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グローバルサウス映画の薦め

勃興する国というのは悪材料があっても前向きで元気だ。きっと70年位前の日本も同じだったろう。

1月に日本に里帰りしたとき、『エコノミスト2023年1月17日版』を購入した。インド特集があったから!

前にも言及したが、日本の苦しい片思いと言っても過言ではないインドへの熱烈な期待は、その裏に「後ろめたさ」を隠している。

インドの経済成長の恩恵は受けたいが、モディ支持の「サベツする人」だと思われるのは嫌!

私もほぼ同意見だが、モディ政権下のインドにお金のために渡って来た日本人男性である私は「サベツする人」という非難を免れ得ないのだろう。

さて、最近カナダ政府がインド政府と揉め始めた。

インド国内の分離独立運動のうち、シーク教徒によるカリスタン独立運動に対しては、今年、独立運動の活動家を逮捕するため、パンジャブ州(シーク教徒の多く住む地域)のネットを遮断するなどインド政府の動きがあった。また、保守派のアグニホトリ監督は、次は『デリーファイル」というタイトルで80年代のシーク暴動についての映画を撮るというようなことを言っているので、今最も注目される問題の一つである。

勃興する超大国が足元から揺らいでいるなんて…グローバルサウスの夢を壊しかねない!!

グローバルサウスという現象になりかけている何かの行方は大変注目されている。

私は映画ライターを自称しているので、映画の側面から見ている。特に、モディ政権を背景にぶち上るインドの国家主義ロマンを余すところなく表現するグローバルサウス映画というジャンルを想定し、その枠組みを考えてみたい。

グローバルサウス映画のチェックポイント

1.イノベーションと経済成長
2.個人が国家に忠誠を誓う
3.西側諸国を等閑視
4.インドが世界に対しモノ申す
5.国内志向か?海外志向か?
6.インド的正義

グローバルサウス映画とは、言い換えれば「インドすごい」映画である。日本人としては「日本すごい」はちょっと気恥しい気がする。控え目で威張らないのが日本のいいところ「だった」んだから。

インド人は別に自慢とかマウンティングを恥ずかしいとは思わないので、外から見るとバランスはとれている気がする。なにせ15億人もいるんだから、トップ1000人ってだけですごい人がいっぱいいる確率が高い。そして実際そうである。

まずは、今日本で上映中で世界的ヒット作のボリウッド映画『パターン』についてもう一度皆さんに考えていただきたい。

『パターン』

1.イノベーションと経済成長
2.個人が国家に忠誠を誓う
3.西側諸国を等閑視
4.インドが世界に対しモノ申す
5.国内志向か?海外志向か?
6.インド的正義

※「パターン」という語について軽視しているようなことを書いている位、この地域への知識欲が弱いのだが、私の映画評は、観た後何か予言が降りて来るかだけが大事なので、そうなってしまう。ごめん…。

本作はどういう映画か。
・パターンはお国のために兵士は死ぬと複数回明言している。
・所謂「西側諸国」の動きが全く出て来ない(≒西側諸国の助けなど必要ない)。
・インドは西方の隣国パキスタンの脅威に晒されている。
・アフガニスタンはインドの助けを必要としている。
・ロシアは厄介だがインドなら互角にやれる。
・日本とも共闘したい。
・インドは他国の助け無しに南アジアの平和を実現する盟主となれる。

こういう内容で、冒頭からモディ政権によるカシミール州の自治権はく奪から始まっている。それを肯定も否定もしてはいないが、そちら側の物語に従って動いているので、もう今のボリウッドは、2014年にモディ支持を表明したアグニホトリ監督を「えんがちょ」したボリウッドではないのだ。

ところで、『RRR』に極右政権下の空気を嗅ぎ取った夏目深雪さんは、意外なことに『パターン』の上記のような点については言及していない。

私自身は、左翼的な思考が抜けないので、「お国のために死にます」とかセリフが出たら即思考が停止するのだが、確かに、政権が左だろうが右だろうが、国家の危機とはレベルが違う。

『パッドマン 5億人の女性を救った男』

1.イノベーションと経済成長
2.個人が国家に忠誠を誓う
3.西側諸国を等閑視
4.インドが世界に対しモノ申す
5.国内志向か?海外志向か?→両方
6.インド的正義

本作は、「女性を救った男」の物語というより、イノベーションと経済成長に対するインド社会の並々ならぬ熱視線を察知した。本作の肝は、インド人ならではの対応力、発想力≒イノベーションである。無ければ無いなりに代替品を作ればいいじゃないか!

ものすごく安い値段で多くの人に「文明的な新しい何か」をもたらすことのできるインドの底力を世界という鏡に映し出して見せた映画である。国連でラクシュミが、たどたどしい英語で欧米人に向けてスピーチするシーンがクライマックスである。

ところで、ラストシーンですら、彼の狂気と言ってもいい天才的発明の意味を本当の意味では地元の人たちは理解していないと見える。何かすごいことをやってのけたらしいという伝聞から来るお祭りパワーで全てを赦し、流してしまうのである。祝祭だ!この終わり方は『ガリー・ボーイ』も同じだ。

正義という意味では、最後がお祭りになっているが故によく分からなくなってしまう。妻ガヤトリの困惑をほったらかしてもいいのだろうか。「5億人の女性を救った」というのは言いすぎではないかということで、正義については言及していないと考える。

『JAWAN』(ネタバレあり)

※2023年のインド映画最高のヒット作になりつつある義賊映画。
1.イノベーションと経済成長(経済成長に注目せず、分配が行き届かないことを政治的に解決すべきと示すアイデンティティ政治よりの作品)
2.個人が国家に忠誠を誓う
3.西側諸国を等閑視
4.インドが世界に対しモノ申す
5.国内志向か?海外志向か?
6.インド的正義≒穏健な階級闘争

今世界で大ヒット中の映画『JAWAN』は、アクションもすごいし、「インドすごい!」と思わせるパワーを持っている作品なので、観終わった直後は私も「これはグローバルサウス映画だ」とツイッター(って今言わないの?)で書いた。

が、落ち着いて考えてみると、本作は全くと言っていい程、今日本で言われているような意味合いでの「グローバルサウス」感はない。映画としては力強いのだ。

全体にインド国内向けの感が強い。そのタイプのグローバルサウス映画もあるのだ、という苦し紛れの定義にしておきたい。映画を外国人として観ると『インドすごい』の側面も読み取れるからだ。

同作は、タミル映画ファンには馴染みの監督アトリーがボリウッドで撮った映画。ファンからはアトリー節だと評されている『JAWAN』はどんな話か。

庶民を苦しめる構造的な社会問題を取り上げつつ、義賊JAWAN(シャー・ルク・カーン)が騒乱を起こしつつ国民に訴える。皆で考えて選挙に行き、まともなリーダーを選びましょう!と。この真面目さ!!!!そして、庶民VS腐敗した上層部という社会的な対立構造にこそヒーロー活躍の場があるし、その中でインド的正義が高らかに宣言されるべきであるという感じ…つまりはアイデンティティ政治的アプローチの映画である。ある意味では2020年代の世界にぴったり、同時にその問題性も明らかなナラティブである。

インドが本当の意味でグローバルサウスの経済的リーダーとして勃興し、所謂「苦しめられる庶民」が目立って減ってしまったとき、こういう映画は役割を終えるのだろうか。或いは、永遠に、現実においても映画においてもインド庶民は苦しみの表象であり続けるのだろうか。『K.G.F.』でもそうなのだが、グローバルサウスの覇者になった時点で用済みとなり、過去の物語、もしくは『三丁目の夕日』的なノスタルジー映画へと変わっていくのだろうか。

もう一つ、この種のアイデンティティ政治的映画の流れをくむタミル映画ムードがインドのグローバルサウス感溢れる「汎インド」映画に入ってきたときに、悪いのは中央≒北部インドというタミル的な情緒がどう変質していくのかというのも興味深いところ。

ちなみに、『JAWAN』でグローバルな部分があったのは、「悪徳企業家=売国奴が、インドに公害をもたらす工場を誘致している」というところ。誘致のイベントをロシアで開催するというのがなかなか面白い。ロシアは「ワル」。しかしインド的な正義はそれらに打ち勝てるのである!

余談だが「うわああインドだなぁ」と非常に面白く思った点は以下の点。
悪役が劇中、自社製品の性能が悪かったせいで人が死ぬという被害を出し、クレームを受けるシーン。所謂しばかれ会である。そこで悪役の言うことに興奮!!!

わが社の製品に問題はない。問題は使った人の側にある」と言い放った!

日本人駐在・現地採用の人全員が泣いていいね押しそう!!!←よくないね!の意味で!!!!!

これを聞いたクライアントは激怒(当たり前やろ)、相応の罰を悪役の会社に与える。刑事罰に問わないという寛大さが謎!インド人ならそこで会社潰すまで詰めるだろうがヒーローはそんなことしない。リアリティ無しwだが、それを悪役が逆恨みするというのがことの発端である。

悪役の逆恨みってばかばかしいのだが、やりそうなのインド!!!そのばかばかしさをとことん真剣にやりきるのがインド映画でもあるしな!!!!!

『フライング・ジャット』


フライング・ジャットが神の気を受けて立ち上がり、敵を宇宙まで追いかけていくシーンがある。ここで、中国の宇宙船かロケットが出て来るのを追い越すのである。グローバルサウス感が溢れている。が、それだけと言えばそうなので指標は出さず。


『ザ・ホワイトタイガー』


1.イノベーションと経済成長
2.個人が国家に忠誠を誓う
3.西側諸国を等閑視(それどころか見下す)
4.インドが世界に対しモノ申す
5.国内志向か?海外志向か?→両方
6.インド的正義

https://www.youtube.com/watch?v=VsdWt8RpX3A

経済成長に沸く2010年頃のインド・バンガロールで、貧しい運転手がアメリカ帰りのお金持ち夫婦に雇われる。グローバルインドとドメスティックインドの鋭い対立を、使用言語や生活、ファッション、好む音楽等様々な形で対比させ、それでも尚虐げられるドメスティックインドの貧困層に反逆の機会を与える作品。

印象的なのは、そのすき間を縫って上昇しようとするドメスティックインドの庶民にとって、「グローバルサウス」というビッグ・ピクチャーは存在しないであろう、と示唆するラストシーン。ぽかーんとした表情のドライバーたちを映し出すのだ。また、欧米中心の秩序に対し、「これからは黄色い人と茶色い人の時代」と宣戦布告する(その中で同性愛者に対する観点が挟まっていたことも気になる)のだが、それが「正義」であるとは明言しなかった。単にそういう時代が来ると言っているのである。その不敵さ。

他にも、『ミッションマンガル』や『ナンビエフェクト』のような、グローバルサウス映画の主軸とも言えそうな宇宙開発映画を観ておきたいのだが、長くなってしまったし、未見なのでここらで終わり。

今月末には、アグニホトリ監督渾身のグローバルサウス映画、『The Vaccine War』公開が控えている。同作は埼玉でも限定上映するらしいので、東京近辺の方はぜひご覧いただきたい。同作にはグローバルサウスの虚像を理解するための鍵があるのではないかと睨んでいる。


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