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【小説】 ネットスーパーができない 【ショートショート】

 耄碌ババアの妻・初江が目眩がするなぞと言い出し、今朝から寝込んでいる。八十近い我々(同じ屋根の下で暮らし、書類上で結ばれただけの関係に過ぎない)にとって、生きる上で必要な物を得るのは死活問題である。
 何せ、体力がない。水の2リッターボトルを買い求め、家へ持ち帰るなど地獄の沙汰。想像しただけでたまらず、悲鳴を上げてしまいそうになる。それもこれも、体たらくな若者共が年寄りでもイキイキと身体を動かせるボデースーツの開発を怠り、やれマリファナセックスだの、乱痴気アニメだの、動画撮影だの、金にもならない自己顕示欲を満たす為にうつつを抜かしている所為であり、すなわち社会奴隷を生み出す学校教育、すなわち欧米の陰謀にまんまとハマってしまったが故、今の私達の苦労があるのだ。

 朝から仮病の初江がゼリーが食いたいだの、何とか食品のお粥が食いたいだの、念仏のように布団の上で呻いているので、私は辟易とした。そんなに食いたいなら自分で買いに行けば良いものを、そうする気力はないようで、近くのスーパーまではなんと500メートル(天文学的な距離だ)もある為、仕方なしに代わりに買いに行く気力も私は持ち合わせていないのだ。
 先日まで車に乗っていたのだが、免許更新時に警察のワン公共に認知症認定をされてしまった為、今の私には車も免許もない。
 はて、これはどうしたものか。初江の首を絞めて黙らそうかと考えあぐねいていた矢先、ポストにこんなチラシが入っているのを発見せり。

「ネットスーパーはじまります」

 絶望的な距離のあのスーパーが、なにやら宅配便を始めたのだという。これならば、どうやら注文をした矢先に家まで奴隷従業員が品物を持って来てくれるらしい。ご苦労なこった。それほどまでのサァビスをせねば、この国は持たないのだろう。杞憂を抱えつつ、私はチラシに載っていた番号へ早速電話を掛けた。

「はい! 大丸ネットスーパーでございます」
「うむ。注文をしたいのだが」
「ご注文でごさいますね! では、まずお手元にスマートフォンやパソコンをご用意下さいませ」

 何故注文をするのに、電話をしているのに、流行りのスマホンやパソコンが要るのだろうか。私は理解不能に陥った。

「いや、そんなものはない。注文の電話だ」
「申し訳ございません。ネットスーパーですので電話での注文は承ることが出来ません」
「そんなはずがあるか!」
「いえ。ネットスーパーでございますので、電話での注文は……」
「もういい! 直接行く!」

 私は憤慨した。そして、杖を持って家を飛び出した。勿論、足腰に支障はない。電話で出来ないなぞと、現場の「面倒臭い」を前へ前へ押し出し、上司の許可も取らずに神様であり、お客様である私を侮辱した罪を罰する為の杖である。即ち、私はノータリンの電話番へ怒りの暴行を加える為、杖を持ったのである。

 三十分も掛け、息を切らしながら500メートル(!)先のスーパー大丸へ着くと、私はまずカウンターに立つ中年女労働者へ声を掛け、店長を呼びつけた。
 ワイシャツの上から一丁前に黒いジャンパーを羽織った五十代のクソガキが額に汗を浮かべながら、走ってこっちへやって来た。

「お客様、どうされましたでしょうか?」
「どうもクソもあるか。貴様の店の電話オペレータァはどうやらコミニケーションツンボのようだな」
「コミニケーションつ、んぼ? ですか? それはあの、どのような……」
「だから、どのもクソもあるか! 私は単純明快に、ネットスーパーをやらせろ! と言っているのだ!」
「ネットスーパーでございますか……それでは、あの……スマートフォンかタブレットはお持ちで?」
「固定電話がある! 以上!」
「……あのう、そうしますと、注文を受けることは出来ないんですよ」
「今、欲しい物を口頭で言う。届けろ」
「いや、まずはネット会員登録が必要になりまして……」

 この時点で、私はこの日本の行末を諦めた。もう長くない命ではあるが、せめてこの国が日本という体裁を保っていた時代に生きることが出来、私は幸せものだと感じた。
 今からこの国は欧米の犬以下、ロボットに成り下がる。コミニケーションのいろはも分からぬクソ人間もどき共が税金を納める為のみに働くか、それを諦めて強盗殺人を働くか、その二択のみになると察知した。
 故に、私は持っていた杖をバカ店長の顔面目掛けて思い切りかざした。こざかしいことに、バカ店長は私の人生を懸けた愛のムチを受け取ろうともせず、なんと身を引いて杖を避けたのである。

 嗚呼! ラバウルで戦死した我が父がこの軟弱男子を見たら何と言うだろうか! 鉄拳制裁、身体で覚えることこそが人間の第一であり、精神なぞ二の次三の次である。そもそも人間が精神的な(目にも見えぬ癖に)豊かさを求めるなぞ、幻想、戯言、虚言癖、そもそも社会を構成する人間にとって個性なぞ贅沢品以外のなにものでもない癖に、それを理解出来ぬ、一丁前に自分が何者であるような幻想を信じ込むことが出来てしまう妄想病患者だからこそ、バカ店長は私の杖を避けたのである。

「何故避けるか!?」
「だって危ないでしょう! 警察呼びますよ」
「呼んでどうするつもりだ? 警察署長の榎田は私と同じ大学の出だ。呼びたいたら呼べばいい」

 その十分後。私はこれまた理解不能なことに、態度と身体だけは一人前以上にデカい警察官達に取り囲まれていた。

「おじいちゃんね、ネットスーパーはインターネットがないと出来ないんだって。ね? わかってあげてよ、時代の流れって奴だからさ」

 やたら鼻の大きな警官が私を宥めてるつもりで、そんな言い訳を私に押し付けて来る。他の警官もやんややんや、迷惑を掛けるな、時代の流れだ、そんな女々しい言い訳をして来るので、いい加減私は怒りで頭が爆発しそうになった。

「なぁにが時代の流れだ! 話しは実に簡単なことだ! この私が宅配インターネットスーパーをやってやるから、商品を持って来いと言っているだけじゃないか! それを貴様ら国家の犬畜生めらが寄ってたかって、貴様らの肥やしである税金を長きに渡り払い続けて来た善良な上級国民を愚弄する気か! 躾のなっていない馬鹿犬共を叱りつけるようにな、今から私は榎田に言いつけてやる! いいか、貴様ら! 見ておけよ!」

 バカ警官共がガン首を揃え、口々に「誰だ、それ?」と囁き合っている。直属のトップの名も知らぬエテ公共に一発喰らわしてやる為、私は自前のらくらくホンを取り出し、ゴホンと喉の調子を作ってから榎田邸へ電話を掛けた。

「はい、榎田ですが」
「うむ、お久しぶりですな。宝町の、北条ですが」
「あらぁ、ご無沙汰でございますこと! お元気ですか?」
「身体は丈夫だが、やや困ってましてな。榎田は、おりますか?」
「あら、主人は五年も前に亡くなりましたけど」

 なんだと! 死んだ!? あの榎田が、死んだ!? クソ、役立たずめが!! 私に許可なく死に腐るなぞ、言語道断! 日本の恥晒し! この場面、状況を一体どうしてくれると言うんだ! 畜生めが!!

「私は、死んだなんて聞いてませんけどなぁ!」
「あの……北条さんにはお葬式に来て頂いてましたけれど……」
「嘘言うな! こ、こ、こ、この、白骨売女めが!」

 私は恥の余りらくらくホンを床に思い切り叩きつけ、喚き散らした。自分でも意外ではあったが、本来の目的であるネットスーパーを忘れ、喚き散らし、怒鳴り、バカ警官共に無我の境地の怒り杖を何度も喰らわした。
 そして、興奮の余りその場で倒れて運ばれた。
 目を覚ますと病室の、それもベッドの上であった。小太りの看護師が私を視認するなり、医師がやって来て何やら看護師に耳打ちをした。すぐにやって来たのは刑事風のスーツ姿の男二人組で、クソ偉そうに手帳なぞ出して私に声を掛けて来る。どこまでもどこまでも、しつこい連中だ……。

「北条さん、お話しできますか? 警察です」

 ニヤニヤヘラヘラと、この生意気なガキめらが……。
 私は仰々しい口元の酸素マスクを外し、声を振り絞った。本当に伝えたい言葉だけを、バカ刑事達へ伝えた。

「……ネットスーパーは、どうなった?」

 刑事二人組は顔を見合わせ、目を丸くして首を傾げた。
 しばらく無言の間が続き、窓の外から漏れて聞こえる蝉の声を、私は苛立ちながら聞いている。そして、杖は何処か、目だけで部屋中を探り始める。

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