僕が北アイルランドの森で死にかけた話(中編)
前編からの続き。
出発から1時間後の午後12時半。
計算上はすでに目的の森にかなり近づいてるはずの僕は、実際は未だに総距離の3分の1ほどしか進めておらず、車が横を通る歩道の上で必死になって自転車を漕いでいました。
なんでまだそんな場所にいるのかって?
いや、それは僕が聞きたいぐらいです。
とにかくね、やっぱりこの即席自転車、何かがおかしいんです。
確かに物理的には漕げば進むんですよ。
でもなんというか、漕いでも漕いでも「思ったようには」距離が進まないというか、いや、ギアも一応変えれるには変えれるんだけど、そういう問題ではないというか。
多分ですけど、そもそもギアの噛み合わせの部分がサビちゃってるとかそういうことなんですかね。
それともやっぱり車体が微妙にまっすぐじゃないから?
とにかく、自転車を漕ぐ労力と実際に自転車が進む距離が全く割に合わないんです。
これって、なんだかすごく気持ちが悪い奇妙な感覚。
というわけで僕は、この自転車で車道を走るのがとてもじゃないけど怖すぎるので、さっきから歩道の上をひーこら言いながら進んでいるわけです。
いや、それにしても、試し乗りの時はなんとかなるかと思ってたけど、実際長く漕いでるとこの自転車ほんと嘘みたいに疲れすぎちゃって、さっきから15分ぐらい漕いだだけでもうヘトヘトになって、その度に自転車から降りて10分ぐらい自転車を押して歩いてます。
何という効率の悪さ!
これ、つまりは歩くよりも自転車漕いでる方が疲れるってことですよね?
それって、自転車乗る意味ある?
と、思わなくもないですが、それでも総合的な時間で言えばきっと歩くだけよりは早いはずなので仕方ありません。
とにかく、僕はどうしてもあの森に行きたいんです。
行けると分かった今、もう引き返すなんて選択肢もないし、四の五の言わず前に進むしかないのです!
うおー!
それから30分後。
帰りたい…。
しんどい…。
さて、出発から約2時間、僕はようやく残り3分の1ぐらいの地点までやって来ました。(驚異的なスローペース!)
そして随分前から歩道付きの広い道路は終わり、さっきからずっと僕は両側を木で囲まれた細い並木道を走っています。
こんな道。(Google マップより)
まだ目的地ではないけど、すでにほぼ森ですね。
車はたまに通るけど、人気はありません。
もっと広いちゃんとした道を走りたいんだけど、あそこに行くにはこの道しかないんです。
そして、1月の北アイルランドだというのに、なぜか僕は汗だくです…。
そんな中、ある地点で僕は前方の木に、何かが張り付けてあるのを見つけました。
ん、なんだろう?と思って自転車を降りて近づいてよく見てみると、それは木に打ち付けられた結構大きな白い熊のぬいぐるみでした。
え?
そしてそれは一つの木だけではなく、この周辺のほとんどの木に数えきれないぐらい何体も打ち付けられたぬいぐるみの群れだったんです。
わー!なんだ、これー!
大きなぬいぐるみに小さなぬいぐるみ、熊だけじゃなくて色んな動物、最近打ち付けられたと思われる比較的綺麗なものから、長い間雨風にさらされてボロボロなものまで、とにかくたくさん。
本来ぬいぐるみというものは人を癒す可愛いもののはずですが、それが木々に無数に打ち付けられたこのエリアだけは、信じられないぐらい不気味な雰囲気です。
こんな人気の無い場所で、一体なぜこんなことが行われているんでしょうか。
普段から霊感とかがある方ではないですが、さすがにここはなんだか背中に寒いものまで感じます。
こ、怖すぎる…。
そして、この時僕は思いました。
こ、これって、写真撮っていいのかなぁ…。
今や、僕だって一応はカメラマンの端くれ。
本来はこんなすごい場所を見つけたら写真を撮らずにはいられないんですが、ここだけはなんだかそれが許されていないような、そんな感じがしたんです。
特に根拠はないんですが…。
うーん、でもなあ…。
しばらく立ち止まって悩む僕。
でも結局僕は写真を撮りました。
何枚も、何枚も。
引きの写真。ぬいぐるみのアップ。色々。
結局いくら悩んだところで、そもそもここが何なのか、どういう意味が込められているのかも全く分からないし、分からない以上ここで写真を撮らなければ後々絶対に後悔することになるだろうと思ったからです。
正直、気持ちの良い撮影ではありませんでしたが、一度決めた以上しっかり撮りました。
(ここで、その写真をみなさんにもお見せしたいところなんですが、残念ながらとある理由で今その写真をお見せすることができません。
その理由はまた次回説明しますので、どうかご了承ください。)
さて、そんなわけで目的地を前にして思わぬ所で足止めを食らった僕ですが、それから約30分走って、午後2時40分頃、出発から3時間以上かかってようやく目的の森に着くことができました。
(20Kmを3時間ということは、平均時速7Km以下!でも、超しんどかった!足パンパン!)
ただ、この時期日の入りの時間が、午後4時半頃。
これ、早くしないと帰り大丈夫かなあ…。
でも、目的の森は予想以上に凄い場所でした。
頑張ってここまでやって来た甲斐があるってなものです。
この森、正確に言うと、両脇がブナの木で覆われた並木道です。
さっきも両脇が木で囲まれた細い並木道をずっと通ってきましたが、ここはそれどころの比ではなく、無数の巨大なブナの木が並木道に覆いかぶさるようにみっちりと生えていて、そのくねくねとした太い枝たちが幾層にも重なり合い、まるでファンタジー映画にでも出てきそうな不気味で幻想的な天然トンネルを作り上げているのです。
そして実はこの森、心霊スポットでもあるらしく、100年近く前この辺りで不審な死を遂げたメイドさんがいて、それ以来ここでは夕闇になると女性の幽霊がブナの木々の間を浮かびながら通り過ぎるなんて噂されているみたいです。
でも、ハッキリ言っていいですか?
そんなのは日本でもよくある都市伝説やオカルトの類と同じで、どこか非現実的な怖さや不気味さですが、それを言ったら、さっきのぬいぐるみたちの方がよーっぽど現実的で、何倍も何倍も怖くて不気味でしたからーー!!
ふぅ、言ったった…。
実際、さっきとは違ってここでは背中に寒いものなんか微塵も感じず、ただただ、ホステルのレセプションで見たあの写真と同じ、いや、むしろ写真以上に圧倒的な光景を目の当たりにして心が震え、僕は時を忘れて無心でこの森の写真を撮り続けました。
さてさてさてさて、そんなこんなで、みなさんおまんたせいたしました!(織田裕二風に)
今から、その時に撮った、そもそもこの写真を見てもらうことがこの話を書き始めた大きな理由の一つっていうほどの、僕にとってのとっておきの写真をお見せしようと思います!
この写真はね、さっきのぬいぐるみたちの写真と違ってすぐ見せることができるんです。
そして、たくさん写真はあるんですが、あんまり載せて価値を薄めるのも嫌なんで、ここに載せるのはあえて一枚だけです。
あとはみなさんが各々の想像力を膨らませてお楽しみください。
というわけで、これが北アイルランドの奥地に存在する、まるでファンタジーの世界に迷い込んだような幻想的なブナの森です!
ね?
凄くないですか?
僕がこの森の写真をホステルで見つけて、どうしても来たくなった気持ちも少しは分かるでしょ?
ほんと、現実世界じゃなくて、CGみたい。
そしてここ、観光名所がそんなに多くない北アイルランドの中では、実は「ある程度」は知られた場所みたいで、僕が写真を撮ってた間にも、何台か車がやって来て、みんな何枚か写真を撮っては去っていきました。
(もちろん、自転車や徒歩で来てる人は皆無でしたが…。やかましい!)
で、そんなある時、一組のカップルがやって来て、車を降りて僕の横を通り過ぎ、森の奥の方へ向けて歩き出したんです。
お…。
この時、一瞬にして僕の中の写真センサーがグイングインと動き始めました。
「こ、これはいい写真撮れるかも!!」
そして、間髪入れず僕は走り出しました。
いや、彼らを追いかけたわけじゃありません。
逆に彼らとは反対の方向に走り出したんです。
そしてある程度の距離を取ると急いでレンズを交換しました。
えっと、この写真ってパッと見た感じ、広角レンズで撮ったような写真に見えませんか?
でも実際は、あえて遠くから望遠レンズで撮影した写真なんです。
圧縮効果というものを狙って。
まあ、この圧縮効果の話は、写真を撮ってない方にとっては何のこっちゃ分からない少し専門的な話になるので省略しますが、
とにかくね、僕は彼らが前に歩き出した瞬間からもう出来上がりの図が頭に想像できて、それに沿って逆方向に走り出して、レンズを望遠レンズに変えて、急いでシャッタースピードと絞りを調整、後は決めた構図内でカップルの動きに集中してピントを合わせ、一瞬しかないシャッターチャンスをバチコン!って捕らえたんです。
…はい、分かりますよ。
自画自賛すぎて気持ち悪いんでしょ?
でも、まじめな話、これ、まだ写真を始めて間もない頃だったら、僕はなんとなく森のイメージで広角レンズを使って、もちろん人の動きを含めたシャッターチャンスなんて捕らえられるわけもなく、「あれー、うまくいかんなあ…」なんて思いながら、ただただぼんやりとした写真を量産してただけだと思うんです。
それが、まがいなりにも、この時点(2017年)までの約6年間の波乱万丈の世界旅で、僕は数え切れないほど様々な場所で様々なシチュエーションの撮影を繰り返してきて、写真に関してはほんとおかげさまで信じられない量の経験をさせてきてもらったわけです。成功も失敗も含めて。
そして、この写真には、僕のその6年間の経験が色々と活かされてる気がするんです。
僕は普段決してテクニックを重視して写真を撮るタイプのカメラマンではありませんが、それでもこの写真だけはね、ちゃんと経験に基づいたテクニックも使えてるし、それだけじゃなくてちゃんと集中して心を込めてシャッターも切れてるし、もちろん写真の出来栄えも含め、ほんと珍しく自分の中でバチっと納得できる貴重な写真なんです。
なので、そんなことってまあ滅多にあることじゃないんで、たまにはこういう自画自賛もなんとか許してつかーさいや、みなさん。
ダメ…?
…って、一体これ何の話でしたっけ?
というわけで、突然自画自賛の写真談義が始まってみなさんを困らせてしまいましたが、
とにかくこの時の僕はというと、ここまでの疲れとか帰りの事なんてすっかり忘れ、無我夢中になって森の写真を撮りまくり、ようやく満足してさあ帰ろうかと思った時には、時刻はもうすでに午後4時になってしまっていたのです。
あ、やばい…。
日が暮れる…。
後編につづく…。
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