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【小説】 おばけの悩みごと 【ショートショート】

 深夜。私と彼は山深い場所にある湿り気と黴臭さの漂う小さなトンネルの中にいた。ここは昭和初期に作られたトンネルで、この山道を作る為に徴用された数多くの工員が命を落とした場所として知られていたのだ。

「正樹、撮るよ?」
「あぁ、必ず映るって話だからな……頼んだ」

 トンネル内に響く水の滴る音に混じってスマホのシャッター音が鳴ると同時に、私は悲鳴を上げた。

「きゃああああああああ!」
「ナオ、どうした!?」
「いっ、いる! いるの!」
「え……」

 写真など撮らなくても、私の目にはハッキリと見えていた。正樹の背後には片目をだらりと垂らした作業員風の中年男の霊が立っていたのだ。
 ゆっくりと背後を振り返った正樹も私と同じように絶叫すると、霊が野太い声を出した。

「待ってください! お願いです!」
「きゃあああああああ!」
「ぎゃあああああああ!」
「違うんです! その、驚かせるつもりはなくて」
「きゃあああああああ!」
「ぎゃあああああああ!」
「一体どうしたらいいんだ……あの、私は怖くないですよ!」
「きゃあああああああ!」
「ぎゃあああああああ!」

 恐怖によるパニックの為にしばらく叫び続けていた私達だったが、しばらくして呼吸を整えてから改めて話してみると霊はとても紳士的な霊物(?)だった。

「私は見ての通り死んでますし、目玉も飛び出しっ放しなんですが気にしないで下さいね」
「は……はぁ。あの、ずっとここに?」
「いえいえ。今は呪縛霊は流行らないですから」
「え……霊の世界にも流行りとか廃りとか、あるんですか?」
「ありますあります。呪縛はシステム的にポイントが五倍なんで、昔は一発当てたい霊なんかは良く利用してましたけどね」
「ポイント?」
「はい。人を驚かせてある程度ポイントを貯めると霊は成仏が出来るんです」
「へぇ……霊界って、そうなっているんですね」
「そうなんですけど、実はそのぉ……困ったことが起こってまして」

 死んでいる霊が困っていること。それが一体何なのか見当がつかず、私と正樹は見つめ合って首を傾げた。

「あのぅ、実はですね……我々霊界でもコロナが流行ってまして」
「え?」
「正確にはそのぉ、コロナの霊に困っているんですけど」
「コロナの……霊?」
「えぇ、あのウィルスです。あれ、死ぬと霊になるんですよ」
「えっ!?」
「それでですね、人間の場合は感染しても最悪死ぬだけで済みますけど、私達はそうもいかなくて……」
「どうなっちゃうんですか?」
「魂もろとも消滅します」
「ええ!?」
「なので、あんまり心霊スポットなんかをウロウロしないで頂きたいんですよね……これは本当、霊からのお願いって感じなんですけど」
「は……はぁ、分かりました」
「あれですよ? 普段だったらこちらとしてもポイントが貯まるから来てもらうのは非常に喜ばしい事なんですよ? まだ霊魂が固まりきってない年齢の未成年に憑り付いて、一族丸々呪い殺すなんてラッキーが出来たら一発成仏確定ですし……」
「そういうの、やっぱり本当にあるんだ……」
「あれを出来る霊は凄いですけどね……呪い殺すほど人や世間に怨みなんかないんで、私みたいなタイプがやると疲れるんですよ……」
「そうなんですね……じゃあ、周りにも無暗に心霊スポットに行かないように伝えておきます」
「本当、お願いします」
「はい。ちょっと、驚くおはなしでしたけど……」

 私がそう伝えると、霊は目玉をブラブラ揺らしながら突然飛び上がった。
 乾涸びた浅黒い肌。血の染み込んだ古ぼけた作業着。しっかり見るとちゃんとグロテスクな霊の容姿に、思わず鳥肌が立った。

「コロナのはなし、驚きました!?」
「え? ええ。だって、コロナの霊がいるなんて、初耳でしたし……」
「やったぁ! 驚いてもらえたー! わーい!」

 ぴょんぴょん目玉ブラブラと飛び上がって喜んでいた霊はそのまま半透明になり、喜んだ姿のままやがて完全な透明になった。

「消えた……」
「彼、成仏したのかな?」
「ポイントが貯まったってこと?」
「コロナの話は嘘だったってことか?」
「……そんなの、アリなの?」
「驚かせたら何でも良いのかもしれないな……」

 何故か釈然としない気持ちでカメラロールを確認してみると、片目をぶら下げた男性の霊はしっかりと映り込んでいた。しかも、指でピースマークを作っていた。これじゃ人は怖がらないよなぁ……と思ったけれど、その後はいくら呼んでみても二度と姿を見せてはくれなかった。きっと、成仏したのだろう。

 車に乗り込んで山を下りると、麓の交差点の真ん中で足のない男性の霊がジーっとこちらを見つめているのが見えた。
 あの霊のポイントは今いくつくらいなんだろうね? なんて話をしながら、私達は特に驚きもせず写真も撮らず、そのまま霊の横を通過した。

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