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「最愛」にして「最恐」。母に纏わる怖ろしい話、不思議な話。追憶の怪異蒐集録『たらちね怪談』登場!試し読み「橋の上」(ホームタウン・作)公開

母より優しきものはなし、恐ろしきものもまたなし。
世に賢母あれば毒母あり。
すべてが母の胎から生まれるように、怪もまた母より生まれいづる。

あらすじ・内容

・母の愛を求め想像の世界で生み出した理想の母。いつしかそれに魂が…「三母の似 創母」(郷内心瞳)
・一枚の心霊写真から紐解かれる母と家の怪…「出窓」(川奈まり子)
・父の暴力から物置で一生を終えた母の遺志…「夫婦水いらず」(つくね乱蔵)
・怪と縁の深い女性が占い師に告げられた自身と母と運命…「糾える」(久田樹生)
・人生のハレの日に現れ踊る裸婦。その正体は死んだ母?…「狂女乱舞」(蛙坂須美)
・彼女の隣に立つ首吊り自殺で死んだ母の霊。彼氏にしか見えないその意味は…「帰り道」(内藤駆)
・龍を見ることができた母。さがそれは凶事の先触れ…「天を駆ける龍」(服部義史)
・子を殺された母猿の怨念が本懐を果たすまで…「母猿」ひびきはじめ

他、怪談作家20名が競筆、母に纏わる追憶の怪異談集。

試し読み

「橋の上」ホームタウン

 五十代になる美絵子さんが、今から三年ほど前に体験したお話。
 美絵子さんが住んでいる街は、四方を川に囲まれているため橋が多い。
 自宅から会社までは徒歩通勤で、その間に二つの橋を渡る。
 一つは短い橋、もう一つは大きい橋。
 大きい橋は長さ二百メートルほどで、歩行者用の道幅も広く、途中に川を眺められる休憩用のベンチが置いてあった。
 ある晩その橋を渡っていると、ベンチの辺りで大好きなジャガイモのお味噌汁の匂いがした。
 周りを探すが匂いの元は見当たらず、ベンチでは浮浪者が横になっているだけだった。
 家に帰ると、リモートワークで仕事をしている旦那さんが夕飯を作っていた。
 もしかしてと思い、旦那さんに今日の献立を訊くと「今日は寒かったからシチューにした」
と言われた。
 橋の上でジャガイモのお味噌汁の口になっていたので、少し残念だった。
 それから数日後の帰宅時、その橋を渡っているとまたベンチの辺りで、今度はカレーの匂いがした。
 周りを探すが匂いの元は見当たらず、ベンチには相変わらず浮浪者が横になっていた。
 家に帰ると、旦那さんが夕飯を作っている。
 すっかりカレーの口になっている美絵子さんは旦那さんに今日の献立を訊くのだが、「今日は大根安かったからおでん」と言われた。
 それからまた数日後の帰宅時、橋の上のベンチの辺りでハッとした。
 すき焼きの匂いがするのだ。
 そして毎回、常にしているマスク越しに嗅ぎ取れることに違和感を覚えた。
 その晩、警察から電話が掛かってきた。
 保育園児のときに生き別れて以来行方知らずだった母親が、孤独死をしていたという連絡だった。
橋の上で嗅いだ、ジャガイモのお味噌汁、カレー、すき焼きは、全て美絵子さんが覚えている母親の手料理だ。
 
「出ていってから全く会っていなかったので、正直何の感情も湧かなかったんですよ。でも〝挨拶〟に来たんですかね。寂しい人生だったのかな」
亡くなった母親と対面した際、すき焼きの匂いがしたあの日に、いつもベンチで横になっていた浮浪者が立ち上がってじっとこちらを見ていたのを思い出した。
 
 母親だったそうだ。

―了―

著者紹介

蛙坂須美(あさか・すみ)

東京都出身・在住。二〇二二年、共著『瞬殺怪談 鬼幽』でデビュー。著書に『怪談六道 ねむり地獄』、共著『実話奇彩 怪談散華』『実話怪談 虚ろ坂』『怪談番外地 蠱毒の坩堝』ほか、文芸誌に短篇小説や書評、エッセイを寄稿するなど、ジャンル横断的な活動をしている。

雨宮淳司(あめみや・じゅんじ)

福岡県北九州市出身。精神科看護師として医療に従事しながら怪談を蒐集。二〇〇六年『「超」怖い話 超‐1怪コレクション』に「直腸内異物」が掲載される。以後、単著・アンソロジー等で怪談を発表。最近作単著は『怪談群書 墜落人形』。共著は『予言怪談』『病院の怖い話』など。

加藤 一(かとう・はじめ)

一九九一年刊行の『「超」怖い話』(勁文社版シリーズ第一巻)に最古参共著者として参加し、怪談著者デビュー。以後の三十三年を怪談とともに歩む。『「超」怖い話』四代目編著者、監修者。著、共著、編・監修した怪談本は二百冊を超えた後、数えていない。単著最新刊は『「弔」怖い話 黄泉ノ家』。

神沼三平太(かみぬま・さんぺいた)

神奈川県相模原市在住。大学や専門学校等で教鞭を執る傍ら怪異体験談の蒐集執筆を行う。竹書房怪談文庫で二千三百話を超える実話怪談を発表。無慈悲系厭怪談の作品群を収録する単著群(最新刊は『怪奇異聞帖 地獄ねぐら』)以外に『恐怖箱 百物語シリーズ』のメイン執筆を担当中。

川奈まり子(かわな・まりこ)

八王子出身。怪異の体験者と土地を取材、これまでに五千件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としてイベントや動画などでも活躍中。主な著作に『一〇八怪談』『実話奇譚』『八王子怪談』各シリーズの他、『怪談屋怪談』『僧の怪談』『眠れなくなる怪談沼 実話四谷怪談』など。

高野 真(こうや・まこと)

海と乗り物と旨い物を愛する関西人実話怪談作家。正体は武蔵野原に居を構える会社員。単著『恐怖箱 怪道を往く』の他、共著・アンソロジー『恐怖箱 忌憑百物語』『恐怖箱 聞コエル怪談』、DVD『怪奇蒐集者 弘前乃怪』等。最新刊『恐怖箱 禍言百物語』は七月末発売予定。

郷内心瞳(ごうない・しんどう)

宮城県出身・在住。郷里の先達に師事し、二〇〇二年に拝み屋を開業。憑き物落としや魔祓いを主軸に、各種加持祈祷、悩み相談などを手掛けている。二〇一四年『拝み屋郷内 怪談始末』で単著デビュー。主な著作に『拝み屋備忘録』『拝み屋怪談』『拝み屋異聞』各シリーズなど。

しのはら史絵(しのはら・しえ)

東京都出身。映像、ラジオドラマのプロット・シナリオ、小説を手掛ける傍ら怪談蒐集をしている。怪異座談会や怪談イベントも主催。単著として『弔い怪談 葬歌』『弔い怪談 呪言歌』、アンソロジーとして『お道具怪談』『呪物怪談』『恐怖箱 呪霊不動産』『実話怪談 牛首村』等を上梓。

橘 百花(たちばな・ひゃっか)

栃木県出身。仕事の合間の遠出が趣味。主な著作に『恐怖箱 死縁怪談』、テーマ怪談アンソロジー「恐怖箱」シリーズ、『栃木怪談』では、生まれ育った栃木県南部を積極的に取材。他には児童書『怪異伝説ダレカラキイタ?』などがある。

つくね乱蔵(つくね・らんぞう)

一九五九年福井県生まれ、現在は滋賀県在住。実話怪談大会「超‐1/二〇〇七年度大会」でビュー。二〇一二年の初単著『厭怪』で厭という概念を産みだした。以降、厭系怪談の開祖として数々の単著や共著を発表。読む者に絶望的な喪失感を与える怪談は、他の追随を許さない。

内藤 駆(ないとう・かける)

東京都出身。専門学校時代、集めた怪談を持て余しているところを加藤一氏に拾われ、共著『現代怪談 地獄めぐり』にて二〇一八年にデビュー。現在は一般社会人をしながら、東京を中心に怪談を蒐集している。単著に恐怖箱シリーズ『夜泣怪談』『夜行怪談』、『異形連夜 禍つ神』など。

ねこや堂(ねこやどう)

九州在住。実話怪談著者発掘企画「超‐1」を経て竹書房恐怖箱シリーズ参戦。現在、お猫様の下僕をしつつ細々と怪談蒐集中。主な著作「実話怪談封印匣」、主な共著は恐怖箱百物語シリーズ、現代実話異禄シリーズ、『追悼奇譚 禊萩』『聞コエル怪談』『お道具怪談』等多数。

服部義史(はっとり・よしふみ)

北海道出身、恵庭市在住。体験談の空気感を重要視する為、現地取材数はこれまでに九千件を超える。著書に『実話奇聞 怪談骸ヶ辻』『実話怪奇録 北の闇から』『蝦夷忌譚 北怪導』『恐怖実話 北怪道』、その他共著に「恐怖箱」テーマアンソロジーシリーズなど。

久田樹生(ひさだ・たつき)

一九七二年生まれ。小説、実録怪異譚、ルポルタージュ他を執筆している。近著に『忌怪島〈小説版〉』『牛首村〈小説版〉』『熊本怪談』『仙台怪談』(全て竹書房刊)などがある。    

ひびきはじめ

一九六三年滋賀県彦根市生まれ。「てのひら怪談」シリーズ「幽」怪談実話コンテスト優秀賞を経て、Amazon kindle から『怪談琵琶湖一周』を自主リリース。竹書房主催「怪談マンスリーコンテスト」で注目され、『勿忘怪談野辺おくり』で単著デビュー。

ホームタウン

実話怪談にのめり込み二〇一九年より本格的に怪談蒐集を開始。現在『杜下怪談会』『谷中怪談会』『銀座一丁目怪談』『恐点』等、都内を中心に怪談会の主催や出演など精力的に活動中。共著参加作品に『呪録 怪の産声』『予言怪談』『お道具怪談』。

松岡真事(まつおか・まこと)

長崎で板前をしながら、怪談を取材、執筆。アルファポリス、カクヨムにて「真事の怪談」シリーズを連載し、百物語を完成させる。二〇二三年、初の書籍となる『お道具怪談』に共著で参加。その他共著参加作品に『予言怪談』がある。

松本エムザ(まつもと・えむざ)

竹書房怪談マンスリーコンテスト受賞を機に、二〇一九年『誘ゐ怪談』を上梓。主な著作に単著『貰い火怪談』『狐火怪談』、共著『栃木怪談』『お道具怪談』他。出演DVDに『怪奇蒐集者』『真夜中の怪談』等。「綴り」と「語り」で怪談の魅力を鋭意発信中。栃木県在住。

三雲 央(みくも・ひろし)

実話怪談大会『超‐1』参加をきっかけに怪談の執筆を開始。主な著作に『心霊目撃談 現』。その他『恐怖箱』シリーズなど。

渡部正和(わたなべ・まさかず)

山形県出身・千葉県在住、O型。二〇一〇年より冬の「超」怖い話執筆メンバーになる。二〇一三年、『「超」怖い話 鬼市』にて単著デビュー。主な著書に『「超」怖い話 鬼窟』『「超」怖い話 隠鬼』『鬼訊怪談』、その他『恐怖箱』レーベルのアンソロジーでも活躍中。

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