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【小説】 第二秘書浅見賢太郎 【Ⅳ・最終回】


 浅見は第二秘書着任早々、中学時代より崇拝する正文学会会長・吉原大源と丸一日に及び行動を共にした。
 小田原から本部へ向かう道中ほっと胸を撫で下ろしつつも、一家全滅の危機を救った(と浅見が思い込んでいるだけであるが)吉原の人間力に、小田原道中感服の限りを尽くすのであった。

 本部へ帰ってからは会長室で寝転んでいた吉原であったが、とっぷり堪能した鯵鍋の余韻が散雲の如く消え去った後は、勃起不全の草臥イチモツを弄びつつ、ふつふつと腹の底から蘇る『少年部講演会』での屈辱を思い出し、拳を震わせていた。

 あの生意気な能面ヅラの糞餓鬼めが! この私がせっかく「お愛想」を振りまいてやったというのに、大勢の信者の前でこの大源を否定するとは一体どういうつもりなのだ!?

 前日。新宿会館で行われてた少年部講演会で、質疑応答のコーナーが設けられた。小学生から中学生まで、およそ四百人が正文学会会長・吉原大源の説法(ハッタリと与太話しである)に耳を傾けており、質疑応答が始まると我先にと手を挙げ始めた。

 打てば響く子供相手のイージーな仕事だと割り切りつつ、自己顕示欲満々で答えていた吉原であったが、あまりに子供達が自分を崇拝するものだから調子を良くした結果、目の前に座っていた少年に向かい、にこにこ顔の吉原はこんな質問をしたのであった。

「ふむ。ここに居る子供達は全員、未来の種に違いない。大きく花を咲かせなさい。なぁに、私がついているんだから、君達は何の心配も要らない。さぁさぁさぁ、では、そこの君。君は将来、どんな花になりたいのかな?」

 指名されたのは冷たい表情をした少年、小学五年生。両親が正文学会に入信した所為で家庭に不和が生まれ、少年部所属の身でありながら吉原を心の底から軽蔑する冷静な目を持ち合わせていた。
 女性司会者が少年の傍へ座り、マイクを向ける。すると、少年は抑揚のない声と冷め切った表情でこう答えた。

「何の花でもいいっていうか、別に花じゃなくていいです」

 この答えに、周りの少年少女達は一斉にどよめいた。先生になんていうことを……そんな声が聞こえて来たが、吉原本人の頭は予想外の答えを処理し切れず、空白を生んだ後、爆発へ向かって怒りのピストンが激しく始動するのであった。

 ぬぅあんだとこの糞餓鬼!! なんでもいいだと!? この私が、せっかく、質問、して、やった!! というのに、なんでもいいだと!? 今すぐ壇上から駆け下りて、その首根っこ引っこ抜いてブチ殺してくれるわ!! いや、いかん! 大源、落ち着くのだ。ここは盲目の馬鹿信者共が集う、公共の場。怒ったら負けだ。にこやか~に、にこやか~に……。

「うむ、どんな花でもいいとは立派な心掛け! 人はね、みんながみんな主役でもいかん。人の目には見えない部分で、世界を支える人達というのも、いるんですね。彼らもまた、立派なひとつの花なのです!」
「……だから、別に花じゃなくていいって言ってるんですけど」
「ははははは! 少年よ、逞しくあれよ! さぁ、次の質問をしたい未来の種の子供達はいるかなぁ?」

 日頃から会長である彼を崇拝し切っている者に囲まれており、拒絶に対して免疫がなさすぎる吉原は、子供相手に惨敗したのである。
 そして、自分を容易に受け入れてくれる別の子供達へ逃げた。多くの質問の声が飛び交う中、当の少年は能面のような顔で終始吉原を睨みつけていた。吉原は目を合わせないように努め、鯵鍋のことだけを必死に考え続けたのであった。

 小田原から本部へ帰ると、幹部八名が集められた。吉原は「少年部に元気が無さすぎる! 未来ある少年部への活動へもっと力を入れよ!」と自らの恥を棚の最上段に上げると、幹部一同にストレス発散とばかりに蹴る、殴る、を交えた喝を入れまくった。

 喝を入れたなら自分なりにも一応何か策を練り、あんな畜生を二度と生ませぬよう餓鬼めらを洗脳する方法を考えねば……と吉原は思案した結果、正文学会制作によるテレビゲームで少年達(餓鬼めら)を再教育する方法を思いついた。

 これは名案だ! なんと手っ取り早い! 精神未熟な痴呆患者同然の餓鬼めらなぞ、テレビゲームでもやらせておけばあっさりと心の底から正文、いや、この大源に支配されるに違いない! 親が正文信者なら正文の作ったゲームを喜んで見守るであろう。
 午後。吉原は早速浅見を呼びつけると、テレビゲーム一式を買いに行かせた。

「群馬よ! 今すぐ電気店へ行き、トレンディなテレビゲームを買って来い!」
「トレンディーですか? スーパーファミコンというのが、今は流行しているとは知っていますが」
「スーパーファッミコン? では、スーパーではないのもあるのか?」
「はい、ファミコンがあります。私自身、遊んだ覚えもあります」
「なら、群馬はそのファッミコンの操作方法が分かるんだな?」
「ソフトによりますが……」
「ふむ。ハードSMでもソフトSMでも何でも構わないから、流行ってて分かりやすいものをさっさと買って来なさい。これはな、少年維新に関わる重要案件だ。いいか? ゲームを用いてだな、少年部の再教育を徹底するのだ」
「ゲームを用いて……! かしこまりました! 至急購入して参ります!」

 浅見は涼やかな顔中に汗を浮かべながら、電気店のゲームコーナーで眉間に皺を寄せていた。

 先生が直々に命じて下さったからには、しっかりお応えしなければならない。先生はどんなゲームがお好みなのだろうか……。流行っていて、かつ、わかりやすいもの……あまりに分かりやすいピンポンなどを買って行けば馬鹿だと思われてしまわないだろうか? 先生に馬鹿がバレてしまったら、秘書を降ろされる可能性もある……しかし、先生の神力であればそんなことは百も承知……ここは、正攻法で行くしかない。

 正攻法で行くしかないと結論を出した浅見ではあったが、馬鹿が見抜かれることを恐る余り、それから小一時間もソフトを手に取っては戻しを繰り返し、店員からぴったりとマークされた挙句、結局購入したのはスーパーマリオブラザーズなのであった。

 本部へ戻ると「遅い! 馬の癖してトロ群馬めが!」と叱責されつつ、説明書を一通り読み、会長室のモニターにファミコンをセッティングする。ソフトを入れ、電源スイッチを上げるとテレビモニターにスタート画面が映し出された。

 十字キーを右に押せばマリオが右へ、左に押せばマリオが左へ。ボタンを押してジャンプ、敵の上に乗れば見事やっつけることが出来る。
 浅見のプレイを眺めながら、なるほど、ははは、と吉原もほんの束の間、童心に帰る。

 要領が分かればこっちのもの。吉原は浅見にプレイに集中、そして学習するから外で待機していろと命じ、浅見が部屋から消えると同時に引き出しから大袋のポテトチップスを取り出し喫食。てらてら輝く手油も気にせずゲームに取り掛かる。

 外で待機している浅見は吉原の「ゲームで少年部を教育する」という発想に脱帽しきっていた。

 先生は時代に合わせてモノを考えておられる。私にはその発想はまるで思い浮かばなかった……。世代が違えば、正しき仏法を伝える手段もまた異なるということか。先生の着眼点を見習わなければ、このルックスと若さに胡坐を掻いてばかりいる私もいつか未来に取り残されてしまう……。

 会長室にはカチャカチャカチャというコントローラを動かす音のみが、静かに響き渡っている。
 生まれて初めて操作するゲームにすっかり童心に帰っていた吉原は満面の笑みを浮かべていたものの、それが持ったのも僅か最初の五分間だけであった。

 茶色いキノコの化物にぶつかる。死ぬ。
 緑亀の化物にぶつかる。死ぬ。
 穴に落ちる。死ぬ。
 また茶色いキノコの化物にぶつかる。死ぬ。
 巨体に変化するキノコを追い掛ける。間に合わず、穴に落ちる。死ぬ。

 吉原は操作を始めて一時間が過ぎても、1-1ステージがクリア出来ず、その苛立ちはとうにピークに達していた。

「なんぞ、このヒゲ親父めが! なぜ貴様はそんなにも虚弱体質なのだ!? 貴様にはきっとセックスが足らんのだ! 相手を踏む前に何故殴らんか!? それにせっかく金貨を取っておるのだろう!? なぜその金でウロつく化物を買収せんのだ!? 買収ボタンはどれだ!? あれは一体何のための金貨なのだ!?」

 なおもプレイを続けるが、吉原の絶望的な操作センスの為に、一向に1-1のクリアは見えて来なかった。
 するとついに怒りに身を任せ、コントローラをテレビモニターへ投げつける始末となった。
 しかしそんな程度で異常性格破綻者の吉原の怒りは収まることはなく、ついに激怒のボルテージが限界に達した。

「ぐぬああああああ! こちとら糞信者共からせっせと吸い上げたハシタ金を払って! この糞ゲームを買ったんだぞ! なぁぜに! この私が! 怒り狂わんと! いかんのだぁ! このボケ! このクソボケえ! このクソボケがああああああ!!」

 吉原は怒りで我を亡失。絶叫と共に凄まじい勢いでテレビモニターを抱え上げると、会長室の窓ガラスへ向かって力一杯に放り投げた。
 ガシャーンという音の数秒後、本部の外からドーン! という衝撃音が響いてきた。

 何事かと吉原の身を案じた浅見が会長室のドアを叩きまくり、幹部数名が会長室の前へ走ってやって来る。
 呆然としながら肩で息をする吉原、外では本部から飛び出して来た職員が叫んでいた。

「大変だ! あの部屋からテレビが落ちてきたぞ! 誰かいるのかー!? あれ、か、会長室!?」

 幸い、通りに通行人は無く怪我人は出なかった。
 浅見と幹部達がドアを叩きまくり、声を掛け続けている。

「先生! 先生ー! ご無事ですか!? 先生!」

 ガチャリ、と鍵を回す音がして、ゆっくりと扉が開かれる。吉原は目を瞑ったまま両手を開き、神々しくも思えるポージングで堂々と扉を開いた傍に立っていた。

「せ、先生! ご無事で!?」
「ふむ。皆の者、静まれ。今しがた、私はゲームをしておった。なぁに、ゲームそのものはヤラれることもなく、三十分でクリーアーした」
「たったの、三十分で!?」

 浅見は吉原のゲームの才に驚愕と戦慄の入り混じった表情を浮かべたものの、実際には1-1もクリアは出来ていなかった。
 吉原は苦闘を終えたような疲労をその醜悪な顔中に浮かべると、さらに(演技を)続けた。

「しかし! あのマリオ・ブラジャーズというゲームには制作者達の怨念が込められており、画面から悪鬼が飛び出してきおったではないか! 悪鬼が会長室から飛び出してしまっては正文本部はたちまち崩壊。泣く泣く、仕方なしに私の神力を使い悪鬼を倒したのだが、力の加減を少々間違えてしまったようだ……皆を守る為ではあったが、騒がせてしまい申し訳なかった……」
「先生がご無事なら何よりです!」
「お怪我はありませんか!? 階下は無事でした!」
「先生、流石先生です! 階下にも神力の波動が伝わってきました!」
「おい、浅見! あの壊れたテレビは至急、正文記念館へ回せ!」

 幹部達が各々好き勝手な事を喚き散らす中、静かに吉原が口を開いた。

「おい、群馬よ」
「は、はい!」
「いざゲームを作る時は、少し優しいものにしよう。その方が悪鬼も棲みつかぬ」
「はい! その通りです!」
「少年達が皆、私のように神力を使える訳ではないからな。はっはっはっ!」

 吉原は高笑いしながら会長室へ戻ると、腹の底を焼きながら這い回る執拗な怒りを鎮める為、秘匿の『抹殺リスト』へ「軟弱ヒゲ親父を作ったゲーム開発者共」と書き記し、今回も周囲に醜態がバレずに済んだことに、ほっと安堵の溜息を吐くのであった。

 その日の浅見の日記には、こう書かれていた。

「仏法を越え、人間という存在を越え、時空さえも越える先生はやはり偉大である。誰もが先生のように神力を使える訳ではないが、維新が進めば皆、先生のような力が持てるのだ、と改めて信じることが出来た。前進あるのみ! 進め正文! 爆進し、そして世界へ羽ばたけ! 飽くなき広宣共有! 人間維新の寵児となれ! 賢太郎、ここからが勝負だ! 正文に、光あれ!」

第二秘書浅見賢太郎・了

第一話は以下からどうぞ。


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