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工作がひらく笑顔の社会|佐藤蕗『”魔法の手作りおもちゃ”レシピ』

子どもがなかなかお風呂に入りたがらない。それはある年齢に達した子どもをめぐる風物詩なんでしょう。長女は2~3歳のころがそうでした。そして次女がその年齢に達し、やはり目下、姉のお風呂ストライキ作法を見事に継承しています。

とはいえ入ってくれないと困るし、手をこまねいているうちに、だんだん睡魔が忍び寄り、余計に入りたくなくなり、さらに言うこともきかない底なし沼に。「お風呂入ろうよ~」から次第に「はやくお風呂入りなさい!」と語気が強まったところで逆効果。そんでもって、ようやく上手く口車に乗せて風呂に入らせたら入らせたで、今度は出たがらないってオチ付きで。

「はやくお風呂に入りなさい!」という命令は頑なに拒否。そんな折り、わが家に救世主として現れたのが「おふろシール」でした。たとえばこんなの(図1)。

図1 おふろシール

「お風呂」の「お」の字も口にせず、おもむろに「あれ!?コんガらガっち、ペタりんこするんだったっけ!?」と問いかけると効果テキメンなのは見ててホント面白い。命令を「受ける」んじゃなくって役割を「担う」ことでこんなに前向きに行動できるんだなぁ、と。

これが成長に伴って役割を担うよりも、むしろ(イヤだったはずの)命令を受けたい(しかも失敗しないように細かな指示付きで)へ変化してしまったりもする。人間って不思議です。

魔法の手作りおもちゃレシピ

話が脱線しましたが(というかもとより線路に乗ってませんが)、この「おふろシール」の元ネタは、おもちゃ作家・イラストレーターなどの肩書きを持つ佐藤蕗さん。

たまたまネットで「おふろシール」に巡り会って、試しにつくったところ効果テキメン。さっそく他のおもちゃレシピも掲載された著書『親子で笑顔になれる 魔法の手作りおもちゃレシピ』(宝島社、2014)も購入した次第。

同書には0~1歳児のおもちゃ、2歳児のおもちゃ、3歳児のおもちゃ、といった章構成で、年齢に応じたたくさんのおもちゃが紹介されています。「おふろシール」は2歳児のおもちゃに掲載。

著書からは佐藤さんの「おもちゃ作家」としての顔が印象付けられるのですが、掲載されてるたくさんのおもちゃたちは、実は佐藤さんご自身の子育てのなかで生み出されたものだそう。

私は育児をしていて困ったときや行き詰まったとき、自分のつくったおもちゃに何度となく救われ、笑顔をもらってきました。このおもちゃ作りのノウハウは私の手元だけに置いておくのはもったいない、と感じています。簡単に作ったおもちゃで、簡単に子どもが笑ってくれたら、日々がちょっと楽しくなるかもしれません。私が会ったことのないどこかの子どもや保護者の方が、私のおもちゃで笑ってくれたら、とても幸せです。
(はじめに)

子育てでの創意工夫が佐藤さんを「おもちゃ作家」にしたのでした。文中にでてくる「簡単に作ったおもちゃで、簡単に子どもが笑ってくれたら」というのが、この本、というか佐藤さんの作るおもちゃの大きな特徴を表しているかと思います。どのおもちゃも、工作魂や絵心がなくっても、案外と簡単にできるものばかりなのです。

実際、おもちゃを作ることはあれこれと手間がかかります。また、慣れてない人にとっては上手くいかないこともあるし、出来あがったものがありゃりゃんこりゃりゃんな仕上がりになってしまうことも多々あるかと。しかも、子育てしながらの制作は、ワンパク怪獣からの襲撃におびえつつの作業となります(子育て時の格闘あれこれは、文中のコラムにもあれこれ記されています)。

だからこそ、簡単に作れることが大事。工作好きな人もそうでない人も、簡単に作れる。しかも、多少不細工になったとしても違和感の少ない仕様であること。さらに、材料が手に入りやすく、できれば子育て家庭に転がってるもの。これは簡単に作れると同時に、安価にできるにもつながります。案外と、そんなプロトタイプをつくるのは技術が必要。

子ども向けおもちゃの工作本には類書がたくさんありますが、多くは工作好きな著者が熟練の技をつかって仕上げた魅力的な「作品」が多い。でも、佐藤さんの本は、手間を掛けづらいときでも簡単にでき、みんながマネできることが重視されていることが大きな魅力だと思うのです。

観察から始める/プロセスを重視する

あと、先に引用した「簡単に作ったおもちゃで…」は、その後に続く「子どもが笑ってくれたら日々がちょっと楽しくなるかもしれません」も、佐藤さんらしい着眼点だと思います。おもちゃを作ることは「手段」だということ。大事なのはそのおもちゃで、親子にどんな変化が起きるのか。おもちゃの効果を重視した姿勢がそこにはうかがえます。

そんなおもちゃをつくる佐藤さんが、制作に際して最初にはじめるのが「息子の様子を観察すること」。たとえば、0~1歳代のおもちゃは、息子の「習性」から着想したと言います。

赤ちゃんは、誰も教えてなのに少しずつ手を動かし始め、そのうちものをつかむことを覚え、引っ張り始める。つかみたい、引っ張りたい、たたいてみたい。よく見ていると、それが十分にできるようになったら、次のブームが始まります。ということは、これは、練習なのだな、と思うようになりました。だから思う存分にやらせてあげたい。でも、好きなようにさせておくにも限界がある。それなら、おもちゃにしてしまおう。
(コラム:0~1歳のころ)

この観察からおもちゃの着想に至るプロセスは「魔の2歳児」になってもフル活用されます。

初めて経験する子どもの癇癪に手を焼きながら、「転んでもただでは起きない」の精神でおもちゃを作り続けていました。「悩みが発生したら、新作おもちゃを作ることができる」と考え方を変えて、ぎゃあぎゃあと癇癪を起こされても、「くそう……、この課題をどんなおもちゃにしてやろうか」と頭の隅でシミュレーションをしていました。
(コラム:2歳のころ)

イヤイヤ期の格闘のなかで生み出された数多のおもちゃの一つが、あの「おふろシール」なのでした。ありがとうございます。それでわが家も随分救われました。この佐藤さんの子育てとおもちゃ作りに対するスタンスを、さっき「おもちゃを作ることは「手段」だ」と書きましたが、佐藤さんはこう言います。

イヤイヤ期間中の制作は、作る過程で、私はこの子にどう接していくか、ということを必死に考えながら作っていました。私にとっては出来上がったおもちゃよりも、そのプロセスが大事だったように感じます。
(コラム:2歳のころ)

こうした姿勢でつくられた「魔の2歳児」期のおもちゃを佐藤さんは「問題対策おもちゃ」と名付けています。なるほど、問題解決か。

おもちゃを「作品」にしない姿勢のルーツ

3歳になるとまた違ったステージに入ると言います。「親が一方的におもちゃを作って与える」という時期は過ぎた。そう感じた佐藤さんは、「いかに子どもと一緒に日常生活の中で遊ぶか」に軸足が移っていったのでした。

親の世界観を押しつけないこと。「私の世界で私が作ったものを与え続けると、せっかく芽生えだした息子の世界観が育っていく過程で、邪魔をするかもしれないな、という危惧があった」のだと。つづいてこう書きます。

ということで、「おもちゃ」の出番はぐんと減りました。私の遊び方のアイデアの基本は、日常に既にあるものや当たり前の事柄にフォーカスして、見方を変えることで遊ぶ、というものです。これがとても楽しくて、作品としては非常に地味なのですが、子ども自身にも考える余白が残っていますし、大人である私にも新しい発見がある、やりがいのある作業です。
(コラム:3歳になってから)

子どもの成長にあわせて、どんな働きかけができるかを柔軟に変化させていく佐藤さん。こうした子どもへの向き合いかたが、手作りおもちゃを「作品」にしないスタンスに直結しているのでしょう。往々にして工作魂が強いと、こんなにスゴイおもちゃを子どものために作りましたヨみたいになりがちです。そんな路線ではない理由は?ご実家も遠く育児協力を得づらいなか、作り込む余裕がなかったから?

佐藤さんのご両親も工作好きだったそう。「幼いころから工作ばかり」していて、「生活の中で手作りするのが当たり前」だったといいます。だとすると「作品」路線に走る余地は十分にあったはず。でも、「簡単に作ったおもちゃで、簡単に子どもが笑ってくれたら」と願い、「出来上がったおもちゃよりも、そのプロセスが大事」と考える姿勢に至ったのはどんな要因によるのでしょう?

そんな問いを受けて、いつものカングリー精神をはたらかせると、その答えは、佐藤さんが多摩美環境デザイン卒で、出産・育児の前まで建築士の有資格者として建築設計の仕事をしていたからでは中廊下と思うのです。

多摩美術大学卒業後 店舗設計会社、建築設計事務所勤務を経て、第一子出産を機にフリーランスに。育児をしながら作っていたおもちゃが反響を呼び、デザイナー、イラストレーターの活動のかたわら、造形作家として、雑誌、web、テレビで活躍中。不定期でワークショップも行う。
(佐藤蕗HP、自己紹介)

おもちゃを介して起こる体験や時間を大切にする佐藤さんのおもちゃ作り。その背後に店舗設計、建築設計という仕事があると思うと、いろいろと「なるほどなぁ」と感じることが多々あります。

かつては作ったおもちゃを与えていた佐藤さんも、子どもの成長に伴って一緒に遊ぶ仕掛けづくりへとシフト。その頃には子ども自身が工作するようになっていきました。次第に、親のつくったおもちゃにダメ出しするようにもなり、それがもとで喧嘩も発生(笑)。

何度かそんな喧嘩をした末に、最近ようやくコツをつかんだのですが、最後の仕上げや、肝心な工程を息子にやってもらうと、満足して気に入るようです。また、最初に痛烈な批判をしたものの、数週間後に勝手に遊び出すことも。
(コラム:3歳になってから)

こんな一文も、なんか建築からの連想で読んでみたくなります。佐藤さんは言います。「息子がいることで、私には『格好のお題』がいる、という感覚です」と。

アイデア共有が育む新しい価値観

『親子で笑顔になれる魔法の手作りおもちゃレシピ』が出版された翌年夏、小冊子『簡単に作れる、手作りおもちゃ:水あそび本2015 SUMMER』が出ました。こちらは前著が「これ以上書けないくらいに、細かく作り方を書きました」という触れ込みだったのとは違って、最小限の説明に抑えられています。

それは、「必要以上に説明しない」というコンセプトである以上に、掲載写真とポンチ絵を見ると、おおよその作り方や遊び方がわかるというシンプルさにも起因しているかと思います。最大限のパフォーマンスを発揮する最小限のプロトタイプ。アイデアを共有して、たくさんの親子が笑えるためには、そんなシンプルさがとっても重要ではないでしょうか。

さて、書籍出版時、4歳前だった息子さんも、今では立派な小学生になっています(あと、余談ですが佐藤さんのお連れ合いはアートディレクター・プランナーの佐藤ねじさん)。あとがきがわりのコラム「4歳以降のこれから」にはこう書いています。

これからも、一緒に工作をする、一緒にあそぶ、ということは続けたいけれども、どんどん親離れしていって、そのうちそんな機会も減ると思うので、そろそろ子どものおもちゃ以外の作品も作っていきたいと思っています。
(コラム:4歳以降のこれから)

また、第二子がご誕生されたようで、ふたたび0歳からの子育てをスタートし、手作りおもちゃもまた第二期となっている模様。かつての観察とは違う切り口で新しい手作りおもちゃが生み出されていくことでしょう。

あわせて、佐藤さんは活動のフィールドを拡張して今に至ります。公式HPの経歴・実績欄には、おもちゃ作りのワークショップ講師、web・雑誌・新聞に掲載するためのおもちゃの製作・執筆、イラスト作成、おもちゃなどの商品のプロトタイプ製作、アート作品の立体造形製作、商品の企画・開発・監修、マシン刺繍を使ったデザインやクリエイティブのご相談、といったように多彩なラインナップになってます。

「おもちゃ作りのノウハウは私の手元だけに置いておくのはもったいない」からはじまったアイデアの共有は、いろんな形に広がりつつあります。わたしが「おふろシール」を真似て(というかさらに手間を省いて)つくったように、TwitterやInstagramで検索すると佐藤さんのレシピに触発された全国津々浦々の子育て世帯で、手作りおもちゃが活用されていることがわかります。

わが家でも、「お風呂シール」から派生して、もっと手間を省いたり(図2)、別物へと変化したり(図3)。。。

図2 手抜き版・おふろシール

図3 さかな釣りセット

残念ながら『親子で笑顔になれる魔法の手作りおもちゃレシピ』は品切れ状態で、Amazonでも中古本が定価より高く販売されています。電子書籍やオンデマンドでもいいから手に入るようにしてほしいなぁ、とも思いましたが「いやいや、待てよ」とも思います。

その名もまんま「佐藤蕗」と題した公式サイトに行くと、書籍には掲載されていない4歳代以降を対象としたおもちゃが、年齢別・ジャンル別(お風呂・水遊びのおもちゃ、作り方のあるおもちゃ、問題解決型おもちゃ、こども服系)に分類されて、写真や動画、簡単な解説で公開されています。

なるべく簡単で、しかも安価で、でも仕上がりがいいカンジな工作をレシピ公開している。なんかこれって、モクチンレシピでは。。。

小冊子『簡単に作れる、手作りおもちゃ』で辿り着いた「どうやればアイデアが広く共有されるか=こと細かく説明しない」という境地からすると、この公式サイトが書籍の役割を十二分に補っているというか、むしろその発展形なのだと気づくのです(まぁ、私のようなオッサンとしては書籍という形が欲しかったりしますが)。

親と子の関係をより豊かにする設計。その先にはライフスタイルや社会にも波及していく可能性を秘めています。新しい価値観を「おもちゃ作り」から生み出す試み。佐藤さんの手作りおもちゃ論には、そのためのたくさんのヒントと希望が込められているのです。

子どもには幸せにたくましく、生きる力を育んで育ってほしいと思うけれども、それは子ども自身の人生です。おもちゃを作ることや、遊び方を考えることで、「考えること」「工夫すること」の楽しさを知ってくれたら、どんな分野に進んでも役に立つかな、と期待しています。
(コラム:4歳以降のこれから)

(おわり)

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