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読書感想文「こころ」(夏目漱石)─なぜ先生は妻を一人残して死んでしまったのか?

なぜ「先生」は、最愛の妻を一人残して死んでしまったのか?

これは、僕が夏目漱石の小説「こころ」を読み終えたあと、ずっと心に引っかかっていた部分でした。


叔父による財産のちょろまかしをきっかけに人間嫌いになり、親友Kとの三角関係のもつれによって自分自身をも嫌いになった先生は、最後に自らの命を絶ってしまいました。

先生が自殺をした理由は、不可解ではありつつも、わからないこともありません。たぶん、先生にとって自殺とは「罪滅ぼし」だったのだと思います。

先生の両親が亡くなったあと、財産の管理を任されていた彼の叔父は、そのの多くを自らの事業の立て直しや、愛人のために使い込んでいました。

そのときまだ幼かった先生は、叔父を心から信用していたのですが、この行為を知って深く失望し、やがて人間自体を「信用できないもの」と考えはじめます。

さらに先生の運命を決定づけたのは、Kとの「恋の争い」でした。

先生とKは、二人とも下宿先のお嬢さんに恋をしてしまったのですが、先生が本人いわく「汚い方法」で、Kからお嬢さんを勝ち取ったのです。そして、Kは自らの命を絶ってしまいました。

このとき、先生は「自分のやっていることは叔父と変わらないじゃないか」と自責の念に駆られます。

そんな自分の罪をどうにか滅ぼそうと、毎月Kのお墓にお参りに行ったり、妻の母の看病を一生懸命やったり、妻を優しくしたりするのですが、徐々に自分の罪深さに押しつぶされ、最終的に自殺という道を選んでしまいました。

ちなみに、先生は「私」に宛てた手紙の中で、明治天皇の崩御と乃木大将の自決をきっかけに自殺を決意したと書いていますが、これは単なる「言い訳」なのだと思います。

先生は、とにかく「Kの呪縛」から逃れたかった。そして何より、世間から「卑怯な奴」と思われながら生きていくのが耐えられなかった。

すべては、先生の「エゴイズム」が生み出した結果なのだと思います。

このように考えると、僕は先生のことを「自分勝手な人」と思わざるをえません。なぜなら、最愛の奥さんを一人残して死んだからです。

この小説をはじめて読んだとき、何度くり返し読んでみても、先生が妻を一人残して自殺した理由がわかりませんでした。なぜなら、先生は罪滅ぼしのために、妻に優しくすることを選んでいたからです。

先生は、手紙の中で「私だけが居なくなった後の妻を想像して見ると如何にも不憫」と書きました。そして「死んだ気で生きて行こうと決心しました」とも語っています。

だから余計に、先生が妻を一人残して死んだしまったわけを飲み込むことができなかったのです。

もしかすると、僕は当初、先生のことを「私」と同じように「高尚な人」というイメージで捉えていたのが原因なのかもしれません。だから僕は「立派な考えを持つ人が、どうして矛盾した行動を取るのだろう?」と理解できませんでした。

しかし、先生を高尚な人ではなく、「普通のエゴを持った人間」と解釈すると、彼の行動に合点がいきます。

先生が自殺をしたのは、単に「自分の罪から逃れたい」との一心で行なったことであり、「残された妻はどうなるか?どれだけ悲しむか?」、彼にとって二の次だったのです。

先生は「私」に向かって、「私を信用してはいけませんよ」と忠告していました。おそらく先生は、自分の中にある「エゴイズム」を理解したうえで、「私」を遠ざけようとしていたのだと思います。


先生の奥さんは、どんな気持ちで先生の自死を受け入れたのかと考えると、想像しただけで胸が張り裂けそうになります。

彼女は夫から「嫌われている」と思っていましたから、ずっとその思いを引きずったまま生きていくことになるでしょう。「何かしてあげられることがあったのではないか」と、自分を責めることもあるかもしれません。

手紙の内容を知ることなく、わけもわからないまま孤独になってしまった彼女は、これから何を信じて生きていけばいいのでしょうか?

そんな身勝手で残酷なことは許されるはずがなく、もし自分が「私」なら、先生との約束を反故にして、手紙を奥さんに渡してしまうだろうなと考えました。

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