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【小説】 箱入り娘 【酒井商店シリーズ】

 暑い、あまりにも暑過ぎる。何故こうも外は暑いのだろうか? 小生は毎年夏になるとこの嫌ったらしいったらありゃしない暑さに参ってしまうんでござる。それに夏休みの時期になると巷に蔓延る学生共は欲棒、いやはや、欲望を剥き出しにして盛り猿のように番になり、街を闊歩し始めるではないか。あれも気に食わない。
 今年で四十三になり、生涯独身を貫いて来た小生を少しは見習って欲しいものでござる。 
 さてさて、小生はそう言いつつも女性を否定する訳ではない。ただ、世間一般で言う所の「ロリコン」なだけなんでござる。
 悲しいかな、公園などで例え想い人が出来たとしても、それに手を出せば「逮捕」という現実が待ち受けている。流石にその辺りは考慮しているので、小生は幼女フィギュアなどを集め、自らの欲望に蓋をしながら、堪えに堪えているのである。

 本日も各種フィギュアの視察、購入を目的にゴミ部屋から外へ飛び出した訳であるが、決死の覚悟を決めて歩き始めてから十五分、早くも活動限界が来たようでござった。
 とにかく涼しい風を身体いっぱいに浴びることを所望し、アーケード街の一角にあった小汚いリサイクルショップへ入る。
 ほほう、中々の設定温度。小生の汚部屋に負けじ劣らずな狭苦しい店内はキンキンに冷えてやがった。ガタガタと空調の音が気になるが、これほど涼しければクールスポットとしては合格でござる。

 しかし、この店の中に所狭しと売られているものはどれも驚くようなガラクタばかり……。
 電源スイッチだけがすっぽ抜けてるゲーム機に、赤マジックで下手なオリジナル塗装を施したロボット掃除機、手垢だらけのハンディマッサージャー、幸せを呼ぶ野生狸のヒゲ、などなど、怪しいものがてんこ盛りでござる。
 こんな所に掘り出し物などあるはずもなかろう、そう思っていた矢先、小生の脳と脊髄に稲妻が走ったのでござる。
 何気なく手に取ってみた小さな桐の箱、その中にはなんとも胸がトキメクような美幼女フィギュアが入っていたのであった!
 美幼女の目はキラキラと大きく輝いており、肩ほどまで伸ばした黒髪の艶に小生の意義はナシ! と心の中で声を大にする。ほっそりした顎、しかもピンク色のワンピースというトラディショナルスタイルな格好で畳のミニチュアの上に正座をしてると来たもんだ! これはとんでもない大当たりを引いたでござる!
 小生はこれを購めるため、カウンターで何やら作業をしている店主らしき男に声を掛けてみた。

「す、す……すみ、うへへ」
「あーい、あいあい。は?」
「あの、このフィギュアを所望する次第でありますが」
「ちょっと待ってよ、お兄さん。その喋り方、なに?」
「ふぇっ!?」

 この店主、小生の喋り方に文句をつける気なのだろうか。野球帽を逆さまに被った店主は丸眼鏡の奥の細い目をニタニタさせながら、鼻の下の髭なぞを生意気にイジりつつ、小生を眺めている。
 ガツンと一発、返してやらなければ気が済まぬ。

「所望! このフィギュアを、所望する!」
「しょ、もう? あー、欲しいってこと?」
「そ、そうで、あります」

 よし、ガツンと言えたでござる。しかしこのフィギュア、一体どこぞの何の作品のフィギュアなのか、さっぱり見当もつかぬ。

「こ、このフィギュアは、一体何の作品のフィギュアでありますですか?」
「それ? んーっと……アナベルザって所が作ったって聞いてるけど」
「あ、あなべるざぁ? とは?」
「まぁ、そういうのを作る奴らがいるんだわ。俺はアニメだとか全然分からないし興味もないからね。あんた、この人形に見覚えないの?」
「に……フィギュア、ですかな? ありませぬ」

 店主は何かしらの契約書のようなものに判子をついていた手を止めると、恐ろしく不気味で冷たい目をして小生をじっと睨み上げた。まるで人間の目ではないと感じ、小生は自己防衛のために目を逸らしたのでござる。

「あんた……本当に見覚えない?」
「みっ……見覚え……? な、ないから、聞いた」
「ちっとも、ねぇんだな?」
「は、はい……ない、です」

 店主は冷血な悪魔のような目で、小生をじっと見つめている。あれだけ暑かったはずなのに背中にヒヤリと寒いものを感じて、小生はついつい所望フィギュアを落としてしまった。
 すると、店主は人が変わったようにニコリと微笑んで、呆れたように笑うのでござった。

「あんた、欲しがってんなら大事に持ってないと」
「は、はいでござる」
「ござ、る? はぁ、そんな言葉を使う人間ってのも、いるもんなんだねぇ……それ、箱付きで三千円でいいよ」
「三千円!? 買った! キター!」
「へーい、毎度あり〜」

 妙にヤル気のなさそうな店主だったから、ずいぶんとラッキーな価格でフィギュアを買うことが出来、小生は店を出た途端に小踊りを一発キメそうになったでござる。
 わずかばかり喜びのステップを踏むと、通り過ぎようとしていた中学生ほどのオナゴが乗る自転車に轢かれそうになり、「クソキモ」という褒美の言葉まで頂いてしまった。本当に、とことんツイている日なのである。

 ゴミと空缶が溢れた六畳間に帰り、早速箱に入ったフィギュアをテーブルの上に置いてみた。ふむふむ、正方形の箱はしっかりとした桐で出来たもののようでござるな。
 箱を開けると肝心要のフィギュアとご対面。ようこそ、小生の部屋、いや、お城へ。キミは今日から小生のアイドルとして……いや、え?

「こんにちわ!」

 あまりの暑さに、小生はとうとう頭がおかしくなったようでござる。箱を開けた直後、美少女フィギュアが顔を上げ、小生に挨拶をしたのでござった。
 何度も目を擦って見下ろしてみたものの、やはりフィギュアはまるで生きているように頭を上げてこちらを凝視なさっている。

「ちょっと! 人が挨拶してるのに何ボーッとしてるの?」
「でっ……でぇっ!? フィ、フィギュアがしゃ、喋ってるでござる!」
「そうよ! だって生きてるんだもの。あー、もう! 箱の中が暑くて参っちゃったわよ。さっさとエアコン入れて頂戴」
「しょ、承知!」

 実に大変なことが起こった。なんと、この美幼女フィギュアは生きていたのである。これはとんでもなき誤算も誤算。慌てふためいてエアコンの電源を入れ、興奮冷めやらぬまま小生はすぐにやましいことを考え始めた。
 ふむ、あの美幼女を裸にしてしまうこともなきにしもあらず。撮影をして楽しむもヨシ、何をしようとも小生の方が身体が大きな故、やりたい放題な訳でござるな。
 早速今夜はアレをして、あそこにコレをして……と逡巡していると声が飛んで来た。

「お腹すいたー! 何か作りなさいよ!」
「わわわ、わかったでござるよ! あ、あの、姫君の名はなんと言うのでござろうか?」
「私? 私はシマザキカナよ。小学三年生だわ。あなたはなんて名前なの?」

 小学三年。ふむ、まぁ合格といえる年齢でござろう。
 オナゴとまともに会話するのが実に三十年ぶりになるので、深呼吸をしながら答える。が、テンションは上がりっぱなしなんだお。

「しょ、小生は野島延夫でござるよ」
「ノジマノブオ! 面白い名前ねぇ。あ、そんなことどうでもいいから早くおいしいものを作りなさい!」
「しょ、承知……!」

 おいしい物と言われても小生、料理の方はさっぱりだったのでストックの中で一番高価なカップラーメンを作り、それを一番小さな小皿に入れてカナちゃんに差し上げてみた。カナちゃんは二本の爪楊枝を器用に使い、ラーメンになんとも悦ばしく舌鼓を打っていたのでござった。

「悪くない味だわ。さぁ、食べたから私は寝るわよ。さっさと箱を閉めなさい」
「し、承知でござる……!」

 言われた通り箱を閉めてから小生はこれから先の行動を至極冷静になって考えてみたでござる。
 突然生々しく動き始めたと思ったら喋り始めたこのフィギュアを、如何にして扱うか。
 ふーむ。うむ。動画を撮り、海外ポルノサイト経由で販売すれば小生の性欲も財布の中身もたっぷりと潤うのではなかろうか? 
 小生はカナちゃんが眠っている間に海外サイトの登録を済ませ、夜がやって来るのを待ち侘びたのでござった。
 しかし、その二時間後。箱の中から何やら呻き声が聞こえ、心配になった小生はそっと桐の箱を開けてみたのでござった。すると、カナちゃんは横たわって腹を抱えながらガタガタと震え、箱の底にはカナちゃんの汗染みまで広がっていたのでござった。

「どどど、どうしたでござるか!?」
「この身体に……なってか、ら……ごはん食べてなかったから……身体に合わなかったみたい……」
「大丈夫でござるか!? あわわ、どうしようでござる……病院? いや、獣医……それとも玩具修理……いや、いやいや」
「ノブオ……苦しい……苦しいよ、怖いよ……」
「だ、大丈夫でござる! カナちゃん、頑張るでござるよ!」

 カナちゃんは小生が声を掛けてもなお苦しそうな様子で、次第に震えが大きくなって行くのでござった。

「はぁ……はぁ……うぅ、おえええ」
「カナちゃん!」

 カナちゃんは真っ青な顔になり、口からだらりとカップラーメンを吐き出したのでござった。見た所、胃液の成分がないようなので消化をしていないものと思われ、小生はカナちゃんを部屋に残し、急いで購入元のリサイクルショップへ駆け出して行ったのでござった。
 店へ入り、小生は棚の整理をしていた店主に向かって声を張り上げたのでござる。

「店主! 店主! 大変でござる!」
「はーい、はいはーい。おお、あんたは「ござる」の人だねぇ」
「あのフィギュア、生きてたでござる!」
「ははは! 何言ってんの? 夢でも見たんでしょー」
「違うんでござるよ! それで、カップラーメンをあげたら急に苦しみ出して、それで、あの、カナちゃんがとにかく大変なんでござる!」
「カナちゃんって誰よ?」
「あのフィギュアでござるよ! 何か良い方法はないでござるか!?」

 店主は棚整理をしていた手を止めると、小生の前に立ち、あの冷酷な悪魔のような目を浮かべながらこう言ったでござる。小生はカナちゃんの命がかかっているかもしれない故、ちっとも怖く感じなかったのでござった。

「良い方法? それはね、まずあんたが病院に行くことだな」
「何言ってるんでござるか!? 小生は肥えてるだけで、どこにも異常なんかない!」
「お客さんねぇ、俺は頭の方のことを言ってるんだよ。それにね、うちはただのリサイクルショップよ?」
「う、売っていたから買ったんでござる! メンテナンスも店の責任でござろう!?」
「あのフィギュアはただのフィギュア。動く訳もないし、ましてや生きてる訳がないでしょ。文句があるならメーカーに聞きなよ。そういうの詳しいお友達、いるんじゃないの?」
「じょ、冗談じゃないでござる! 一人の命がかかっているんでござるよ!?」
「あぁ……?」

 店主が一歩前へ出ると、辺りが暗闇に包まれたような、それこそまるで深い穴の底に落とされたような感覚になったのでござった。足元から寒気が迫り上がり、膝が無意識に震え出す。声をいくら絞り出そうと思っても、掠れてしまって何の音も出ない。小生は死の危険を感じたものの、身体はピクリとも動かせないのであった。
 店主は小生の耳元で、こんな言葉を呟いた。

「冗談なら、もっと面白い話しろよ」
「…………」

 無意識に震え出した膝は店主に肩を叩かれた瞬間にピタリと止まったものの、股に妙な生温かさを感じて視線を下ろすと、小生は四十を過ぎているというのに小便を漏らしていたようでござった。
 恐ろしさと恥ずかしさのあまり、そのまま飛び出すようにして店を出て、炎天下の帰り道を急いで走って行く。

「ち、ちきしょう、あの店主、怖すぎるでご、ござる! ちきしょう」

 そう声に出しながらアパートの階段を駆け上がり、部屋へたどり着く。小便を漏らしたズボンもパンツもそのままで、急いで箱の中を確かめて、小生は絶句した。
 箱の中のカナちゃんはカップラーメンを吐いたまま、絶命していた。首と肢体がバラバラになり、ふやけた麺を吐き出したまま首だけが箱の隅に転がっていたのでござった。
 ピンク色のワンピースの上からバラけた肢体に触れてみると、それは生々しい人の感触ではなく、冷たくも温かくもないフィギュアの塩ビそのままの感触であった。
 さっきまで会話をしていたり、こちらを見上げたりしていたカナちゃんはやはり、小生が見た夏の幻だったのでござろうか……。

 あの店と言い、このフィギュアと言い、流石に薄気味の悪さを感じた小生は三千円をドブに捨てる気持ちでフィギュアをすぐに処分することにしたのでござる。スーパーのレジ袋に躊躇せず箱の中でバラバラになった肢体と首を投げ入れ、袋を閉じる。
 ふむ、悪い夢を見ていたに違いない。
 週明けの燃えるゴミの日に出すことに決め、なんとなくテレビを点けてみた。すると、昼のニュースに映っていた映像に小生の思考は停止したのでござった。

『先日、山中で発見された身元不明の白骨化した遺体はDNA判定の結果、十二年前に行方不明になっていた島崎可奈さん、当時九歳であることが判明しました。警察によりますと、遺体には手足が切断された跡があり、警察は刑事事件として捜査……』

 唖然とはまさにこの事であろう。テレビ画面に映し出され、天真爛漫に笑う少女の姿はまさに先ほどレジ袋に突っ込んだフィギュアそのままの姿であった。顔も、ピンク色のワンピースも、まるでそのままの姿で、小生は台所に置いたままのレジ袋に恐怖を感じ始めたのでござった。
 それに、記憶の底を弄られているような、恐怖の為に蓋をした過去に襲い掛かられるような感覚まで覚えた。
 小生は知らない、小生は知らない、知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない!
 そんな言葉が自然と胸の奥から込み上げて来て、小生の脳を支配し始める。暗闇の底から浮かぶものを押し込めようとしていると、たっぷり冷えた部屋の中にいるのにも関わらずダラダラと滝のような汗を掻いた。
 恐怖のレジ袋をこのままさっさと収集場へ持って行こうかどうか考えていると、来客予定も配達予定もないのにインターフォンが鳴ったのでござった。
 モニターで確認してみると、黒いキャップに黒いタートルネック姿のまだ若そうな男が立っているのが見え、小生はドアホン越しに何用か尋ねてみた。

「は、はい……なんでしょうか?」
「アナベルザの者です。箱の回収に来ました」
「は、箱……? 段ボールの回収か何か?」
「いえ、箱です。開けて下さい。開けないならこちらから開けます」
「けっ、警察を呼ぶ! ただちに、呼ぶぞ!」

 なんだ? こやつは一体何をしに来た? 箱、箱ってあの桐の箱でござるか?
 落ち着いて考える前にドアノブがガチャガチャと音を立て始めたので、小生は急いでチェーンロックを掛け、警察に電話を掛けた。

「も、もしもし! 今、不審な、お、男が部屋に入って来ようとしてるの! た、たすけて! 早く助けて! 住所は、その、待って……えっと」

 電話の向こうのオナゴは「落ち着いて」と言っているが、ドアノブをガチャリと回されていてはそんな心境ではいられない。なんとか県名まで伝え終わった途端、ガチャガチャとドアノブを回す音がピタリと止み、小生は僅かばかりの安堵を覚えた。しかし、自分の住所が完全に思い出せずにつっかえていると、今度はドアノブの辺りから静かにカチャリ、という音が聞こえて来た。目を向けるといつの間にか鍵が開けられていて、小生は急いでドアが開かないようにしたものの、物凄い馬鹿力であっさりと開けられてしまった。
 黒いキャップに黒いタートルネック姿の男は片足をドアに突っ込んだまま、無理に扉を開こうとしている。小生は負けじと必死にて抵抗したものの、一瞬だけ合った男の目に黒目がないことが分かった瞬間、小生は情けなくも「ひえぇ!」と声を荒げ、その場に尻餅をついてしまったのでござった。
 立ち上がれずにいると黒目のない男は大きな鋏のような道具でチェーンロックを外し、勢いよく小生の部屋のドアが開かれた。

 それから、小生はあまりのショックで意識を失くしたのでござった。
 気が付いた時には真っ暗な空間の中で目を覚ましたが、いやはや、ここが何処かも見当がつかない。
 不思議なことに腹も空かなければ喉も乾かない。身体があまりにも怠く、動かせる気配もない。
 外からは時々聞き覚えのあるような男の声が聞こえて来るが、小生は一体いつまでここでこうしていれば良いのかも分からず、いつ外に出れるのだろうか、ということばかり考えているのでござる。
 そして、もう何日こうしているのかも、小生には全く分からないのでござった。

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