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日常の歪みに貼りつく99話の恐怖『奇談百物語 蠢記』(我妻俊樹)著者コメント、試し読み

日常の歪みに貼りつく99話の恐怖
掌編の名手が紡ぎ出す奇妙でうすら怖い白昼夢・怒涛の百物語!

あらすじ・内容

日常の奇妙なねじれ、悪夢のような居心地の悪さ、纏わりつくような恐怖を巧みに描く我妻俊樹が満を持して挑んだ百物語集。

・子供の頃のある夏休みに起きた出来事「神隠しの話」(第3話)
・都内で地元の幼馴染を見かけた気がしたのだが…「水槽」(第26話)
・幼い頃、母親が通っていた会合。母親が事故に遭ったと連絡があり…「くろばとの会」(第87話)
・その家には女が出るのだけれど…「無視できない」(第94話)
・地元にある小さな坂で出会う不思議「くちなし坂」(第97話)

――など怒涛の怪異たち。読み終わればあなたの周りで「奇妙」が手をこまねいているかもしれない。

著者コメント

 最初の実話怪談集を上梓してから今年で十年になるんですが、このたび初めて百物語集というものを書きました。共著で参加したことは幾度かあるけれど、一人で百物語をまとめるのは独特な経験というか、自分がちょっとずつ別なものに置き替わっていくような異様な感覚を味わった気がしますね。
 蠢記、というタイトルは「日常の裏側でうごめくものの記録」という意味でつけました。怪談ってなんだろう?
 ということを十年間ずっと考え続けてきて、結論は出ないんだけど、その都度の答え、こういうことじゃないのかな?
 というのを本のかたちにしてきたようなところがあります。2022年10月現在の答えがこの『奇談百物語 蠢記』です。

試し読み

 若奈さんの父親は亡くなるひと月ほど前に、病室で妻が柿をいているのを見てひどく怖がったそうだ。
 柿を真っ二つに切った断面が人の顔に見えるというのだ。病気のせいで神経が過敏になっているのかと思ったが、それにしても尋常でないほどの怯えようだった。普段はむしろ感情表現の乏しい父親の変わりように若奈さんはとまどった。薬の副作用で幻覚を見ているのではとも疑ったが、医者の話ではそれはないだろうということだった。
 じっさい、くだものの断面を異常に恐れること以外には、これといって言動の異変は見られなかったのである。

 父親の死後、しばらくしてから若奈さんは遺品の中によくわからないものを見つけた。
 鍵のかかる箱があったので苦労して開けると、かなり古い退色した写真が出てきた。若い頃の父親らしい男性が写っていて、たわわに実った柿の木の下に立って笑っていた。
 母親に写真を見せると、まったく見覚えのない写真だという。おそらく独身時代のもので、場所は父親の実家だと思うとのこと。今はってしまったがかつて庭に柿の木があり、渋柿なのでそのままでは食べられないが軒下でよく干し柿をつくっていたそうだ。
「そういえばその柿の枝に人がぶら下がっているのを何度か見たことあるのよね、よく見るといないから見間違いだと思ったけど、その後本当にその木で近所の女の人が首吊っちゃってね、縁起が悪いからってその後伐り倒したんだと思う」
 その話を聞きながら若奈さんはひそかに鳥肌を立てていた。
 じつは写真は二枚あって、もう一枚のほうは柿の木の下に立つ父親の頭上に、ロープで首を吊っている女の人がぶら下がっている。
 一瞬ぎょっとしたが、よく見ればそれは女物の服を着せられた人形だ。ショックを受けるといけないと思い母親には見せなかったのだが、今の話が事実なら父親が人形と写真を撮ったのちにこの木で本当に首を吊った人がいることになる。
 いったい父親は何のつもりでこんな不気味な写真を撮ったのか。そして死の直前に柿の実の切り口を異様に恐れていたこととそれは何か関係があるのか。
 もはや確かめようがないことだが、生前の父親に訊ねてもきっと何も教えてくれなかっただろう、そういう人だったからね。そう若奈さんは語っていた。

―了―

◎著者紹介

我妻俊樹 (あがつま・としき)

『実話怪談覚書 忌之刻』で単著デビュー。「奇々耳草紙」シリーズ、忌印恐怖譚シリーズ『くちけむり』『めくらまし』『みみざんげ』『くびはらい』など。共著に「FKB饗宴」「てのひら怪談」「ふたり怪談」「瞬殺怪談」「怪談五色」「怪談四十九夜」各シリーズなど。歌人でもある。

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