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幼少期から青年期に遭遇した怪が一生を左右する、烙印のごとき忌み話…『実話怪談 揺籃蒐』(神沼三平太)著者コメント、試し読み!

一生消えぬ怪の記憶。
一読で伝染する恐怖。
脳にねじ込む地獄の烙印、全18話収録!

あらすじ・内容

さくり。ぽとん。
母の首が落ちる。
白装束の首なしは、両肩の間にそれをに載せ、くいくいと…
「首斬りさん」より

幼少期から青年期に遭遇した怪が一生を左右する、烙印のごとき忌み話。
・白装束の首なし女が、寝ている母の首を落としてすげ替える悪夢…「首斬りさん」
・マンションの廊下に出没する黒い玉。ドアの前で止まると住人に不吉なことが…「黒いボール」
・実に顔が浮かぶ柿の木。実をもがれると顔の人物が死ぬというのだが…「柿の木」
・山のあやかしに憑かれた男児。祓い師の大伯母と祈祷小屋に籠った恐怖の4日間…「妖颪」
・母の実家に伝わる謎の棒。家が絶えた元凶だというが…「お守り棒」
・購入した二世帯住宅が建つ土地と嫁の血筋には怖ろしい因果が…「祟る土地」
・北海道で起きた6年にわたる怪事件の一部始終を記録した長編「神居古潭」など全18話収録!

著者コメント

 揺籃とはゆりかごのことである——。

 神沼三平太です。このシリーズでは一年ぶりのご無沙汰です。「蒐」シリーズ第二段は、人生に大きな影響を与えた怪異の記憶というテーマでお送りします。規格外の長い話が含まれているのも前回と同様です。
 今回の本は、怪談仲間の方々から提供をいただいた話も収録されております。沖縄怪談の小原猛さん、北海道で活躍されるリンスケさん、そして大人気な工務店の田中(仮名)さん。他にも仲間たちから提供をいただけた話を収録させていただきました。特にリンスケさんからご提供いただいた話(タイトル「神居古潭」)に関しては、書籍全体の1/4程度もある長編になりましたが、これはどうしても未来にまで遺していきたい怪異体験として改めて取材させていただいたものになります。
 このように神沼は手元に預かった体験談を、書籍という形で残すことが重要だと考えています。これは商業出版で怪談に携わった当初からです。商業出版は国会図書館の存在を含めて考えるべきものだと考えている訳です。良いものは何らかの形で後世に残したいという気持ちが強すぎるのでしょうか。書籍は国立国会図書館に収蔵され、百年の後でも参照することができる。つまり怪異体験や怪談もまた百年後にまで届けることができる。百年後にこの本を開く誰かの背筋を冷たい手が撫でることを愉しみに、日々怪談を綴っています。
 長い話に関してはここまでで、あとは本書に収録された他の体験談について。さすがに全てを子供時代の話として統一することはできませんでした。しかし、皆さんのお眼鏡にかなうような厭な感じの話を中心に収録させていただきました。手持ちの酷い話がかなり減っておりますので、今年は取材にも精を出していきたいところです。
 なお神沼の次の大きめの仕事は、毎年夏の恒例の「恐怖箱 百物語シリーズ」になります。七月末の発売ですが、よく考えてみたらもう半年もないのです。またその時お会いできますことを楽しみにしております。
 今後も機会を逃さずに、皆様からお寄せいただいた体験談をできるだけ紹介していきたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。

試し読み

「黒いボール」

 冬の日のことだった。藤本は午後七時過ぎに住んでいるマンションに帰宅した。
 マンション自体は四階建てのこぢんまりした建物で、各階に三戸ずつ、合計十二戸ある。ただ古いのと駅からバスに乗らないといけないこともあって、最近は半分くらいは空いているらしい。
 エレベータを降りると、廊下では蛍光灯がちらついていて、妙に陰鬱な気配がしている。
 明日にでも管理会社に電話するか。
 廊下を歩きながらそんなことを考える。
 隣の部屋のドアの前を通り過ぎるときに、ドアの下に黒い球体が転がっているのに気付いた。サイズはちょうど野球のボールほどだ。材質は分からないが、子供の使うゴムボールのようなものだろう。
 藤本には、そのボールが気になった。それの存在に違和感を覚えたからだ。彼の部屋は最上階の一番奥だ。隣の部屋には鈴木という七十代の男性が独りで住んでいる。エレベータ側に近い一戸は、藤本が越してきてから十年に亘って誰も入った覚えがない。
 何でゴムボールが落ちているのだろう。
 隣の男性がそんなものを持っているとも思えないし、誰かが悪戯で置いたとも思えない。だが、それ以上気にするのもどうかと思ったので、藤本は軋むドアを開けて部屋に入った。

 救急車のサイレンが近づいてくる音で起こされた。時計を見るとまだ午後九時を過ぎたばかりだった。一時間ほど寝てしまったらしい。サイレンはますます大きくなり、目の前の道路で停まった。
 ここか向かいのマンションのいずれかだろう。すると複数の人間が廊下を慌ただしく行き交う音が聞こえた。お隣さんが救急車を呼んだのだと気付いた。
 藤本は、玄関まで移動してドアを薄く開けた。案の定、白衣を着た男達がストレッチャーを広げており、その上ではパジャマを着た白髪の男性が苦しそうな声を上げていた。ただ何もできそうにないので、ドアをそっと閉じた。きぃと軋んだ音が廊下に響いた。
 翌日、会社に行くときには、廊下に黒いボールは見当たらなかった。

 それから半月ほど経った頃、藤本は仕事に出かけるためエントランスを抜けようとした。そのときに、管理会社の男性が、集合郵便受けのメンテナンス作業をしているところに遭遇した。藤本にとっては馴染みの顔である。
 会釈して通り過ぎようとして、男性が隣の部屋の名札を剥がしていることに気付いた。
「あれ。鈴木さん、引っ越されたんですか」
 そう訊ねると、男性は困った表情を見せた。
「いやぁ、実は鈴木さん、脳卒中で亡くなっちゃったらしいんですよ。それで親族の方が部屋を引き払うっていうんで、この週末に立ち会ったばかりなんです」
 ――亡くなったのか。
 ぞくりとした。
 男性の話だと、病院から戻ってくることはなかったのだろう。
 そのとき、藤本は黒いボールが廊下に転がっていたのを不意に思い出した。
「そういや最近、黒いゴムボールみたいなのが四階の廊下に転がってなかったですか」
 その問いに、男性は不思議そうな顔をした。
「いや、心当たりがなければいいんですが――あれ、どうかしましたか」
「いやね。二階の浜田さんにも、三階の加藤さんにも同じことを訊かれたんですよ。黒いボールが転がっていなかったかって。それこそ何かあったんですか」
 そのやりとりから一年経った。
 今までは特に気に掛けていなかったが、十二戸の郵便受けのうち、今や名前が貼られているのは三戸しかない。この一年で四戸が空いたことになる。
 ――もう廃墟みたいなもんじゃねえか。
 二階の浜田さんは、奧さんが脚立から落ちて頸椎を折って亡くなったらしい。加藤さんも、ある日救急車で運ばれ、それからひと月と経たずに奧さんが一人で引っ越していったという話だった。
 黒いボールのことを管理会社の男性に訊ねていた二人である。
「ねぇねぇ、藤本さん。知ってる?」
 郵便受けを眺めていた藤本に声を掛けてきたのは、一階に住む小川さんだ。
「どうかしたんですか」
「また黒いボールが出たらしいのよ。今度はうちの隣。101の三好さんのところ。あたし、もう怖いから、来月までに引っ越すことにしたわ」
 逃げるのは正解だろう。
 他にも小川さんによれば、二階の安藤さんは末期癌が見つかったとかで入院したままだし、三階の吉田さんは首を吊っているのが発見されたらしい。
「マジですか」
 吉田さんの部屋は、藤本の部屋の真下だ。
「その二人も、黒いボールを見たって言ってたのよ。廊下をコロコロ転がってきて、ドアの前でピタって止まったんですって」

 翌月には小川さんも去り、もうマンションに住んでいるのは、藤本の他は江川という若いエンジニアだけになった。
 ただ江川は仕事柄か、殆どマンションに帰ってきていない。実質住んでいるのは藤本だけだ。
 ――潮時かもなぁ。
 仕事場まで近いということもあり、足かけ十年以上住んできたが、このままでは自分の命が危ないのではないか――。
 オカルトは信じる質ではなかったが、こうも続くと何かあるのではないかと勘ぐってしまう。
 そんなある日、藤本は仕事場から資料を取りに一度帰宅した。
 すると、不動産屋のラッピングをした軽自動車が、マンションの前に停まっていた。
 不動産屋に連れられて内見に来ていたのは、若い男性だった。きっと大学生だろう。近隣には複数の大学があり、自転車を使えば通える距離だ。それならバスを使って駅まで出る必要もない。
 ただ、気になる点が一つあった。
 内見に入っているのは、四階のエレベータ脇の部屋だ。そのドアの下に、例の黒いボールが転がっている。
 呆然とそのボールを見ていると、ドアが開き、中から不動産屋と大学生が出てきた。
 大学生に、この部屋は止めたほうがいいというべきかもしれないと思ったが、藤本は何も言わずに会釈をして、再度仕事へと出かけた。
 案の定、学生は入居して一カ月と経たずに首を吊った。

 それ以来、黒いボールは見ていない。
 藤本はまだそのマンションに住んでいる。


―了―

◎著者紹介

神沼三平太 Sanpeita Kaminuma 

神奈川県茅ヶ崎市出身。O型。髭坊主眼鏡の巨漢。大学や専門学校で非常勤講師として教鞭を取る一方で、怪異体験を幅広く蒐集する怪談おじさん。主な著書に地元神奈川県の怪異を蒐集した『鎌倉怪談』『湘南怪談』、三行怪談千話を収録した『千粒怪談 雑穢』、『実話怪談 凄惨蒐』、『実話怪談 吐気草』ほか草シリーズなど。共著に『恐怖箱 呪禁百物語』ほか「恐怖箱百式」シリーズほか、蛙坂須美との『実話怪談 虚ろ坂』、若本衣織との『実話怪談 玄室』などがある。

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