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なぜ民主主義国は戦争が長引くほど強くなるとトクヴィルは考えたのか?

アレクシ・ド・トクヴィル(1805~1859)は、1831年に9か月にわたるアメリカでの現地調査を行い、得られた知見をもとにして帰国後に『アメリカのデモクラシー』(1835~1840)を書き上げたフランスの思想家です。『アメリカのデモクラシー』は単にアメリカの政治体制を記述した著作ではなく、民主主義の下で暮らす人々の慣習、思想、文化などを総合的に考察した研究であり、今でも政治思想の古典と位置付けられています。

今回は、トクヴィルがアメリカの事例に基づいて民主主義国の軍隊の特性をどのように分析していたのかを紹介してみようと思います。軍隊と社会の関係を考える上で興味深い論点が提示されています。

民主主義国の軍隊は人事に問題が生じやすい

トクヴィルによれば、貴族が支配する社会では、軍人が特権的な地位とされているため、平時にも軍人は尊敬されており、才能に恵まれた人々は積極的にその道へ進む傾向にあります。

しかし、貴族が存在しないアメリカの社会では、軍隊が必ずしも才能に恵まれた人々にとって有望なキャリアと見なされていません。民主的な社会で人々が関心を寄せているのは基本的に名誉ではなく、富だからです。この結果として、アメリカ軍に入隊する人材の資質は相対的に低くなる傾向にあるとされており、アメリカの軍事力を弱いものにしているとトクヴィルは説明しています(2巻3部24章、邦訳、2巻下193頁)。

トクヴィルは、アメリカが長い平和の時代を経て、将校の高齢化が進んでいることを指摘しています。「民主的習俗の平和で生ぬるい雰囲気の中で長く過ごした人々は戦争が課す過酷な労働や峻厳な義務を遂行することに初め苦労する。彼らは武器を持つ気を完全に失ってはいないとしても、少なくとも戦いに勝つには妨げになるような生き方をしている」と述べています(同上、195頁)。

なぜ、このような高齢化が軍隊の内部で起こるのかといえば、それは退役した軍人が社会に戻るときに、軍隊時代の地位に見合った職業を得ることが難しいためである、とトクヴィルは論じています。貴族社会であれば、もともと社会的に高い地位を占める人々だけが軍人になるので、軍隊を退いたとしても、相応の収入を持っており、社会的な地位や名誉を期待することもできます。

このような要因で高齢化した将校集団が高い地位を長期にわたり独占するようになると、野心があり、また才能がある若手の将校は軍隊を出ていくことを考えるようになるため、軍隊の能力はますます低下していきます(同上、196頁)。したがって、トクヴィルは民主主義国の軍隊は、長い平和の後で戦争を始めると打ち負かされやすいのではないかと予測しています。

戦争を通じて民主主義国の軍隊は強くなる

しかし、戦争の被害が拡大し、あらゆる産業が破壊され、平時の経済活動が不可能になると、民主主義国の軍隊は一変して強力な軍隊になるともトクヴィルは主張しています。これは民間部門で働いていた優秀な人材が、一斉に軍事部門に移動するためであり、これが軍隊に活力を与えるためです。

「戦争が長引き、ついには全市民を平和な仕事から切り離し、彼らの小さな事業を失敗させてしまうと、彼らに平和をあれほど大事に思わせたその同じ情熱が一転して武器に向かうことがある。戦争はあらゆる産業を破壊しつくすと、それ自体が最大で唯一の産業となり、そうなると、平等から生まれる熱烈で野心的な欲望はあらゆるところから戦争の方向にしか向かわなくなる。民主的国民を戦場に引き込むのはあれほど難しいのに、武器を持たせるのに成功すると、時として彼らが驚くべき戦果をあげるのはこの理由のためである」(同上、197頁)

戦争が始まると軍務に適さない高齢な将校は排除されるか、あるいは引退に追い込まれます。さもなければ戦場で命を落とすことになるでしょう。戦争における人的な損失は個別に見れば悲劇ではありますが、トクヴィルは戦死者や負傷者が相次いで発生すると、才能ある若者に絶え間なく機会を与えることになるため、ますます軍隊の人的戦闘力が充実し、部隊として精強になっていきます(同上、198頁)。

「デモクラシーの下にある人々は欲しくてたまらぬ財産を早く手に入れ、これを安んじて享受したいという強烈な欲求を自然にもっている。彼らの多くは運を信じ、労苦を払うのは嫌だが、死を恐れるところははるかに少ない。彼らはまさにこの精神で商工業を経営する。そして、この精神が戦場に移転されると、それに促されて喜んで生命を投げ出してでも勝利の報酬を瞬時に確保しようとする」(同上、199頁)

このように、民主主義国が戦争を好まず、平時における軍隊が弱小だったとしても、国民全体の戦争遂行能力が低いわけではないという点が強調されています。戦禍が拡大して民間部門が壊滅し、そこで働いていた優秀な人材が軍務へ移動することを余儀なくされると、その軍隊の人的基盤は自然と改善され、以前にも増して積極的に戦うようになるというのがトクヴィルの予測でした。

最後にトクヴィルは「貴族的な国民は、民主国と戦って緒戦でこれを壊滅させるのに成功しないと、打ち負かされる危険が大きい」と結論付けています(同上、199頁)。これは民主主義国が防衛戦略を立案する上で戦争の時間的要素を考慮に入れることの重要性を示唆するものとして興味深いと思います。

参考文献

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