見出し画像

居場所は好きで作られる。そして居場所には続きがある。

コロナ以前、わたしは神戸の旧居留地にある古いビルのシェアアトリエを間借りしてドレスをつくっていた。

旧居留地とは、港町神戸にあるかつての外国人居住地のこと。リバプール出身のイギリス人技師が設計した街で、日本に返還された後も、商館や船舶会社など、多くの洋風のビルが建てられた。旧居留地はいまもその当時の趣を残した古いビルが立ち並ぶエリアだ。

神港ビルヂング、その向かいには旧居留地15番館

その旧居留地の海岸通沿いに、元英国銀行の古いビルがあって、そのビルを芸術家たちが改装して、2階と3階をカフェギャラリーとシェアアトリエにしていた。

元英国銀行のビル

わたしはそのギャラリーのシェアアトリエに、2012年7月から2020年2月まで入居していた。イギリス好きのわたしにとって、「元英国銀行のビル」というところも入居を決めた重要なポイントだった。

2階がカフェギャラリー、3階がアトリエ

毎年名前の変わる「ギャラリー」

そこがまあとにかく風変わりで。カフェギャラリーにはひとクセもふたクセもある変な大人たちが夜な夜な集まっていた。

ジュークボックスパソコン

置いてあるものも変だった。たぬきの置物や、ワニのはく製や動物の骨、ジュークボックスを改装してパソコンにしたものだとか、黒電話のスピーカー、古いレジスター、奇妙なランプ、謎の電化製品…。

古くて開け閉めがしにくい窓

そのギャラリーは名前も変わっていて、毎年4月に名前が変わっていくのだった。1年目は「ギャラリー1」、2年目は「ギャラリー2」、というように数字が増えていく。わたしは「ギャラリー1」から「ギャラリー9」まで居たことになる。

そのあと名前が「ギャラリー10」になったところで、コロナの影響でそこは惜しまれつつ閉廊してしまった。

わたしは間借りの居候的なスタンスで、付かず離れず、ゆるい感じでその場所にいさせてもらった。そこに漂う自由で風変わりな空気がものすごく居心地がよかった。とにかく息がしやすかった。居候という立場だったけど、8年間、そこはわたしの居場所だったんだと思う。

アトリエの扉

2月末にアトリエを出て、自宅で仕事をするようになった。というより、そのあとすぐにコロナ渦に突入したので、わたしだけじゃなくて世界中のひとが家にいることになった。結婚式が行われなくなって、ウェディングドレスをつくるわたしの仕事もなくなった。

でも不思議とリメイクの仕事はなくならず、ほそぼそと自宅でドレスのお直しをしていた。けれども世の中が徐々にもとに戻ってきて結婚式も行われるようになると、それと比例するように仕事が忙しくなってきた。そうなると自宅ではどうにも間に合わなくなり、いまは別の場所に小さな仕事場を借りている。ミシンとトルソーと作業台だけの、小さな小さなアトリエだ。

仮縫いドレス

ときどきアシスタントさんが作業を手伝いに来てくれるけど、基本的にはそこにこもりきりで、ずっとひとりきりで仕事をしている。仕事仲間やお客さま以外のひとに会うことも少なくなった。かつて旧居留地のアトリエにいたときによくお会いしていたひとたちや、ほぼ毎日のように顔を合わせていたギャラリースタッフにも、会うことはなくなった。みんなそれぞれの場所で、それぞれの活動をしている。いまはその動向をSNSでなんとなく知るくらいだ。

GUSSA STUDIO & GALLERYへ

最近、かつてのギャラリースタッフの八木さんが、作品の展示会を神戸のとあるスペースでするという投稿が、Instagramにあがっていた。

八木さんは芸術家で、ギャラリーに置いてあった「変なものたち」をつくっていた張本人だ。ジュークボックスを改良したパソコンも八木さんがつくった。

ジュークボックスパソコン

文系のわたしには何度説明されてもその仕組みがさっぱりわからないのだけど、パソコンが内蔵されていて、ジュークボックスのボタンと繋がっていて、メールも打てるし、YouTubeも再生できる。

たしか基盤だか配線図みたいなものをアトリエで書いていたことを覚えている。いかにもややこしそうなものをつくりながら、「めっちゃムズいんですよ」といつもニヤニヤしていた。他にも、iPhoneをつなげて電話をスピーカーフォンに改良したり、蛇口やいろいろなものを照明器具にしたり、若干マッドサイエンティスト(エンジニア)風味な作品が特徴。

そんな八木さんの個展。投稿されていたのはすごくいい感じそうな場所。この場所は絶対にわたしも好きに違いないと確信して向かう。


その場所の名前は「GUSSA STUDIO & GALLERY」

看板を目印に、何かの倉庫か工場のような階段を登る。

階段を登った先には、おしゃれなアンティークショップがあった。

ショップの奥には小さなミニキッチンもあった。かつての「ギャラリー」のキッチンに、少し雰囲気が似ている気がする。

奥に進むと、別の部屋が現れる。わりとゆったりとしたスペースにソファがあって、作品や謎のオブジェや古いものたちが置かれていた。

探偵の住居兼事務所っぽい感じ(妄想がはじまる)

ソファに寝転がった男性が、なかにどうぞ〜と言ってくれる。自由やな。でも嫌いじゃない。それにこういう感じには慣れている。「ギャラリー」にいたときも、朝早くアトリエにいったら、夜通し作品を作っていたスタッフがソファーに寝ていたことがあったもの。

ソファのすぐ横に、下に降りる階段が現れた。さらに奥にいける階段があるなんて、秘密基地みたい。ダンジョンじゃん。わくわくしながら、カンカンと鉄製の階段を降りる。

探偵事務所には地下に秘密の隠し部屋が。(妄想1)
探偵事務所にはいつも奇妙な依頼が持ち込まれる(妄想2)

降りたところが、メインのギャラリースペースだった。

探偵の相棒は謎のマッドサイエンティスト。密かにその発明で世界征服をもくろんでいたのだが、探偵にそそのかされ捜査に協力するはめに。(妄想3)

か、かっこいい。

在廊していた八木さんに、「これ、八木さんの作品?」と聞いてみた。以前ギャラリーにいた時にも、古いテレビで何かしら作っていたから。

かつてのギャラリーのアトリエには八木さんの作りかけのものたちが

違うのだという。別の作家さんの作品だと。それでわかったのだけど、どうやら今回の展示は八木さんの個展じゃなくて、他の作家さんとの3人展のようだった。そういうことか。それにしても、よくこんな「考えている方向性が同じ」作家さんと出会えたものだね。それにこの場所…。

iPhoneを繋げて音楽も聞ける電話のスピーカー。もちろん、電話としても使える。探偵の調査の依頼も電話を通してやってくる。 (妄想4)
電話のスピーカーたち。問題は、調査依頼の電話があったとき、どの電話が鳴っているのかわからないこと。(妄想5)

この場所、そのまんま、かつてのギャラリーのようだった。

懐かしいジュークボックスパソコンも、黒電話のスピーカーも、簡単には開け閉めできなさそうな窓も。そしてそこに集まってくるひとたちの雰囲気も。

新しい場所にすっかり馴染んでいるジュークボックスパソコン

ギャラリーのアトリエにいたとき、8年間ほぼ毎日のように見ていたジュークボックスパソコンが、新しいこの場所にしっくりと馴染んでいる。

かつての「ギャラリー」

ジュークボックスも、電話たちも、照明たちもあまりにもその空間にぴったりで、何の違和感もなく在るべきところにすべてが収まっていた。わたしはギャラリーを思い出して、ちょっと泣きそうになった。

そう思っていたのはわたしだけじゃなくて、八木さんも「あのビルと同じ匂いがする」と言っていたし、展示を見に来た「ギャラリー」によく来ていた子も、ギャラリーを思い出して懐かしんでいたようだった。

八木さんはある芸術祭での芸術家同士の出会いから、作品の傾向や、乗っている車や、好きな感じが共通していることをきっかけに意気投合し、この場所にたどり着いたようだった。

好きを辿っていくと、居場所に出会えるんだ。

依頼の電話は、少女からのものだった。名前はアリス(妄想6)

あまりの懐かしさに、すっかりソバーキュリアス(お酒は好きだけど、あえて飲まない)になっていたわたしが、すすめられるままに赤ワインをいただいてしまった。たぶん、この場所の雰囲気に酔っていたのだと思う。

集まっている人たちの雰囲気もまるでかつての「ギャラリー」のようで、こうして赤ワインをいただいていると、ギャラリーの周年パーティを思い出すのだった。ああこの感じ、懐かしすぎる。泣く。

久しぶりに赤ワインを飲んだら、ふわふわした。そしてふわふわした頭でわたしは考えていた。こんなこともあるんだな、と。

たとえ大切に思っていた居場所がなくなってしまっても、みんながそれぞれ好きなことをぎゅっと大事に抱えて続けていると、同じようなものが好きなひとたちが自然と集まって、場をつくっていく。そう、以前も書いたけど、居場所は「好き」でつくられる。そして、その居場所には続きがある。


屋根裏部屋で

最初の部屋のとなり、少し階段を登った先に、屋根裏部屋のような部屋もあった。イメージががらりと変わる。オーナーさんによるとパリの屋根裏部屋を意識したお部屋だそうだ。

依頼が解決してからも、アリスはしょっちゅう探偵事務所に遊びに来るようになった(妄想7)
そうして、屋根裏部屋の一室を勝手に自分好みの部屋に変えてしまった。(妄想8)
早く大人になりたい、とアリスは言う。「だってそうしたら…」(妄想9)

ここ、お支度部屋にぴったり。この場所でドレスの撮影ができたらすごくいいかも。

この場所のオーナーさんに、わたしがドレスのリメイクをやっていることを話すと、とても共感してもらえた。みんな何かしら古いものを愛し、補修と再生によって作品をつくりだしているからだろう。

そして、仕事のうえでも何か面白いことが始まりそうな予感がした。そうだった。もともとわたしの仕事も、そうやってつながって来たんだった。

もう十数年も前のこと、好きな雰囲気のヴィンテージショップに出入りして、そこで仲良くなったスタッフさんのワンピースのお直しをした。それがきっかけとなって、そのお店ではじめてのウェディングドレス展をさせてもらった。そして、展示会のフライヤーを「自分が好きな感じのヴィンテージ店」に置かせてもらったりして、人脈をつなげていったのだ。

最初にお母さまのウェディングドレスをリメイクさせてもらったのも、そのヴィンテージショップのスタッフさんだった。そこから、わたしのリメイク人生は始まった。

あのビルの「ギャラリー」に出会ったのも、その頃つながった作家さんからの情報だった。「たぶんタケチさんがものすごく好きそうなとこでシェアアトリエ貸してますよ」と教えてもらった。調べてみたら、元英国銀行のビルだった。その時点で、すでに心は決まっていた。わたしはイギリスが大好きだから。なんでって言われてもよくわからない。イギリスに関わることぜんぶが好きだし、イギリス英語を聴いているだけでワクワクする。それが恋というものなのかもしれない。

そうそう、イギリスといえば余談だけど、この八木さんの展示のことと、「GUSSA STUDIO & GALLERY」の写真をSNSにあげたら、イギリス人の知人友人や、イギリス関連のひとからのリアクションが多かった。この場所には何かイギリス好きのひとが心惹かれるものがあるのかも。

自分の好きをたどって、つなげていくと、きっとそこに居場所ができる。

GUSSA STUDIO & GALLERY
652-0801
兵庫県神戸市兵庫区中道通7-4-5


まとめ

そうそう、毎年数字が増えていくギャラリー。ギャラリーがなくなってもかつてのスタッフが名前の更新をしてくれていて、いまも数字が増え続けているらしい。なんと今年の4月に「ギャラリー12」になったんだって。

いつか、ギャラリー35くらいになって、35周年パーティができたら面白いな、と思った。長生きしとこう。


好きに向かっていれば、居場所は続く。

居場所は好きでつくられ、そしてその居場所には続きがあるのだ。


「急いで大人にならなくていいんだよ」探偵は言う。「君の居場所は続くから」(妄想おわり)



▼関連note


だれにたのまれたわけでもないのに、日本各地の布をめぐる研究の旅をしています。 いただいたサポートは、旅先のごはんやおやつ代にしてエッセイに書きます!