ウェディングドレスをリメイクするということ
「ほんとうは、あまり変えたくはないんです」
最初に花嫁さまはそうおっしゃった。
お母さまのウェディングドレスをリメイクしてほしいとアトリエにこられた花嫁さまだ。リメイクしてほしいのに変えたくないとは、一体どういうことなんだろう。
ウェディングドレスをリメイクするという仕事
わたしは神戸の小さなアトリエで、ウェディングドレスのお仕立てとお直しをしている。最近は環境問題への意識からか、ドレスのお直しやリメイクのご依頼が増えてきた。そのなかでも「お母さまのウェディングドレスのリメイク」は、わたしがもっとも大切にしている仕事のひとつだ。ときには母の、ときには娘の気持ちになりながら、大切なドレスを繕っている。
その日持ち込まれたのは、35年ほど前にハワイで挙式をされたお母さまのウェディングドレスだった。
35年前のドレスなのに、とてもきれいなことに驚く。きっと大切に大切に保管してこられたのだろう。
1980年代の、華やかでかわいらしいスタイルのウェディングドレスだ。1981年に結婚したダイアナ妃の「おとぎ話のようなウェディングドレス」や、当時のアイドルからの影響もみられる、フリルたっぷりのロマンティックなドレス。
スカートは段々フリルで、襟元にもボリュームのあるフリルがたっぷりと付いている。
じっさいにそのまま着てみていただいた。
サイズは驚くほどにぴったりだった。母娘というのは体型がとてもよく似るものなのだ。スカート丈は若干長いようなので、丈の長さは調整するとして、上半身のサイズは微調整でいけそうだ。
花嫁さまはまず、このフリフリをかなり気にされているようだった。かわいいけど、今の時代には少しおおげさな感じもするので、もう少しスッキリさせたいのだという。とくに前スカートの段のフリフリが大げさすぎて気になるとのことだ。
「でも、後ろ姿の段々フリルは『あり』な気がします」と花嫁さまはおっしゃった。「たしかにドレスの後ろ姿はボリュームがあってもいいかもしれませんね」と、わたしも答えた。
すると、花嫁さまはとても言いにくそうに、
「あの、ほんとうはあまりこのドレスを変えたくない気持ちもあるんです」
とおっしゃったのだ。
ドレスをリメイクしてほしいのに、あまり変えたくないって?
わたしは「ええっ!」と内心驚いた。リメイクしてほしいのに変えたくないって、いったいどういうことだろう…。
花嫁さまは続ける。
「なので、前のフリフリはスッキリさせて、後ろは変えずにリメイクすることって、できますか」
な、なんと。そうきたか。内心焦りつつも、瞬間的にわたしは考えをめぐらす。
このドレスは、スカートのうえからぐるっと一周フリルを縫い付けた形で段々スカートが構成されている。そのためフリルには前と後ろのつなぎがない。だから前と後ろをべつのスタイルでリメイクしようと思ったら、けっこうややこしいことになる。ふつうに考えたら「それは難しいですね」もしくは「できません」と答えるところだろう。
でも、そのときとっさにわたしから出てきた言葉は、
「たぶんできると思います」
というものだった。アホちゃうか。
このとき、どう直すかはまったく思いついていなかった。なのに口が勝手に動いたのだ。ふつうに考えてありえない。
ただ、このドレスがはるばる時間を超えてわたしのもとへやってきてくれた以上は、「こうなることが最初から決められていた」ようなドレスに仕上がることだけは確実にわかっていた。根拠のない確信というやつだ。
もしかするとその暴走する確信こそが、その仕事が「天職」であるかどうかの見極めポイントなのかもしれない。だとしたら、きっとドレスのリメイクはわたしの天職なのだろう。
あとはその確信を根拠のあるものにして、花嫁さまに安心してもらえばいいのだ。どちらにしてもいま花嫁さまは「変えたくない」と迷われているようだし、おそらくそこには何か理由があるはずだ。少し時間をかけてリメイクしたほうがよさそうな気がした。
そこで、わたしはこう聞いてみた。
「あまり変えないにしても、ここだけは確実に変えたい! と決まっている箇所はありますか?」
すると花嫁さまは、胸元のフリルだけは変えたいという。フリルの付け方を見てみると、「はさみ込み」ではなく「たたきつけ」といわれる方法でドレスに縫い付けてあった。これなら比較的簡単にフリルだけを取り外すことができる。
「では、とりあえずこのフリルを外してみますので、いちどそれを着てみてから考えましょうか。わたしも何かいい方法がないか考えておきますね」
そうしてわたしはこのドレスと、時間をかけて向き合うことになった。
まずは手を動かす
引き受けてしまったものの、前後で異なるデザインにリメイクするアイデアは一向に思いつかなかった。「変えたくないのに変えたい」「変えたいけど変えたくない」このなぞなぞみたいな問答、どうしたらいいんだ。
ところで、どんな仕事でも、勉強でもそうなのだが、いい案が思い浮かばないときは、まずは確実に手のつけられそうなところから着手するというのはとても大切なことだと思う。
だからまずわたしは、胸元のレースを外してみることにした。
レースをひっかけてやぶかないように、ひとめひとめほどいていく。
きれいにひとつながりになってほどくことができた。そして、この外したレースのフリルが、のちに素晴らしいはたらきをしてくれることになる。
前後のデザインがちがうリメイクをどうするか
そもそも、前後でスカートのデザインがちがうドレスってありなんだろうか、と思い、過去のファッション雑誌を図書館で調査してみることにした。調べたのはこのドレスがつくられたであろう1970年代〜80年代の、フランスの「L’OFFICIEL(ロフィシェル)」という雑誌だ。かつて洋服店でのお仕立てが当たり前だった時代、女性たちはロフィシェルなどの雑誌を参考にして、まちの仕立て屋さんへドレスをオーダーしていたのだ。
そのロフィシェルのなかに、前後でスカートのデザインの違うものがいくつかあった。
おお、これだ。それらを見ていると、後ろが段々フリルで前がフラットなのもデザイン的にはありだな、と思った。ここまで差をつけないにしても、全体の調和を考えれば決して不自然なものではない。まだ具体策は思いつかないないけど、なんか、いけそう。(「なんかいけそう」も仕事においては大事だ)
アトリエの壁に貼って、具体的なアイデアが降りてくるのを待つ。
もうひとつの課題
このリメイクにはもうひとつの課題があった。スタート丈の調整だ。通常スカート丈は裾で調整するが、このデザインは段々フリルなので、裾で直すとバランスがちょっと難しい。下の1段だけが急に短くなるのも変だし、かといって1段丸ごとなくすと短くなりすぎる。ううむ。
悩んだわたしは、お手伝いにきてくれているアシスタントのMちゃんに相談してみた。
すると、Mちゃんが言った。
「丈の調整をするときに1段目のフリルをとって、それぞれの段についてる端レースを外すだけでもだいぶスッキリするんじゃないですか?」
「そうだね、それいいかも」
「ああ、でも1段目のフリルの段取ったら、2段目のフリルの境目が見えておかしいですよね」
Mちゃんのそのことばに、今度はわたしがひらめいた。
「胸元から外したレースをリボンベルトにして、ウエストにつけたら境目を隠せるかも!」
はかってみたら、境目の段差と、フリルの幅、フリルの長さまでぴったりだった。あらかじめそうなることが決まっていたかのように、すべてが完璧に一致したのだ。
こうして、スカートは裾ではなくウエスト部分で丈を詰める。段々フリルは1段目を前だけ外す。境目の段差は、胸元のフリルからリボンベルトをつくって隠す。前スカートのフリルは端のレースを取る。ということに決まった。これなら、全体の印象を大きく変えずにリメイクすることができる。
「あまり変えずに、変える方法」が見つかったのだ。
やっぱり、じぶんひとりでできることには限界がある。口に出して、だれかに言って、いっしょに考えたときにはじめて、じぶんのなかから答えが出てくることもある。以前は何でもかんでもひとりで完璧にできないと、仕事としてホンモノじゃないような気がしていた。でもいまはちがう。ひとりだけではたどりつけない場所もあるっていうことを、いまのわたしは知っている。
ホンモノかどうか、ひとからどう見られているかよりも、いいドレスをつくることのほうが大切だ。
「あまり変えたくない」理由
その方向でドレスをリメイクすることは、花嫁さまにも納得してもらえた。
ところで試着や打ち合わせのなかで、花嫁さまが何回か口にされていたことばがある。ちなみに花嫁さまは広島のご出身で、関西に来てもなかなか広島弁が抜けないらしい。かわいい。(わたしも広島出身だけど、広島弁は広島にいるときにしか出ない。だいたい兵庫県と広島県の間の岡山県あたりでスイッチが切り変わる)
「お父さん、お母さんのドレスって気づいてくれるじゃろうか」
「お父さんわかるかねぇ」
花嫁さまはしきりにそんなことばを口にしていた。
そのことばに、んんっ? と思ったわたしは、花嫁さまに訊いてみた。
「もしかして、あんまり変えたくない理由って、お父さまがお母さまのドレスだってことに気がついてほしいからですか?」
「そうなんです。せっかくお母さんの思い出のドレスを着とるのに、お父さんが気づかんかったらお母さんがかわいそうじゃけえ。お父さん、あんまりそういうことに気づいてくれんのんですよ」
わかる気がする。わたしの広島の父もそういうタイプだ。
それにしても、なんて家族思いのかわいらしい理由なんだ。大好きなお母さんのドレスだってことを、お父さんに気がついてほしいだなんて。そんなの、キュンとするじゃないか。
「わかりました! あまり変えないように、変えてみせます!」
考えるよりも先に口走っていた。
リメイクの方針が決まったものの…
さて、リメイクの方針が決まると、あとは縫っていくだけだ。進めていくなかで、どんどんかわいくなっていくドレスに、花嫁さまの「夢と憧れ」がふわふわと開花してくるのを感じた。
今回に限らず、ドレスの形が見えはじめてから、いい意味でお客さまの「欲」のようなものが、湧き上がってくることがある。でもこれは決して悪いことではなくて、いい仕事ができている証拠だ。
花嫁さまの「夢と憧れ」は加速する。
「あの、ちょっと思い出したんですけど、ほんとうは母のドレスに決める前は、こういうデザインに憧れていたんです」
「襟の開きをスクエアに変更したいんです」
「後ろをふわふわのトレーンにするのを憧れていたんです」
「母がキラキラにしたらどう?って言ってて」
なんで今さら、と一瞬思ってしまってから、ハタと気がついた。
そうか、大好きなお母さまのウェディングドレスを着ると言うことは、彼女にとってはうれしいことであり、そこに後悔は1ミリもないのだけど、ほんとうは、小さい頃から「結婚式をするならこんなドレスが着てみたいな」という憧れもべつにあったのだ。
その「もともとの憧れ」が、あきらめきれずに花嫁さまのまわりをフワフワとただよっているのだろう。でも母のドレスを着るって決めた以上は、リメイクでそれが自由にできないことはわかってる。わかってるんだけど、もしかしたら…。と思っているのではないだろうか。なんと健気な。
「これはわたしがやらにゃあいけんね」
そのとき急に、わたしのなかに封印してきた広島弁が蘇ってきた。
「さいたらかもしれんけど、これも縁じゃけえ、わたしがやらにゃあいけんね。いいドレスになるけえ、まあみときんさい」(広島弁)
訳:「お節介かもしれないけど、これも縁なので、わたしがやるしかない。いいドレスになるから、見ておいてね」
よーし、こうなったら夢と憧れの、ぜんぶ盛りだ!
わたしのこころはカープのマツダスタジアムのように真っ赤に燃え、脳内にはしゃもじを打ち鳴らす音が響いていたのだった。(注:かつて広島の応援は木のしゃもじを打ち鳴らすことだった)
夢と憧れのぜんぶ盛り
襟元をスクエアに
デザイン的に、襟元をスクエアに変えてしまうのはちょっと難しい。でも丸い襟元の印象がスクエアみたいにできればよいのでは、とレースでスクエア風に縫い付けることにした。
1段目のフリルを外し、ベルトをつける
1段目のフリルを外し、段差はベルトで隠す。段々フリルのレースを前側だけ外したら、かなりスッキリした。
後ろのフリルは外さず、レースもそのままに。リボンベルトでキュッと。
キラキラのビーズ刺繍
レースにビーズ刺繍をしていく。5〜6種類のビーズを使用した。
だいぶキラキラしてきた。
before/ after
それでは、全体のbefore/afterをご覧いただこう。
フロントbefore
フロントafter
前のフリルはスッキリと。5段フリル→4段に。
胸元はスクエアでキラッキラに。
一見、あんまり変わっていないようだけど、じつは、いちどスカートと身頃をばらばらにしている。そして、夢と憧れをたっぷりと盛り込んでいる。
バックスタイルbefore
バックスタイルafter
バックスタイルも、リボン、キラキラ、ふわふわチュールぜんぶ盛り!
「全体の印象をあまり変えずに、花嫁さまの夢と憧れをぜんぶ詰めこんだドレス」が完成した。それは最初からこうなることが決まっていたかのように、完璧だった。
やりきった感!
ドレスの仕上がりに、花嫁さまはとてもよろこんでくださった。
結婚式当日でも、ドレスはとても好評で、花嫁さまが制作過程のムービーを作ってくださって会場で流されたところ、新婦さまのご家族やご親族はもちろんのこと、新郎さまのご親族まで感激してらしたらしい。よかった。
そして、気になるお父様の反応はというと…。
すぐにお母さまのドレスだとわかってくださったそうだ。
大成功!
技術的な理由ではなく、むしろそのほかの部分で、「これはきっと、ほかの誰でもなく、たぶんわたしにしかつくれないドレスなんだろうな」と思えるようなドレスに、ときどき出会うことがある。
どのドレスに出会うときも楽しいし、ワクワクする。たとえ作業が大変でも、ミシンの前に座るとなんかうれしい。
そして、「あらかじめこうなることが決まっていた」ドレスを、ちゃんと見つけることができる。
きっとそれが、天職ということなんだろう。
この記事が参加している募集
だれにたのまれたわけでもないのに、日本各地の布をめぐる研究の旅をしています。 いただいたサポートは、旅先のごはんやおやつ代にしてエッセイに書きます!