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【小説】 社会死葬儀 【ショートショート】

 予定通りに行けば昨日、私の葬儀が執り行われたはずだ。
 最も、この肉体の死を弔う葬儀ではなく、社会人として死んだ私を弔う為の葬儀だ。
 NPO団体を立ち上げた私は、国からの補助金の一部を私欲の一部を満たす為に使い込んだ。一流の酒、一流の服、一流の女……。欲を追えばキリがないこと等分かり切っていたはずなのに、一度味わった蜜の味から何の味わいもない日常へ引き返すことは苦難であり、また苦痛にもなっていた。

 マスコミが事務所へ押しかけ始めると、逮捕されるのは時間の問題だろうと感じていた。 
 そんな頃合いでやって来た葬儀会社の人間から勧められたのが社会死葬儀、略して「社会葬」だった。
 社会的に死んだ自分を弔うとのことで、近年は資産がありつつも逮捕された特殊詐欺の主犯や政治家、著名人などの利用が増えており、裏の世界を生きる人間の間ではステータスの一環にもなっているらしかった。
 どうせデジタルタトゥーとして未来永劫残されるであろう私の汚点は生涯消えることはないのだから、せめて親族の為になればと思い、葬儀会社の提案に乗ることにしたのだ。

「大屋様。葬儀代金をさっそく見積もらせて頂いたのですが、大体これくらいになるかと」

 葬儀会社が叩いた電卓は「布施、戒名代はあくまでも別途」とのことであったが、実に二百万近い数字が表示されていた。社会的に死んだ私は、破れかぶれにふたつ返事でそれを承知した。

 留置場の中にいて、しかも家族知人との接見禁止命令が出されている私に葬儀の様子を知る由もなかった。
 逮捕三日目、家族からの声すら届かない中で唯一接見可能な弁護士から言い渡されたのは「奥様よりお預かりしました」という言葉だけだった。

 それは、まぁ仕方のないことだろうと腹を括った。当然このまま起訴となり、私には恐らく執行猶予がつかないはずだ。そうなれば、私が娑婆に出るのは少なく見積もっても五~六年先のことになる。

 そう思えばこそ、親族の為にも社会葬を済ませておいて良かったと、身勝手な自己満足に多少安堵も出来た。
 昨日行われたであろう社会葬の様子を、私は弁護士に尋ねてみた。

「昨日の社会葬ですが、セレモニーには行かれましたか?」
「はい。ご家族様の様子を見るついでに……良い葬儀でしたよ。奥様も、娘様も、悔いなく見送れたと仰ってました」
「そうでしたか……あの、妻と咲江は、どんな風に見送りを?」
「ええ……奥様は大屋さんの遺影を叩き割り、棺に納められていたスーツやビジネスバッグをその場で取り出して燃やしていました。娘様の咲江様も、「このインチキ親父め」としっかりと暴言を吐かれまして、叩き割られた遺影を踏みつけると、何の遠慮もなさることなく無事に唾を吐かれました」
「唾か……何回、吐きました?」
「三度ほど、吐いていました。それにつられて、大屋さんのご兄弟の方々も、「二度と社会生活なんか送らせない」とお怒りを表明し、淡混じりの唾を何度も吐かれていました」
「そうですか……なら良かったです。安心しました」
「ええ……弁護士としましても、大屋さんが今後社会的に生存していける可能性はゼロに等しいと考えています。それで、葬儀会社様より一点確認がありまして……」
「あぁ、あれのことですか……」

 弁護士はバッグの中から離婚届と同様の、薄っぺらい紙を一枚取り出した。
 それを見た瞬間、手続きをあの葬儀会社に頼んでおいて良かったと心の底から安堵した。

「大屋さん……本当に良いのですか?」
「ええ。社会的にはもう死んだ人間ですから、構いません」
「……二言はないですね?」
「はい。私はもう、社会人ではありませんから」
「わかりました」

 社会的に死んだ私は、これから先社会で生きていくのを許されない立場であることは重々理解している。その分の快楽も、悦楽も愉しんだ。

 妻や娘を食わせる為、そして被害弁済の為、私は葬儀会社から提案を受けた「生存権」を売却して補償に回すという選択をしていたのだ。
 社会人ではないということは、即ち死んでいるのと同義。
 私はこの命の権利を放棄し、社会に対して償うことを決めていた。

 その葬儀会社が訴えられたことを知るのは、それから三年後の刑務作業終了後のことだった。
 放棄したはずの私の生存権がどうなっているのか、補償はどうなっているのか看守に訊ねてみたものの、何の返答も得られはしなかった。
 こうして私は、命だけは生きながら再び路頭に迷う日々が始まったのであった。

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