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〈厭系〉開祖による新たな恐怖が始動!『絶厭怪談 深い闇の底から』(つくね乱蔵/著)著者コメント&収録話「桜、咲け」全文掲載

〈厭系〉開祖による新シリーズが始動!


内容・あらすじ

決して抜け出すことのできない忌まわしき闇の沼…
「絶望。そう絶望だ。ここには絶望が住んでいる。」
(「結果待ちの話」より)

この世の理から完全に外れてしまっている不幸の数々…厭怪談の妙手・つくね乱蔵の「絶厭怪談」シリーズが始動! 
・妹が連れてきたのは驚くほど丁寧に作り込まれた赤ん坊の人形で…「新しい家族」
・妻子を失う不幸に襲われた夫、それでも幸せだと言う理由は…「石田家の幸福」
・義母への対抗心から始めたお盆の段取りは何かが間違っていたようで…「完璧なお供え」
・入ってはいけないと強く感じたにも拘らず侵入した結果が招く恐怖…「結果待ちの話」
・生活の全てに罪の可能性があると言う娘を襲った悲劇…表題作「深い闇の底から」
ほか全30話。

何が起こっても落ち着いて対処するか、或いは静かに諦めるか…明日の絶望がここにある。

著者コメント

今年も無事に単著を世に出せた。常日頃から支えてくださっている皆様のおかげだ。さて、今回から恐怖箱ではなく、絶厭怪談という冠が付くことになった。
これは、絶望系と厭系が合体した怪談という意味合いを持つ。
つくね乱蔵として、最適な看板といえる。大層な看板を掲げたからには、厭系怪談の老舗として、可能な限り続けていく所存である。
その一冊目〈深い闇の底から〉は、例によって後味の悪い話を揃えている。試し読みには〈桜、咲け〉を選んだ。
厭系怪談にしては美しいタイトルだが、読み終えたら真の意味が分かるようになっている。
それでは、いつもより増ページの絶厭怪談、よろしくお願いします。

1話試し読み

桜、咲け

 弘美さんの祖母、初枝さんは占いを趣味にしていた。
 易学と人相と手相を混ぜ合わせ、自分なりにアレンジしたものだという。
 弘美さんも何度か占ってもらったことがある。
 占いとしての優劣は分からないが、悩みの相談相手としては最適と言えた。
 内容はともかく、何となく安心できたという。
 実は凄い占い師なのではと皆が驚いたのは、弘美さんの大学受験のときだ。
 弘美さんは滑り止めを含め、全部で七校受けたのだが、初枝さんは七校全ての合否を言い当てたのである。
 それで自信が付いたのか、或いは独自の方法が確立したのか、初枝さんは次々に未来を言い当てていった。
 とはいえ、社会問題や世界情勢などといった大きなものは対象にしない。地震などの天災も占ったことがない。
 初枝さんいわく、社会問題も天災も刻々と状態を変えることで力を増すものだから、素人の占いでは先が見えないのだという。
 初枝さんが得意とする占いは二つ。まずは危険予知だ。
 この店は唐揚げが不味いなどという軽い予知から、この電車は人が飛び込むから乗らないほうがいいなどの重い予知まで、その範囲は幅広い。
 もう一つは、かなり変わっている。生まれてくる子の性別判定だ。
 驚くべきことだが、妊娠が判明する前に分かるという。その人の周りに、ふわふわと子供が漂うらしい。
 占いというよりは霊能力の類だと思われるが、とりあえず信頼度は高い。
 今までに言い当てた数は親戚縁者や近隣の家庭を合わせて十七件、百発百中である。
 中には独身の女性もおり、両親と揉めたなどという笑えない話もあった。

 弘美さんが新婚家庭に初枝さんを招いたのは、早春の頃だった。
 以前から聞かされてきた初枝さんの特技を見たかったからだという。
 居間に通された初枝さんは、黙り込んだまま弘美さんを見ている。
 今までに見たことのない厳しい表情だ。
 しまった。面白半分で占いを頼まれるのって、不愉快だったのかも。
 自らの傲慢さを反省する弘美さんだったが、今更どうしようもない。
 会話の糸口を見つけようと焦る弘美さんに、初枝さんが言った。
「あのね、あなた来年の七月にお母さんになるわ」
 いきなり嬉しい予想である。弘美さんは泣き出しそうになった。
 ところが何故だか初枝さんは、厳しい表情を崩そうとしない。
「双子を妊娠する。どちらも女の子よ」
 更に嬉しさが増す。双子の女の子なんて、予想していなかった。
「どうしよう、大変。双子用のベビーカーとか、お揃いのお洋服とか用意しなきゃ」
 嬉しそうに慌てる弘美さんを見ていた初枝さんは、いきなり立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。今から凄く嫌なこと言うけど、許してね。けど、大切なことだから聞いてほしい」
 冗談を挟めるような雰囲気ではない。弘美さんは口を閉じて姿勢を正した。
「妊娠するのは双子だけど、産まれてくるのは一人なの」
 言われたことの重さを理解するのに、少し時間が掛かった。
「それってつまり」
「そう。一人は死産。ただ、普通の死産じゃない。双子のうち一人が、もう一人を殺すの」
 何だそれは。私のお腹の中で殺し合いが始まると言うのか、この人は。
「気持ち悪いこと言わないでください」
 弘美さんは、思わず声を荒らげてしまった。初枝さんは辛そうな顔で俯き、それでも言葉を続けた。
「見えたのよ。左側の子がいきなり食いついたの。右側の子は必死に抵抗したんだけど、どんどん食べられていった。だから産まれてくるのは一人だけ。ハッキリ言うわ、その子は生まれてはいけない。沢山の人生を貪り食う女になるわよ」
「帰ってください。帰れ!」
 初枝さんは去り際にもう一度、産んじゃ駄目よと言い残していった。

 数カ月後。
 弘美さんの妊娠が分かった。六週目に入ったところで、心拍が二人分あることが認められた。
 双子を喜ぶ夫に対し、弘美さんは努力して笑顔を返した。
 八週目で心拍が一つになった。
 医師は、染色体の異常から起こるバニシングツインという現象であり、決して母体に責任がある訳ではないと説明してくれた。
「残された赤ちゃんを大切に育てて、無事に出産することが何よりも大切ですよ」
 医師の言葉に強く頷き、弘美さんは初枝さんの言葉を無視する決意を固めた。
 産まれてはならない子なんて、この世にいない。いてたまるか。どんな子だって生きる権利があるんだ。
 そう自分に言い聞かせ、弘美さんは体調管理に努めた。

 七月七日、七夕の夜。
 女の子が生まれた。元気な産声である。我が子を抱きしめ、弘美さんは産んで良かったと心から思えた。
 新生児室に向かう為、看護師に預けた瞬間、弘美さんは見てしまった。
 もう一人いる。
 赤ちゃんの頭から胎児が垂れ下がっている。頭頂部同士が繋がっているように見えた。
 実体がないのは明らかだ。看護師の腕をすり抜けている。
 あれは何だろうという疑問すら湧かなかった。
 決まっているではないか。あれは、喰われてしまったほうだ。
 自分も産まれたかったのだろうな。
 そう思った途端、弘美さんは泣き出してしまった。後から後から涙が溢れてきて止まらなくなったという。

 菜々美と名付けられた我が子は、すくすくと育っていった。
 風邪一つ引かない元気な子である。いつも笑顔で、誰にでも愛想が良い。
 夫は溺愛している。まだ一歳になったばかりなのに、嫁にはやりたくないなどと親馬鹿を剥き出しにしている。
 頭頂部で繋がった子は胎児のままだ。当然といえば当然だ。
 弘美さんは密かに、その子にも名前を付けていた。
 桜という。散ってもまた美しく咲くようにとの願いを込めた。

 小学生になった菜々美は、問題行動が目立つ子になってきた。
 担任の教師いわくイジメの首謀者らしいのだが、決して表には出ないのだという。
 男子生徒が全員、菜々美を庇うそうだ。
 御家庭でもしっかり指導していただけませんかと言われたが、弘美さんは適当に聞き流した。
 私の手に負える訳ないじゃない。この子は産まれるときに一人食ってるのよ。
 相変わらず、夫は見ていて気持ちが悪いぐらい溺愛している。菜々美もそんな父親に娼婦のように甘えている。

 最近、ほんの少しだけ希望が見えた。
 気のせいかもしれないが、桜が育っているようなのだ。
 昨日などは明らかに笑っていた。
 もしかしたら、菜々美と桜が入れ替わるかもしれない。
 可能性はゼロではない。
 弘美さんはそう信じている。

―了―

★著者紹介

つくね乱蔵(つくね・らんぞう)

福井県出身。第2回プチぶんPetio賞受賞。公募怪談コンテスト「超-1/2007年度大会」で才能を見出されデビュー。内臓を素手で掻き回す如き厭な怪談を書かせたら右に出る者はいない。主な著作に『つくね乱蔵実話怪談傑作選 厭ノ蔵』『恐怖箱 厭満』『恐怖箱 厭福』『恐怖箱 厭熟』『恐怖箱 厭還』『恐怖箱 厭獄』など。その他主な共著に『山海の怖い話』、「投稿 瞬殺怪談」「怪談四十九夜」「怪談五色」「恐怖箱テーマアンソロジー」の各シリーズ、『アドレナリンの夜』三部作、ホラーライトノベルの単著に『僕の手を借りたい。』がある。

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