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僕が北アイルランドの森で死にかけた話(前編)

2017年1月中頃、僕は北アイルランドの北の外れにいました。

この辺です。

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ただでさえ「北アイルランド」なんて名前なのに、さらにその一番北だなんて、まさにキングオブ「北」です。

なんでそんな所にいたかというと、そこにどうしても見てみたいものがあったから。

それは、8kmにもわたる海岸線を六角形の石柱奇岩群が覆いつくす特異な景観の世界自然遺産。
その名も「ジャイアンツ・コーズウェイ(巨人の石道)」。

ただ、世界遺産とはいえ北の外れの海岸にあるので、個人で行くにはアクセスが少しややこしく、車を持たない大半の観光客は首都の「ベルファスト」という町からツアーで向かうよう。

でも僕はどうしてもこういう類の団体ツアーがあまり得意ではなく、結局いつも多少無理してでも一人で行ってしまいます。

いや、別に「人と群れない俺、イケてる」とか、そういうカッコつけたこと考えてるわけじゃなくて、ただ単純にツアーで行くと、時間と行動範囲が限られてしまうので、自分が満足いくまで思う存分写真が撮れないっていうのが一番大きな理由です。

そして今回も例に漏れずそういった理由で、やはりツアーではなく自分個人で「ジャイアンツ・コーズウェイ」に行くことにしました。

ただ、せっかく時間に制限のない個人で行くなら、近くに数泊して色んな時間帯のジャイアンツ・コーズウェイを撮りたいんですが、如何せんさっきも言ったようにここはアクセスのややこしい北の外れ、そもそもそんな場所に宿があるわけありませ…

ありました。(あっさり)
一軒だけだけど、ジャイアンツ・コーズウェイのすぐ近くにぽつんとホステルが建っていました。
名前は「Finn McCool's Hostel」。


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周りにはお店もレストランも何にもありません。
日用品の買い出しに行くのですら、近くの町まで40分かけて歩くか、たまーに通るバスに乗らなければいけません。
まさにジャイアンツ・コーズウェイに行くためだけの僻地ホステル。

もちろん僕はここに泊ったんですが、そこから今回のお話は始まります。


1月なんていう閑散期だったからか、そもそも交通の便が悪すぎるからか、この時このホステルにはお客はたった僕一人、スタッフも一人。

そのスタッフは30代中頃の北アイルランド人男性。
名前は忘れたので仮に「ボブ」としておきます。(なぜに、ボブ)

到着初日、お昼すぎにホステルに着いた僕はボブに色々質問しました。
ジャイアンツ・コーズウェイのこととか、一番近くの町への行き方とか。

その時ふと、レセプションのテーブルの脇に飾ってあった小さな写真が僕の目に留まりました。

それはうっそうとした不気味な森の写真。
くねくねとした太い枝が幾層にも重なりあう木々の中を一本の道が奥まで伸びており、なんだか現実世界ではないような、まるでCGで作った映画の世界のような写真です。

このなんとも言えない独特な雰囲気の写真がとても気になった僕は、話をさえぎってボブに質問しました。

「ちょっと待って。この写真、なに?」

「ん?…あ、これは、ここから少し離れた場所にある森の写真だよ。」

「え、え、この辺の写真?本物なの?」

「そうだよ、行けば見れる。行きたいの?」

「わ!わ!行きたい!行きたい!どうやって行くの?」

「うーん、ここから20Kmぐらいだから車ならすぐだけど、車で来てないでしょ?」

「バスは?バスは出てないの?」

「バスはあそこは通ってないね。」

「じゃ、じゃあ、ここからツアーとかは?」

「この時期ツアーなんてない。」

「・・・・・。」


まさか、こんな独特な写真がこの周辺にある場所のリアル写真だとは思っていなかった僕は、行ってみたいという気持ちが一気に高ぶり、矢継ぎ早に質問したけど、どうも車以外で行く方法は無さそう。

一瞬、歩いて行ってやろうかとも思ったけど、往復40Kmじゃあまりにも大変だし、そもそも時間がかかりすぎてあちらに滞在する時間がほとんどなくなります。

一応聞いてみましょうか?

「あ、歩いては行けないかな?」

「無理だね。行けたとしても、もし暗くなったら街灯も何もないし、車が通る細い道しかないから危険だよ。」

ほらね…。


というわけで、めちゃくちゃ気になるスポットの存在をただ知っただけで実際はどうしようもできない、という軽いイジメのような出来事を経て、とにかくこの日僕はそもそもの目的であった「ジャイアンツ・コーズウェイ」を見に行くことに。

ホステルからジャイアンツ・コーズウェイまでは約30分ほど。
アイリッシュ海沿いの崖道を歩いて向かいます。

ただ、この日はあいにくの曇り空。
到着したはいいけど、はっきり言って写真撮影に適した日とは言えませんでした。

でも、せっかくなんでこの日何とか頑張って撮った「ジャイアンツ・コーズウェイ」の写真を一枚だけ。


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これは太古の火山活動によってできた地形。
よく見てもらったら分かると思うけど、6角形の石柱が無数に重なり特殊な景観を作っており、こういう地形がこの周辺8kmにも及んでいます。

ほー、ほー、ほー。


…さあ、とりあえず今日はこれでいいとして、明日以降天気の良い日を狙って、またここをガッツリ訪れましょう。


でも、この時の僕はもちろん知る由もありませんでした。
結局僕がこの後再びジャイアンツ・コーズウェイを訪れることはなく、この日が最初で最後の写真撮影になってしまったということを…。

(はい、ここでおどろおどろしいBGMスタート。)



次の日。

この日は、幸いにも朝から天気が良く絶好の撮影日和。
ホステルのリビングの窓ガラスから外の好天を確認した僕は、上機嫌で紅茶なんかを飲みながら、さあ今日こそ一日頑張ってジャイアンツ・コーズウェイのカッコいい写真を撮るぞと気持ちを高ぶらせていました。

そして午前10時過ぎ、カメラやレンズなど準備を全て終えた僕は、レセプションにいたボブに「ジャイアンツ・コーズウェイ行ってくるよ!」と元気よく声をかけ、意気揚々とFinn McCool's Hostelを出発したのです。

…と、ここまではいいんです。
でも玄関を出てすぐ、僕はふとホステルの外壁に「BICYCLE HIRE(レンタル自転車)」っていう看板がかかっているのを見つけてしまいます。

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…ん??BICYCLE HIRE?
え?ここって自転車借りれるの?
知らんかった!

自転車借りれるってことは…。
確か、昨日写真で見たあの森は、ここから約20Km…。
じゃあ、片道1時間半ぐらい…?
い、いける…!!

わー!!


これが全ての始まりになってしまいました。


今から向かうはずだったジャイアンツ・コーズウェイのことなど一気に忘れ、一瞬で頭の中があの森の事でいっぱいになってしまった単細胞の僕は、すぐに踵を返し玄関に逆戻り。
ホステルに入るや否や、顔を紅潮させたままボブにまくしたてます。


「えっと、えっと、ここってレンタルバイクやってるの!?一日いくら?」

「え?」

「あの外の看板に書いてるやつ!いくらでもいいから、今すぐ貸して!俺、今から自転車でこの森行ってくるから!!自転車なら行けるでしょ!!」
(テーブルにある森の写真を指差しながら)


ボブはいきなり帰ってきていきなり大きな声で興奮気味にまくしたてる僕に初めはビックリした様子でキョトンとしていましたが、ようやく僕の言ってることを理解したよう。

でも、その顔は決して明るくはなりませんでした。

「…ああ、あれのことか。ごめんね、うちは今はもうレンタルバイクはやってないんだ。」

「え!え!え!?でも、でも、外にちゃんと書いてるやん!!」

「あれは結構前の看板で、そのままになっちゃってるだけで、今はもう貸せる自転車が無いんだ。ごめんね。」

「え、え、えぇぇぇ…。」


絵に描いたような天国から地獄の展開に一瞬言葉を失いかけた僕は、それでもなお食い下がります。


「…え、え、でも、貸せる自転車が無いってどういうこと?前まではあったんでしょ?」

「うん、でも今はもう全部壊れちゃってて、まともな自転車が一台も無いんだ。貸せるような状態じゃない。」

「いや、でも、貸せるような状態じゃないっていっても、走れることは走れるんでしょ?そんなんでも何でもいいから、お願い、貸してー!」

「いや、ほんと、走れる自転車が一台も無いの。一回見てみる?」


そう言うと彼は僕をホステルの外の倉庫まで連れて行ってくれたんですが、一度あの森に行けると夢見てしまった僕はもう必死です。
もうどんな状態の自転車であろうと、それであの森に行ってやろうと思っていました。

でも、倉庫のシャッターが開いて、そこにゴミのように乱雑に放置されていた3台のマウンテンバイクを見て、僕はボブの言ってた意味をようやく理解しました。

1台はハンドルが無かったんです…。
1台はサドルと前輪が無かったんです…。
1台はタイヤが両方とも無かったんです…。
しかも、どれもサビだらけです…。


「ね?」

そう言うボブに対して、そもそもなんでこんなマンガみたいことになってしまったのかと尋ねる元気も無くなった僕はもう、今度こそ奈落の底に落ちて完全に言葉を失ってしまいました。

・・・・・・・。

そんな僕の様子を申し訳なさそうに見守るボブ。
2人の間には気まずい沈黙の時間だけが流れます。

でも、こういう時の往生際の悪さも僕の性格で、しばらくじっと3台の自転車もどきを眺めていた僕は、ひとつ、これまたマンガみたいなことを思い付いて、最後にダメもとでボブに提案してみました。

えっと、さっきどれもサビだらけって言いましたが、特に酷いのは1台目と3台目。
実は、2台目はまだマシなほうなんです。

でも、2台目にはサドルと前輪が無いわけです。

じゃあ、サドルは3台目からもらいましょう。
そして、前輪は1台目からもらいましょう。

えっと、これでハンドルもサドルもタイヤもある自転車が一台完成しません?

…って、ほんまにマンガやないかい!

・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・。

「じゃあ、やるだけやってみようか。」



…いやはや、なんでも言ってみるもんです。
そして、人生、ほんとに諦めたらそこで試合終了なんですね。


というわけで、マジで僕のマンガみたいな提案を受け入れてくれて、マジでホステルから工具セットを持ってきてくれて、マジで手を真っ黒にしながらタイヤのパンクを直したり、マジで前輪を付け替えたりしてくれるボブを、全くの自転車素人の僕はただただ見守ることしかできなかったんだけど、

約1時間後、僕の目の前には、お世辞にも綺麗とは言えないけど、それでもちゃんと一台のマウンテンバイクが用意されたのです。

ボブ、マジで神です。
ほんとにありがとう。


「心配だから一回乗ってみて。」

そう言われた僕は、その完成したマウンテンバイクにまたがり少し漕いでみたんですが、うーん、なんというか、車体が微妙にまっすぐじゃないというか、あとは漕ぎ心地がスムーズじゃないというか、でも、進むには進みます。

いいんです。進めば。
それでもきっと、歩くよりは遥かに早いでしょう。

僕はもう、今やジャイアンツ・コーズウェイよりもあの森に興味津々なんです。
ほんとすごい写真だったんだから。

ジャイアンツ・コーズウェイは昨日一回見てるから、また明日以降に行けばいいです。
とりあえず今は自転車で行けるって分かったんだから、晴れてるうちにあの森に先に行っておきたいんです。
自分の目であの光景を見て、どうしてもそれを写真に収めたいんです。


というわけで、2017年1月18日午前11時半、僕はボブが作ってくれた即席のマウンテンバイクに乗り、北アイルランドの謎の森に向けて出発したのです。


中編につづく…。

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