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【小説】 じゃんけんぽん 【ショートショート】
ジャンッ、ケンッ、ポン! アイコッショー! アイコッショー! ズコーッ!
小さな筐体のボタンから手を離して、ほんの少しのノスタルジーに浸る。
外回りの途中、たまたま立ち寄ったのは大きな道路を一本越えた古びた駄菓子屋だ。
平日昼間に子供らの姿はなく、夏の蒸した風で古びた造りの扉が時折、カタカタと音を立てている。
店の奥には建物ともはや同化しているとしか思えない老婆が腰掛けており、無表情のままじっとオモテのジャンケンゲーム機で遊ぶ私を見つめている。
十円玉を入れたらゲームスタート。勝負がつくのは一瞬で、昔はこんなチープなゲーム機が街の至る所に置いてあった。
誰々が上手いとか、メダルを百枚出したとか、そんな話しも飛び交っていた頃は今からもう何十年も昔の話しだ。
三回続けて負けたが、最後にもうひと勝負だけ、そう思って十円玉を筐体に入れる。
ジャンッ! ケンッ! ポンッ!
ズコーッ!
やはり、私は負けた。
額から流れる汗を素手で拭い、次の客先へ向かうことにする。
店の奥の老婆は私からは視線を外し、背後を振り返る姿勢のまま動かない。
誰かと話しているのだろうか。もしかしたら、家の奥で旦那が寝た切りだとか、それとも娘家族が遊びに来ているのだろうか。
そんなどうでも良いことを想像しながら一歩踏み出すと、ジャンケンゲーム機がこんな声を発した。
——バイバイ! マタネ!
私はふと、足を止めた。
そんなパターンの音声は、果たしてあっただろうか?
記憶の底を呼び起こしてみたが、何一つとしてどんな声のパターンがあったのか思い出せない。
ヤッピー、はあった。今回は聞けなかったが、あれはこちらが勝った時の声だった。
バイバイ……そんな声は、あっただろうか。
無理矢理記憶を掘り起こしていると、次の客先からの電話が入った。
他愛もない内容だったのだが、何だか客先から急かされている気がして自然と歩くスピードを上げていた。
すぐに地下鉄の入口が見えて来て、階段を駆け下りる。
次の電車はすぐに来るだろうか?
相手を待たすことなく、無事に辿り着くことは出来るだろうか?
雨は降らないだろうか?
運が味方をしてくれるだろうか?
奇跡を信じていたのは、一体いつまでだっただろうか。
俺、がいつの間にか私、に変わったのはいつだった?
あぁ、良かった。丁度これから電車が来る所だ。今日はどうやら、ツイている。
そんな風にして、私はいとも簡単にたったひとつの風景を、また忘れてしまうのだ。
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