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【小説】 豪雨軍 【ショートショート】

 夕方から降り出した雨が止まない。既に時刻は夜の十時を回っているというのに、雨脚は衰えるどころか強さを増している。
 鉄道はすべて運休。高速は封鎖。河川は溢れ始め、あちらこちらで避難警告が出されている。スマホからは延々と警報が垂れ流され続けており、最早何が重大な情報なのかも不明な状況だ。
 こんな事態になることは、実は予想されていた。そして、発表もされていた。
 しかし、人々は嘲笑った。発表を行ったのは私だ。
 国の報道決定を受け、報道陣を前に私は大真面目に真実を告げた。

「昨今のゲリラ豪雨というものがありましたが、最新のデータによりゲリラから軍隊になったことが……判明致しました。この豪雨軍なのですが」

 ここまで彼らに伝えると、マイクを持った面々から盛大な笑い声が浴びせられた。
 その声に負けないよう、精いっぱい気持ちを昂らせ、私は続けた。

「この豪雨軍なのですが……大手町付近にて雨音を解析した所、宣戦布告と取れるメッセージを日本国に送り続けていることが判明致しました。本来であれば自衛権の発動となるところではありますが、何ゆえ相手は天候ですので、災害対応となります」

 数時間後。私は変わり者の気象庁の人間として面白可笑しく報道された。

『突然の発表「雨は軍隊」~気象庁の軍隊おじさん!?~』

 とにかく高い所へ避難するよう続けたが報道ではカットされ、秘匿データを持ち合わせていないお天気キャスター共は「大雨になることには違いないが、軍隊という比喩は不明」と、私に何の理解も示さなかった。

 人々が慌て出したのは雨が降り始めた今日の昼過ぎからだった。
 私の言っていたことが本当だったことを知ると、あまりに遅過ぎる準備をあちらこちらで行い始めたものの、すべて後の祭りだった。

 止むことのない雨はあと十四日間は続く。
 そして、雨の上がった三日後になるとプレアデス星が夜の空一面に光り輝き、人類を救済する為の光の戦士団が円盤に乗ってやって来る。
 それは空を飛ぶ乗り物ではなく、時空転移装置の一種であるが、人々は性懲りもなくそれを未だに「UFO」などと呼び続けている。

 その後に始まる餞別によって、人類は六十五億八千万人が瞬時に灰と化す。
 豪雨軍が止まない雨を降らせ続けているのは体内が八十二%の水分で構成されているプレアデス星人の為である。

 ここまでのことは秘匿情報として国が管理しているが、先ほどから玄関を叩く音が止まない。
 報道の連中だろうか? どうやってこの情報にアクセスしたのか見当もつかないが、真実を発する良い機会だ。玄関を開けることにした。

「やっと出て来た! 梁島さんね、家賃どうすんの? もう三ヵ月も滞納してるんですよ。出て行ってくれるんでしょ!? 仕事場に電話したら、あんた食品工場のバイトも辞めたっていうじゃない。バイトも続かないなんてね、あんたそんなことでどうすんの? 当然出て行ってもらうから後のことは私とは関係ないけどね、あんたみたいな人間あとはもう死ぬしかないんじゃないの? 死ぬ気ないなら働かなくちゃね、ダメなんだから。人生ナメてもらっちゃ困るんだから! 必死に生きろよ! もういい大人なんだからさぁ!」

 夜空は晴れている。これだから、困る。情報に触れたグレイタイプの奴らが、私を唆そうと大家のジジイの姿に変化し、ホログラムで作った晴れ空を見せ、私を惑わせようとしている。

「出て行ってもらってもね、当たり前だけど滞納分はきっちり払ってもらいますからね! それはあんたの責任なんだから。わかるよね? ビタ一文まけませんから、キッチリ耳揃えて払うこと。いいね? これ、私とあんたの約束だからね。今日はね、誓約書を持って来たんだ。判子押してもらうから。いくら社会不適合者のあんたでもね、判子くらいあるんでしょ?」 

 指を舐めて紙切れをペラペラ捲り始めているジジイに、私は頷いて見せる。
 こうしなければならない。世界の真実が覆い隠されてしまう、その前に。
 台所から持って来た包丁を紙切れを捲っていたジジイの脳天に突き立ててみると、白子のようなものがピャッと飛び出し、ぎゃああと声を発してその場に倒れた。

 頭からさほど出血がないのは、グレイタイプの生態ロボットだからだろうか? 
 死体は変化を解かず、ジジイのまま玄関に転がっている。
 翌日になると警察が私を保護する為にやって来た。
 私はようやく安堵の思いに腰を下ろすことを出来たものの、何故かこの両手には手錠が嵌められている。 


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