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【小説】 彼女が死んだのですが 【自作曲から記事】
こんばんわ。数年前までソロアーティストとしてひっそり音楽活動してた大枝です。今年中を目処に音楽を再開させようと目論んでみたものの、なんちゃらウィルスミスの蔓延が収まらず、とりあえず過去の曲を動画アップして、そこから小説を書いてみても面白いかと思ってのチャレンジです。
言うなれば究極の自己満足。
リンクは下部に埋め込んでおくので、読了後または読中によろしければ再生してみてやって下さい。爆音が流れます。
それでは、小説をお楽しみ下さい。
「すいません、今朝彼女が死んだのですが」
朝一番から混み合っている役所の受付でそう伝えると、係員の中年女は私に一瞥もくれずにロビーの片隅を指差した。
「順番待ちです。お待ち下さい」
今朝起きたら、隣で眠る彼女が死んでいた。まるで物の様に冷たくなり、瞳孔の開いた目で天井を仰ぎながら命の気配を完全に失っていた。
数々の思い出を振り返れば涙は自然と落ち続けたが、行政上の手続きをまず何よりも先に済まさなければならない。
待っている間、係員から私の元へ刑事が来ると伝えられた。
私と彼女が婚姻関係になかったので、念の為の聞き取りだと言う。
しばらくすると眉毛が繋がっていて筋彫りのような細い目をした中年刑事がやって来た。こちらの顔を覗き込みながらメモを取っている。その鼻息が手の甲に先程から掛かって、気分が悪くなる。
「で、何と呼び合っていたの?」
「僕らは、ミキちゃん、と、ヨシ君と呼び合っていました」
「ふぅん。あっそ。で、良かったの? あれの方は」
「あの……あれ、とは何ですか?」
「馬鹿野郎、セックスだよ。どうだったの? その、ミキコちゃんは良かったの? セックスの方は。よく濡れるとか、声が大きいとか、締りが凄いとか、何かあるだろう。どうなの?」
「なんで……そんな事を答えなきゃいけないんですか」
「あー……じゃあ署まで来てもらおうか。ね? そんな態度じゃ仏さんも浮かばれないよ」
刑事は小便の混ざったドブのような匂いの息を吐きながらそう言って両手をひらひらさせた。挑発のつもりだろうか。
私は、吐きそうになりながら唇を噛んで答えた。
「……よく、濡れる方でした」
私がそう言うと、刑事はまるで鬼の首を取ったような態度に豹変し、私の隣に座っていた老婆を押し退けてそこへ腰掛けた。
「へぇ、どんな音?」
「どんなって……何がですか」
「あそこだよ! ぐちゃぐちゃ、とか、くちょくちょ、とか。濡れ方や音にも種類があるだろう? どうだったの、ミキコちゃんの濡れ具合は。え?」
刑事に対しての怒りに自制が効かなくなりそうだった矢先だった。
「山本さん! 何してるんですか!」
突然現れたエプロン姿の若い女性に刑事は腕を引っ張られ、何処かへ連れ去られてしまった。
「また刑事ごっこしてたの!? ダメでしょう!?」
呆然としながらその後姿を見送っていると、本物の刑事がやって来た。
質問されたのは何故婚姻関係になかったのか、という点のみだった。
先程の刑事紛いに馬鹿正直に物を答えていた自分が恥ずかしくなり、私は役所の職員専用の喫煙室に入って煙草を吸った。
ヤニだらけの黄色い壁。無機質で色を知らない蛍光灯。ふと、壁の隅に目を遣ると「市長死ね」と書かれた落書きが目に入る。
「死」という文字に無意識に感情が揺さぶられ、私はその場で煙草を持ったまま嗚咽を漏らした。手が震え、足がすくんだ。
そうしていると、係員の女が私を喫煙室から連れ出した。
ロビーの隅に作られた電話ボックスほどの大きさの前に立たされると、係員はこう言った。
「皆様の前で泣かれてはご迷惑になりますから。あのボックスの中でお願いします。こちらにてお待ち下さい」
列に並ぶ者は老若男女問わず下を向き、次々に溢れる涙を堪えようとしていた。床に出来た無数の透明なものは、誰かの鼻水か涙なのだろう。
それを男性の清掃員が楽しげな笑顔で拭き取っている。
今日誰かを亡くした者の存在に仲間意識が芽生え、彼らと共に私は必死に涙を堪えていた。いよいよ次は私の番だ。
大いに泣きたい。そう思いながら開いたボックスから出てきた婦人に一礼し、入れ違いに入ろうとした。
すると、誰かが私の腕を力強く掴んだ。
ふと振り返ると、腕を掴んでいたのは七三分けの男性職員だった。まだ若そうだが、その目は蛇のような冷酷さを連想させた。
「あなたより辛そうな方がいますから、どうかお譲り下さい」
そう言う彼の背後には、小さな男の子の写真を胸元に抱えた女が立っていた。
涙も鼻水も一緒くたになり、泣き声さえ震えていた。
「はい」
私は、思わずそう返事をしていた。
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大枝 岳志『彼女が死んだのですが』
歌詞
「今朝、彼女が死んだのですが」
「事務処理に時間が掛かるのでこちらにてお待ち下さい」
存在感の無い翼、広げ、怯え、仕舞え
狂い出す一歩手前で 笑え!笑え!
「少しの間、泣きたいのですが」
「三人待ちです。そちらのボックスの前、見えますか?お待ち下さい」
ヤニった壁が永久の記憶残る
剥がれ落ちた欠片集め、弔え
思い出儚く消えて煙に巻かれ
分別された先で嗚咽漏らせ
存在感の無い翼、広げ、怯え、仕舞え
狂い出した一歩先で 笑え!笑え!
「少しの間泣きたいのですが」
「あなたより辛そうな人がいますから、お譲り下さい」
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