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すらすら読める人事小説:部下を持つ⑦

貧弱な船出

山田は、復職明けの越智とは、いつものオフィスではなく、非日常のシチュエーションで話をしたいと考えた。そこで、越智の復職日を山田の大阪への出張日と重ね、越智を同行させた。大阪に場所を移し、ゆっくりと水入らずで話そうというわけだ。
大阪では、滞っていた学生との採用面接が組まれていた。新卒採用チームの東口が、学生からの掲示板への書き込みや問い合わせにしびれを切らし、上司不在の中、誰に断るわけでもなく勝手に面接を組んでいたのだ。

越智は、緊張した面持ちで東京駅の22番線ホームで「のぞみ469号」の入線を待っていた。越智は山田と飲んだ勢いで一度だけ麻雀をやった。そのときは越智が勝ち、山田は2着。二人ともいわゆる「浮き」だった。それから互いの存在は意識するようになっていたが、仕事を共にすることはなかった。
「山田課長か、厳しそうだな。新卒採用をやると言ってしまったが、そもそもなぜ俺に声をかけてくれたのだろう」
越智は入線してくる新幹線をぼんやり眺めながら、復職後の仕事について想像を巡らせていた。新幹線がホームに入線するときの大音量にかき消され、山田に肩を叩かれるまで、越智は山田からの挨拶に気づかなかった。
「あっ、おはようございます。や、山田課長」
「おはよう、越智さん。久しぶりだね・・・。何号車?」
「はい、お久しぶりです。私は3号車です。山田課長は?」
「えっと、俺も3号車だよ。席は?なんだ2つ前じゃないか。隣に変更しようか」
「あっ、はい」
山田は、新幹線が出発すると、楽しみにしていた駅弁をほおばりながら、山田が新卒採用チームを任された経緯、立川産業の新卒採用の課題、山田から越智に期待することについて話し始めた。越智は、山田の話をうなずきながら、ときどき「そうですね」と小さく相槌を入れたが、質問もせず、そして話を遮らずに聴いていた。
やがて新幹線が伊東の海を左の窓ガラスに映し出したころ、山田は、反応の薄い越智にやや苛立ちながら質問した。

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