国領域の外方に仮想敵国を設定し、これに対して軍事的に劣勢にならないような兵力や装備を整え、部隊配備を維持しようとします。しかし、地理的に近い二カ国が相互に相手を仮想敵国と見なし、その境界に兵力を重点的に配備し始めると、相互に相手に脅威を感じさせ、緊張を高めることに繋がります(いわゆる安全保障のジレンマと呼ばれる状況です)。したがって、自国の領域を守るための兵力配備であったとしても、自国の行動が相手国にどのように受け止められるかを必ず考慮しなければなりません。相手国の領域を脅かさない範囲で、自国の安全保障を実現する方法を模索した方が国際政治の観点から見て賢明なのです。

モーゲンソーはこのような状況では、安全保障上の重要性を持たない地域の存在が重要だと論じています。そのような地域を設定し、双方の領域を地理的に隔離することによって、より安全になるであろうと述べています。これは緩衝地帯(buffer zone)の考え方だと言えます。

「それぞれの陣営が双方の国家安全保障領域を相互に引き離すための間隔を広くとればとるほど、各陣営はより一層安全になるだろう。それぞれの陣営は、互いに遠く隔たったところに線を引くことができ、そしてその線に接触あるいは接近することさえ戦争を意味することを相手に理解させることができるのである」(同上、570-1頁)

4 死活的ではない争点では妥協しなければならない

ただし、緩衝地帯となる「中間地域」があれば、それで外交の仕事は終わるというわけではありません。むしろ、モーゲンソーの見解によれば、ここからが外交の最も難しい部分なのです。

彼は「国家は自国にとって死活的ではない争点に関してはすべてすすんで妥協しなければならない」と述べています(同上、571頁)。相手と適切な妥協点を見出せなければ、その外交は成功したとは言えません

もし自国と相手国との領域の間に中間地域を設けることができたとしても、そこが相手国の勢力圏に組み込まれないという保証はどこにもありません。相手国は自由な意思を持って自分の利益を追求することができるので、こちらに隠れて密かに勢力を拡大している可能性を考慮する必要があります。しかし、だからといって中間地域を相手に先んじて自国の勢力圏に組み込んでしまうということは許されません。そのような措置が双方の軍事的緊張を一挙に高めてしまうことはすでに述べた通りです。

「重要な課題は、これら中間領域が相手側の圏内に吸収されないようにしながら、相手側のある程度の影響力をこの中間領域内で認めることである。これに劣らず重大な任務は、自己の安全保障領域に近い領域では、それ自身の圏内にこれらの領域を吸収することなく相手側の影響力をできるだけ小さくしておくことである。こういった仕事を遂行するために自動的に適用できるような公式はない。堅実と自制による絶え間ない適応の過程によるのでなければ、第二義的な争点に関する妥協はうまくいかないのである」(同上、571頁)

自国と他国が死活的に重要な国益だと見なす領域保全に関しては、交渉の場でも明確に相互の認識を共有できる場合がほとんどです。しかし、自国の領域と他国の領域の中間に広がっている領域をめぐる権利や要求に関しては必ず曖昧さや不確実さが残ります。そのような条件下で共通の利害を認識することは非常に難しく、だからこそ交渉が難航しがちなのです。

外交官は死活的な国益と、そうではない国益を区別する判断力を備えていなければなりません。どこまで相手に譲歩するべきなのか、どこから自分の利益を主張すべきなのかを見極めなければなりません。

まとめ

モーゲンソーが語った4つの基礎事項は、とても慎重に検討されており、それぞれが関連しています。外交において倫理や道徳を押し付けるような姿勢をとるべきではないのは、外交の目的を国家の安全保障に限定するためです。自国の安全が確保されなければ、他国の安全を考えることは不可能です。

自国と他国の安全を一体的に考えることで、どのような妥協が可能なのかを見極め、戦争の防止と平和の維持につなげることができます。彼の外交的妥協を重んじる姿勢は、国家安全保障を何よりも重視するリアリストとしての立場から導き出されています。

モーゲンソーの分析は国際政治の現実を見据えながらも、将来の戦争を防止し、平和を維持する方策を考えたい人々にとって参考になると思います。もし彼が生きていれば、最近の中国やロシアの軍事動向にアメリカや日本がどのような外交で対峙すべきと語ったのかと、いろいろと想像してみるのも面白いでしょう。

また、モーゲンソーの政治的リアリズムについても併せて学べば、さらに理解が深まると思います。

参考文献

モーゲンソー著、現代平和研究会訳『国際政治:権力と平和』福村出版、1998年

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