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【小説】 ひみつのたまご 【ショートショート】

 幼い頃からキラキラした物が大好きだったちいちゃんは、大人になってもオシャレでレトロチックでカワイイ物に目がなかった。
 アパートの部屋は全国を駆け回って集めた八十年代のファンシーグッズや原宿で見つけた可愛らしい雑貨でいっぱいだ。

「あー、もっともーっとカワイイものに囲まれて過ごしたいなぁ!」

 ちいちゃんは真っ白な日傘を差しながら大きなフリルのついたドレスでお出掛けをしていると、アパートの近くの電柱の下に何やら妙なものが落ちているのに気が付いた。

「うわっ! なんだこりゃ!? かっわいいー!」

 ちいちゃんは電柱の下で見つけた不思議物体を部屋に持ち帰り、早速いつも使っているSNSに投稿した。

「道で拾った不思議なたまご。控えめにいって……かわいい~!」

 投稿された写真を見たフォロワー達は優しい世界の住人だったので、皆口々に「かわいい~!」と反応した。
 ちいちゃんの言う「不思議なたまご」とは、空のように鮮やかな色味の青い卵だった。鶏卵そっくりな大きさや形だったけれど、色を付けた訳ではないようだった。
 けれど、心ない数人の「お友達」が

「卵に色塗ってまで人気欲しいの?」
「中々手込んでて草」
「嘘つくのってかわいくなくない?」

 と傷付くようなことを言ったのでちいちゃんは部屋で一人、憤慨した。

「色なんか付けてませんよーだっ! こういう人たちって、かわいくない!」

 ちいちゃんは心ないお友達を片っ端からブロックした。
 ブロックの嵐から生き残ったお友達の中の一人が、ちいちゃんにこんな提案をした。

「青い卵って確かすごく高いニワトリの卵だったと思う!あっためたら孵化するかもよ!やってみなよ!」

 「すごく高い」に心をトキめかせたちいちゃんは、早速卵を孵化させる作戦を企てた。
 全自動孵卵機をネットサイトで購入し、わくわくしながら卵をセットしてみた。
 数日後、卵は無事に成長を続けているようだったのだが、何故か卵そのもののサイズが大きくなっていた。卵はやがて孵卵機に収まり切れなくなり、小さなピンク色のお人形用ファンシー座布団の上に青い卵を乗せ、写真を撮った。
 その写真を見たお友達がこんな事を言った。

「それって……ダチョウじゃない??」

 えーっ!? ダチョウー!? かっわいいーっ!

 ちいちゃんは部屋にダチョウがいる暮らしを想像して、物凄くわくわくしてしまった。
 ちいちゃん発案、お尻を高速でフリフリしながら両手を叩くという「ちいちゃんダンス」を踊りながら卵の周りを何周もした。 
 お友達の皆もわざわざ調べたりはしないので、青い大きな卵をすっかりダチョウの卵だと思い込んでいた。

「ちいちゃん、もうすぐダチョウのお母さんだね⭐︎」

 そんなコメントを見て、ちいちゃんは元気いっぱいに「うん!」と一人、部屋の中で返事をした。

 それから二週間が立った。

 卵は際限なくどんどんと大きくなって行き、ついにちいちゃんの背丈とあまり変わらないほどにまで成長した。
 部屋を圧迫する程に成長した卵はファンシーグッズを飾っていたピンク色の棚を薙ぎ倒し、レースの掛かったオシャレベッドにまで迫ろうとしていた。

「ほんとうにダチョウさんの卵かなぁ……これ……」

 徐々に不安に思い始めたちいちゃんは、試しにお友達の皆に聞いてみる事にした。

「みんな〜、これってホントにダチョウさんの卵だと思う??」

 お友達の皆は様々な反応を見せた。
 中でも能天気なお友達は

「ダチョウの卵っておっきい~! ダチョウが大きいんだから、卵なんてこれくらいが普通なんじゃない??」

 なんて返事をしたりしていた。ちいちゃんは「ヒトゴトだと思って!」と憤慨し、能天気ちゃんをすぐにブロックした。

 他のお友達の皆は「保健所」「警察」「119」と次々にコメントを寄せた。
 確かに、これはファンシーだのカワイイ! だの言ってる場合じゃないのかもしれない……。そんな事を思っていると、卵に異変が起こり始めた。

 ブブブブブブ! ブブブブブブ! 

 と、まるでマナーモードにした携帯電話のように小刻みに振動し始めたのだ。
 しかし、サイズがサイズだけにその振動はアパート全体を揺らし始めた。
 ただでさえ立て付けが悪いキッチンの引き戸が振動で外れ、棚の上にあったファンシーグッズがボタボタと床に落下した。

「わー! これは大変っ! 配信しなくっちゃ!」

 ちいちゃんは少しあわてんぼうな所があるので、保健所や警察に連絡する前に真っ先にネット配信しなければ、と思ってしまった。
 しかし、振動の頻度はどんどん増していく。
 ブブブブブ、という音はやがてドドドドド、という振動に変わり始めた。
 余りの振動に、ついに隣人のアル中おじさんが玄関のドアを叩き始めた。

「てめぇこの野郎! スケベしてるにしたってなぁ、あんまりにも揺らしすぎだぞコラァ! そんなにスケベなら俺にもさせろぉ! やらせろぉ! 馬鹿野郎!」

 ちいちゃんはその怒鳴り声に怖くなって耳を塞いでしまった。
 気付いたらアル中おじさんではない、落ち着きのある男の人の声で玄関の外から呼ばれている事に気がついた。

「あのー、警察ですけどー。いらっしゃいますかー? 凄い振動がしますけど、大丈夫ですかー?」
「だっ、だっ、でっ、だっ、大丈夫ですー!」

 警察来ちゃった! どうしよ!?
 ドドドン! ドドドン! 
 ついに卵の振動はアパート全体を激しく揺らし始め、住人全員がちいちゃんの玄関の前へ集まって来ているような気配まで感じた。
 おまけに警察だけではなく、消防員まで来ている気配もする。
 試しに窓の下をそっと覗き込むと、赤い消防車が停まっているのが目に入った。

 あー、どうしよどうしよ、オオゴトになった、困った困った!
 
 ちいちゃんが慌てていると、卵にさらなる異変が起こった。
 なんと、振動していた卵が今度は右に左に揺れ始めたのだ!

 ぐわん、ぐわん、と揺れながら、オマケに牛のような鳴き声まで出し始めた。

「ブモォー! ブモォー!」

 ぐわん、ぐわん、ブモォー! ブモォー!

 その大きな鳴き声に、外から「牛だ、牛!」という叫び声が聞こえ始める。
 私、何拾っちゃったの!? これ、何!?
 いまさらそんな事を考え始めたちいちゃんだったが、時既に遅しなのであった。
 バールでこじ開けられたドアから、消防員と警察官が一斉に部屋になだれ込んで来た。
 部屋に入るなり、彼らは一様に

「うぉ!?」

 と声を上げた。

 壁を叩き壊しながら右に左に揺れる馬鹿でかい卵が、ブモォー! と不気味な鳴き声を上げているのだ。
 全員が呆気に取られていると、ピキ! っと音が鳴って揺れている卵にヒビが入った。
 そのヒビから真っ黒な色の煙が噴出し、ちいちゃんは消防員に抱えられて部屋を飛び出した。
 アパートの外へ逃げると、自分の部屋の窓から激しく真っ黒な煙が噴出されているのが見えた。

「待避ー! 伏せー!」

 警察官と消防員が叫んだ瞬間、アパートは屋根が吹き飛ぶほどの大爆発を起こした。
 住人は全員伏せていたので幸い怪我人は出なかったのだが、路上のあちらこちらに色んな物が飛び散り、ちいちゃんは放心状態になりながら酒瓶の横に転がっていた「キキララ」のビニールファンシーバッグを手に取り、胸に抱きかかえた。

 すると今度は煙と炎が舞い上がるアパートから、バキバキ! と大きな音がした。

 ちいちゃんが顔を上げると、炎の中で何かがうごめいているのが見えた。
 燃え上がるアパートの中から何かが立ち上がる。
 炎に身を包まれながら、二本の角が生えた巨大な生物が雄叫びを上げている。その雄叫びは商店街のシャッターと地面を揺らし、電線をも震わせた。

「あ……あ……あれは、何?」

 ちいちゃんは自分が拾って育てた生物の正体が分からず、恐怖で怯え始めた。

 燃え盛る巨大な生物は炎を物ともせず、ズシーンという音を立てて歩き始めた。
 ちいちゃんはあまりの恐怖に身動きが出来ず、ついにオシッコを漏らしてしまった。

「あ、あ、あ、あれは……何……」

 ちいちゃんは、フリルのついたスカートの間からオシッコをジョボジョボと漏らしながら呟いた。
 今年四十八歳になるちいちゃんは、オシッコを漏らした事を恥ずかしいとも思わずに、その場に立ち尽くしていた。

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