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忌まわしさに囚われる…!「呪い」「呪物」に纏わる実話怪談アンソロジー『呪物怪談』紹介&試し読み

危険と知りつつ覗かずにはいられない、禁断の書。
呪いづくし実話怪談!

あらすじ・内容

「呪い」「呪物」に纏わる実体験、体験者への聞き書きを集めた実話怪談集。
南東北の村で我流の呪願を続けた女の末路…「かしりのはて」黒木あるじ
山間の村を訪れる呪い屋が授けた禁断の呪具…「簪」嗣人
不審死を遂げた伯父宅の床下から出てきた甕…「醤油の家」蛙坂須美
除霊の儀式中に出てきたモノが発した呪いの予言…「鬼行」八木商店
出版社に保管されている危険な箱。中の呪物は…「例の箱」住倉カオス
按摩師兼拝み屋の男に送られてきた呪いの風…「言呪」営業のK
異様な太り方をするようになった原因は謎の肉…「豚王の呪い」神沼三平太
乗る者すべてを不幸にする曰く付き送迎車…「理不尽な呪い」夜行列車
母の遺品の呪い日記に綴られた呪法…「知らぬ間に」しのはら史絵
人死があった祟りの井戸に魅せられその水を飲む男…「呪恋」つくね乱蔵
他、全23話収録。
業の深い話ばかりを封印した本書こそ、すでに一つの「呪物」なのかもしれない。

試し読み

「呪恋」つくね乱蔵

 吉永さんの実家に古い井戸がある。
 しっかりした造りの井戸だが、木製の分厚い蓋で塞がれたままだ。蓋には、開放厳禁と書かれた紙が貼られている。
 何十年も水質検査をしていないため、飲料水としては使えない。今現在は上水道が完備しており、使う必要がないともいえる。
 だが、それが開放厳禁の理由ではない。
 吉永家の身内しか知らないことなのだが、この井戸が呪われているからだという。
 何代か前の当主が原因である。
 その当主は、住み込みで働いていた女性を暴行した。不幸にも女性は妊娠してしまった。
 女性には身寄りがなく、誰にも相談できないまま井戸に身を投げた。
 仕事が辛くて逃げ出したと思われていたため、遺体が見つかるまで何日も要した。
 その間、家人は遺体が浸かっていた水を使っていたのである。
 井戸から引き上げられた女性は、事故死として処理された。
 井戸は閉鎖され、新しい井戸が掘られた。古い井戸をそのままにしておく訳にもいかず、村の若い男を雇って埋めさせた。
 ところが、作業はその日のうちに中止された。男は仕事もせず、ずっと井戸の水を飲んでいたのだ。
 服の上からでも膨張した腹部が分かるぐらい、大量に飲んでいた。発見されたときは、意識障害を起こしていたという。
 違う人間を雇い、日を置いて作業が開始されたが、又しても作業員が我を忘れて水を飲む事態になった。
 そうこうしているうちに噂が噂を呼び、作業を請け負う者がいなくなった。
 それ以上どうしようもなくなり、井戸は蓋をされた状態で放置されてきたのである。

 今から半年前。
 吉永さんは不幸のどん底にいた。
 会社が倒産し、自身は胃に腫瘍が見つかり、父親が借金を残して急死。何年分もの不幸が一気に押し寄せてきたかのようであった。
 何処からどう手を付けて良いか分からず、毎日をぼんやり過ごすしかなかった。
 何とかしなければと思うものの、溜め息しか出てこない。
 どうでもいいやが口癖になっていた。こんな人生、続けていても仕方がない。
 吉永さんは、死ぬことに決めた。
 どうやって死のうか思案中、何故だかあの井戸が頭に浮かんだ。
 どうせ死ぬなら、最後にあの蓋を開けてみたい。中を覗いてみたい。
 一度思い立ったら、我慢できなくなった。
 早速、井戸に向かう。じっくり見たことはなかったが、いかにも何かありそうな佇まいだ。
 しっかりした蓋である。かなり重い。それでも頑張って少しだけ開いた。
 その途端、井戸の中から目に見えない何かが噴き出した。
 濃厚な空気としか言えない何かだ。それをもろに顔面に受け、吉永さんは仰け反った。
 一瞬、熱さを感じたが、顔面は何ともなっていない。それどころか、何だかとてもスッキリしている。
 洗顔直後のような爽やかさがある。顔だけでなく、頭の中も晴れ渡った気がする。
 吉永さんは、とりあえず蓋の隙間から懐中電灯を差し込み、井戸の中を照らした。
 底に水が溜まっている。
 そこに女の顔が浮かんでいた。
 悲鳴を上げるより先に身体が動いた。吉永さんは蓋を閉め直し、走って逃げた。
 自室に戻り、先ほどの女の顔を思い出した。恐ろしいのは勿論だが、不思議と厭ではない。それどころか、美しいとさえ思えてきた。
 結局、吉永さんは井戸に戻った。蓋を開け、女と見つめあって過ごしたという。

 その後、吉永さんは井戸の側で暮らし始めた。
 布団も持ち込み、片時も側を離れず、井戸に話しかけて過ごしている。
 時々、井戸の水を飲む。美味い。甘露とはこのことかと感動する。
 その都度、井戸の底の女と目が合う。
 大好きでたまらない。向こうもそう思ってくれているのは間違いない。
 それほど残されていない人生だけど、最後の最後は幸せになれた。
 話を終えた吉永さんはペットボトルを取り出した。中身は、出がけに汲んできた井戸の水らしい。
 これさえあれば、井戸から離れていても一心同体だからという。
 吉永さんは蓋を開け、藻が混ざった緑色の液体を美味しそうに一口飲んだ。

ー了ー

◎著者紹介(五十音順)

蛙坂須美(あさか・すみ)

東京都墨田区出身。共著書に『実話奇彩 怪談散華』『実話怪談 虚ろ坂』『瞬殺怪談 鬼幽』『怪談四十九夜 合掌』。雑誌『代わりに読む人0 創刊準備号』にエッセイ「後藤明生と幽霊──『雨月物語』『雨月物語紀行』を読む」を寄稿。

営業のK(えいぎょうのけー)

勤務先のお仕事用ブログに掟破りの実話怪談を書き始めた事でYahoo!に取り上げられ二〇一七年「闇塗怪談」にて単著デビュー。シリーズは『闇塗怪談 終ワラナイ恐怖』をもって全十巻にて完結。二〇二三年六月には『怪談禁事録 』にて新たなスタートを切る。

神沼三平太(かみぬま・さんぺいた)

神奈川県茅ヶ崎市出身。O型。髭坊主眼鏡の巨漢。大学や専門学校で非常勤講師として教鞭を取る一方で、怪異体験を幅広く蒐集する。近刊に『実話怪談 揺籃蒐』『実話怪談 虚ろ坂』(蛙坂須美・共著)、その他主な著書に『鎌倉怪談』『湘南怪談』『千粒怪談 雑穢』など。

黒木あるじ(くろき・あるじ)

怪談作家・小説家。二〇一〇年に『怪談実話 震』でデビュー。著書に『黒木魔奇録』(竹書房怪談文庫)、『全国怪談オトリヨセ』(KADOKAWA)、『掃除屋 プロレス始末伝』『小説 ノイズ』(集英社文庫)など。近著に『山形怪談』(竹書房怪談文庫)

しのはら史絵(しのはら・しえ)

東京都出身。怪談作家、脚本家、小説家。映像やラジオドラマのプロット・シナリオ、小説を手掛ける傍ら、怪異座談会や怪談イベントも主催。主な著書に『弔い怪談 葬歌』『弔い怪談 呪言歌』など。

住倉カオス(すみくら・かおす)

出版社のカメラマンとして数々の事件現場や心霊事件取材に携わる。独立後「怪談最恐戦」などのイベント、怪談・心霊番組を多数プロデュース。著書に「百万人の恐い話」「百万人の恐い話 呪霊物件」など。

つくね乱蔵(つくね・らんぞう)

二〇〇七年の超―1で怪談界に身を投じ、十六年書き続けている。二〇一二年に単著『厭怪』を出版。ただ単に後味が悪いだけではなく、人の思いや悲しみを丁寧に描く作風は、厭系怪談の開祖とも呼ばれている。

嗣人(つぐひと)

熊本県荒尾市出身、福岡県在住の兼業作家。ネットや朗読で大反響を生んだ「夜行堂奇譚」シリーズが書籍化、『夜行堂奇譚』「『夜行堂奇譚 弐』が産業編集センターより発売。主にnoteで新作を更新中。

八木商店(やぎしょうてん)

愛媛県松山市出身。八百屋の三代目。ペンネームの「八木商店」は家業の八百屋(青果販売兼無添加ドライフルーツ製造販売)の屋号と同一。平成プロジェクト主催「美濃・飛騨から世界へ!映像企画」に応募した「男神」が入選、原作としたホラー映画が製作中。

夜行列車(やこうれっしゃ)

ネットで実話怪談、小説を精力的に発表。ホラーノベル「篠宮神社シリーズ」第一巻・第二巻が台湾で書籍発売中。国内では新潮社にてコミカライズ企画進行中。二〇二三年初夏連載開始予定。

好評既刊

呪術怪談

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