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2020年の今こそ、ママカーストを考える・桐野夏生「ハピネス」

ママ友地獄、ママカースト。
子を持つ女同士の争いにフォーカスしたドラマや小説が量産された時期がある。2011年頃から2017年くらいまでだろうか。
TVドラマ「名前をなくした女神」(2011年)、「マザー・ゲーム」(2016年)、「砂の塔」(2017年)、そして桐野夏生による小説「ハピネス」(2013年)。

生々しくもたくましい女の業をカウンターパンチで食らわせる、桐野夏生である。

あー2013年てこんなだったな

湾岸地域、タワマン、元キャビンアテンダント、一斉メール、と2013年感満載のワードがちりばめられたこの小説、しかし2020年の今でもまったく気にならず読み進められる。さすがストーリーテラー夏生。

むしろ時が経った今だからこそ、ちょっと距離を置いて純粋に読み物として楽しめる感がある。

もし私が、2013年に小さな子供を持つ母親で、しかもこの小説をリアルタイムで読んでいたらもう、不安で不安で仕方なかっただろう。
え?ママ友ってこんななの?夫の年収や職業どころか、マンションの階層、分譲か賃貸か、美人かそうじゃないかで差別されて?グループ内で不倫するの?見栄と打算の人間関係の中で子育てしないといけないなんて、ママ友怖すぎる・・・私無理!と。

しかし今は2020年。
4人の母親たちが全員専業主婦(そして働く母親を蔑む)という設定などに時代性がなくなったからこそ、リアル感がちょっと薄れてフィクション度が増すので苦しくなることはない。

誰もが善人の顔と悪人の顔を持っている

そしてさすがのストーリーテラー夏生(2回目)。

人物描写にはリアル感満載で、あーわかるーいるわこういう人、と自然にイメージが湧いてくる。

主人公のママ友の一人である洋子は、下町(門仲)育ちの美人ではっきりものを言い、元ヤン感ありつつも実家が寿司屋のチェーン展開をしており裕福。
ってこの設定だけ聞いたらちゃきちゃき江戸っ子感出しそうなところ。でも彼女はママ友の夫と不倫して悦に入り、別れを切り出されたらヒステリー起こす湿度の高い女で、基本的に自分のことしか考えていない。自サバ女子でもない。
そしてボスである「いぶママ」。完璧なファッションセンスと美貌を持ち、夫の社会的地位と年収も高いリーダー格のママ友だが、この設定だと主人公を虐めるいじわるな人物として描写されがち。
しかし彼女は周囲をまとめるリーダーシップと気遣いもあるし、見栄はとんでもなく張っているんだけれども、努力してきたんだろうなあ、と思わせる。まあ、単純に嫌なやつじゃない。

現実では、完璧な悪人も善人もいなくて、ひとりの人間の中に、善い部分と悪い部分が同居している。

そういう、善い部分と悪い部分を同居させるリアルな人物描写が本当に素晴らしく、グイグイ引き込まれる。

この小説、雑誌『VERY』(子持ち主婦向けファッション誌)で連載していた。
今でこそ共働きのママが積極的に紙面に出てくるVERYだが、当時のVERYこそ、ハピネスの世界観を生きていた。
当時のVERY読者を最大級にディスった小説を連載するとは、VERY編集部は懐が深い・・・というより読者に対してドSだ。
もう一度言うけれど、リアルタイムで読んだら不安になるって。

現実のほうが息苦しいから

2020年の今、世の母親たちがどれほど厳しい環境にあるか少しずつ認識が広まり、母親に無理を強いるのはおかしいんじゃないか、という空気も出てきた。
「年齢を感じさせない」「ママに見えない」が最大級の賛辞で、ストイックな中年女性の美を競う「美魔女コンテスト」第1回が開催されたのが2010年。一般社会にも浸透した美魔女コンテストは、しかし2019年で終わりを迎えた。

たぶん、「見栄を張らずに無理しない」のが今っぽい。だってもうがんばれない。非の打ちどころのない母親像って息が詰まるし、嘘くさくて共感もあこがれも持てない、というのが今の空気だ。
そんな中でめちゃくちゃ無理して見栄を張っている「ハピネス」を読むと、たった7年で隔世の感があるが、無理をしているから破綻するよね、という真理を突いた小説でもある。

さて、本当にサクサク読めて読後感も意外にさわやかだ。
著者の「OUT」みたいに風呂場でぎこぎこ夫を解体したりしない。子供が残酷な目に遭うこともない。

これで終わってもまあ満足だが、続編「ロンリネス」についてはまた後日。




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